そして落日に零れ落ちる

 召喚されてから一年が過ぎた頃、未だ英雄として覚醒を果たしていなかった僕達に、王様から直々に下った、魔王討伐隊から後方支援部隊への異動通告。

 それはもう僕達を英雄候補として見なさないという、召喚した王宮側からの実質的な戦力外通告に他ならなかった。

 だが幸いにも即座に王宮から追い出される事はなく、僕達は王宮魔術師たちを中心に構成された後方支援部隊の一員として働く事となったのだが。


「『零落者ドロップアウト』……仕方ないとはいえ、あの頃はキツかったよ」


 零落者ドロップアウト――それは英雄になれなかった落ちこぼれを意味する、屈辱と憐憫の烙印。

 勝手に召喚しておいて、いざ期待外れと判るやいなや、掌を返したかのように周囲の目が急速に冷めていったのを、今でもはっきりと覚えている。

 異動先の王宮魔術師だけでなく、王宮で働く者の多くから嫌味を直接言われ、気分転換に城下町で買い物しようにも、市井の民から落ちこぼれと揶揄されたり。

 後方支援部隊の仕事だって、戦闘に関わるものから遠くかけ離れた、高度な魔術についての研究などを行う研究チームの手伝いという、いわば閑職に追いやられただけだった。

 他にも色々と陰湿な嫌がらせも多々受けたりもして、精神的に応えた日もあった。それでも――


「それでも、頑張れた……いつも近くに励ましてくれる人がいてくれたから……ね、瀬名くん?」

「うんうん。幸運にも僕達に手を差し伸べてくれる魔術師さん達が、親身にサポートしてくれたもんね」

「あ、う、うん……本当に変わらないね、その気遣い……フフッ」


 鋭く射し込む夕陽が、柔らかな崎守さんの微笑みを染め上げる。

 鼻先から上の部分が前髪で隠されてはいても、緩んだ口角だけは確かだった。


「あっ、もうこんな時間か」


 図書室に閉室時間を告げるチャイムが鳴り響く。

 放課後という名の緩やかな時間もこれでお終いだ。


「あの、さ……もしよければ、だけど……」

「別にいいよ。途中までは一緒だし。このまま寄り道せず、真っ直ぐ帰ろう」

「へっ? ええっと……ぁ、うん……」


 僕の返事に、崎守さんがコクリと小さな頷きを見せる。

 あれ? 心なしか声が萎んで聞こえたのは気のせいだろうか。

 もしかして、まだ話足りない事でもあるのだろうか。


「ちょ、ちょっと待ってて! もう一冊借りたい本があったの忘れてたから」


 そう思っていたのも束の間、何故かあたふたした調子で、崎守さんの背中が本棚の海へと足早に向かっていく。

 彼女の歩く向きとは対照的に、続々と図書室を後にしていく生徒達。そのの様子を見やりながら、僕は小さな溜め息を吐き出す。


「やっぱり、そう簡単には治らないよね……はぁ」


 崎守さんって人見知り激しい上に、口下手だからな。僕も似たようなタイプだからわかるけど。

 こうして僕が彼女と会話が出来るのも、あの二年弱もの間、同じ末端のお手伝いとして働き続けたからこそなワケで。逆に彼女以外のクラスの女子とは、未だ面と向かって話せる自信はない。

 それどころか男子だって、零落者の烙印を押されるまで訓練のパートナーだった帯刀くんくらいしか、まともに話せる相手がいない。僕以外の大半のクラスメイトは、魔王討伐という過酷な死線を潜り抜ける中で、かなり結束を深めているのは明らかで。


「現実に戻ったら戻ったで、既にクラスから仲間外れ、と……」


 やめたやめた。ただでさえ用件を抱え込んでいるのに、これ以上無駄な悩みを増やしてどうする。

 いずれにせよ、崎守さんの方から口を開くまで、僕は待つ事にしよう。

 彼女の場合、どうしても話したい事なら必ず声に出してくれるから――


「お待たせ……って、瀬名くん?」

「へっ? ああゴメン、ちょっと考え事してた」

「……あの、さ……やっぱり瀬名くんって……てーるもえ?」


 戻ってくるなり、突然の崎守さんが僕に訊いてくる。

 おずおずと、首を傾げながら……というか『てーるもえ』って?


「だ、だって……さっきまでずっと……図書室を出ていく女の子たちの事、目で追ってたから……」

「あああ、違う違う! いや、違くもないか! とにかく、普通に下ろすのも、サイドテールやツインテでまとめるのも、僕はどっちも好きだから!」

「そ、そうなんだ……なるほど、なるほどなるほど……」

「……得心してるところ悪いけど、そろそろ帰ろっか」


 小さく咳払いをして、平静を装いながら図書室を後にする。

 しかし、いきなりの質問にビックリしてしまった。崎守さんにああいう質問をするイメージがなかったから、余計に動揺したのは否めない。

 冷静に考えれば、別に慌てて答える必要もなかったのに。それでも、図書室を後にする女子二人組を目で追っていたのは紛れもない事実だ。


 ただし、女子の髪型が気になって見つめていたわけじゃない。

 僕が本当に気になったのは、その二人が交わす何気ない会話。

 仲睦まじく語らう二人以外聞き流すであろうその内容に、耳を欹てていただけだ。




 ――ねぇねぇ、知ってる? 最近スライムっぽいのが街中を動いてるって話。


 ――聞いた聞いた。深夜になると駅前や商店街を闊歩してるってアレでしょ? 本当かどうか怪しいけど。


 ――どうせ酔っ払いの戯言が尾ひれ付けて出回ってるだけだと思うけど、ホントにいたらちょっと見てみたくない?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る