夕暮れ、図書室にて
「ふぅ、やっと読み終わった」
一息吐いて、ようやく読み終えた一冊の本を閉じる。
部活動の張り切った声が微かに漏れ届く、放課後の図書室。窓際に設けられた閲覧席の机は、すっかり鮮やかな橙色に染まりきっていた。
「あっ、もしかして、もう読み終わった感じ?」
伸びをしようとした僕の背中に、聞き慣れた柔らかな声がふわりと当たる。
振り返ってみると、クラスメイトの
「ごめんね崎守さん、待たせちゃって。とりあえず行ってくる」
手短に告げて、本を携えてカウンターに向かう。
返却手続きを済ませて、すぐにでもこの本を彼女に渡す為に。
三日前に図書室に立ち寄った際に、ふと僕の目に留まった一冊の小説。
カバー絵の美しさに惹かれるがまま手に取った直後に、「あっ」とすぐ側で悲しそうな声を漏らしたのが崎守さんだった。
借りようとしていた本を見つめる彼女の視線に、先にどうぞと一度は譲ったのだけど。
「ううん、先に読んでいいよ。手を取ったのは瀬名くんの方なんだし」
首を左右に振る崎守さん。その後に見せた嬉しそうな微笑みが、今も目に焼き付いて離れない。
「でもその代わり、さ……読み終わったら教えてくれると、嬉しいかな?」
異世界で過ごす間にすっかり聞き馴染みとなった、おずおずと甘やかな声。
ねだっているわけでもなければ、あざとさも感じない。
けれども頼みに応えようと思わせてしまう魅力が、彼女にはあるのかもしれない。あくまで僕個人の所感だけど。
「ありがとう。それとゴメンね、何だか急かしちゃって」
「いやいや、別に謝る必要なんて無いってば」
ついさっきまで携えていた本を片手に申し訳無さそうに謝るの崎守さんを、僕は慌てて否定する。
「むしろストーリーが面白くて、自然とペースを捲ってたくらいだし」
「……ホントに? 今の瀬名くんの言葉聞いたら、余計に期待しちゃうな」
嬉しそうに目を細めながら、崎守さんが僕の隣の席に座る。
最終下校時刻まで、まだ時間はある。今までの付き合いからみて、これは雑談のサインだ。
「それにしても瀬名くん、結構図書室に来るよね。好きなんだ、読書」
「いや……実は図書室とか、中学まで調べ物の時しか寄らなかったよ。読書だって、朝読書の時間以外してこなかったし」
「なのに来ちゃう、と……それって、何か心境の変化とか?」
「そうじゃなくて、まだ抜けきれてないんだ、過去の習慣がね」
「あっ……フフッ、じゃあ同じなんだ、今の私と」
ポツリとそう呟いて、崎守さんが小さく息を吐き出す。
華奢な身体が夕焼けに染まるものの、下ろした前髪によって目元が覆い隠されてるせいで、口元でしか表情でしか読み取れないのが辛い。
「王宮の研究室と図書室を行き来するだけの毎日だったもんね、僕も崎守さんも」
英雄として召喚されたはずの、三十四人の高校生。
けれども、みんながみんな等しく英雄足るに相応しい能力を持っていた訳ではない。
『
古より語り継がれてきた伝承の通り、魔物達との戦いを通じて、周りのクラスメイト達は次々と英雄の証であるソレを具現化させ、求められし姿への覚醒を果たしていった。
しかし残念な事に、三十四人のクラスメイトの中には、その域まで達せない零れ落ちた者たちもいた。その筆頭が僕と崎守さんだった。
「初めこそ普通についていけてたのに。基礎的な訓練や簡単な魔物の討伐だって」
「なのに、一人また一人と英雄に目覚めてからは、あっという間に置いてけぼりになっちゃったよね」
「まさかあそこまでとは思わなかったし」
覚醒する事によって得られるのは、何も専用の武器だけではなかった。心英具獲得に伴うバフ――個々の体力や魔力といったあらゆる能力が爆発的に上昇したのだ。
初めの数人のうちはまだ良かった。むしろ討伐や訓練におけるリーダーとして、僕も頼りにしきっていた。
けれども、それがクラスの半数以上ともなると、当然討伐や訓練も覚醒した側の面々を基準として行われるようになっていく。僕や崎守さんといった英雄ならざる者達は、次第に英雄たる面々とは自然と距離を置かざるを得なくなっていった。
「そして、あの王宮側からの戦力外通告……あれは応えたなぁ」
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