帰ってきた日常で
「……い……きろ……きーろー」
揺れる。身体が揺れている。
いや、これは……誰かに揺さぶられている?
「そのまますやすや……けど……怒られても知らねーぞ」
怒られても知らない? もしかして、僕に忠告してくれているの?
それに、今の聞き覚えのある声は、たしか……
「それじゃ次の箇所を……ええっと、
「っッ!? は、はいィッ!!」
「素っ頓狂な返事は大いに結構だが……教科書逆だぞ?」
うう、間一髪で目を覚まして、咄嗟に立ち上がれたまでは良かったのに。
新学期始まって早々から寝落ちだけはしないようにって、散々気を付けてきたのに。
「それと残念ながら、今はもう現国の時間だ。お前の夢の中ではまだ英語だったのかもしれんがな」
淡々とした口調のまま、壇上の先生が追い打ちをかけてくる。その様子に、周りからクスクスと忍び笑いが漏れ聞こえる。
ドンマイ――微かに聞き取れた励ましの声に、僕は溜め息混じりに肩を竦めるしかなかった。
「帯刀くん、さっきはありがとね、起こしてくれて」
「いやー、あんまりにも気持ち良さそうに寝てたからよ、揺するのも気が引けちまったぜ」
授業が終わってから、後ろの席に座る
長身且つ筋骨隆々とした、いかにも体育会系にいそうな肉体。それとは対照的に、赤髪のショートレイヤーにキリッと整った眉、そして二重瞼の円な瞳。まさしく女子ウケ間違い無しな理想のイケメンである。
「ひょっとして、まだあっちの世界での生活リズムが抜けきれてないってか?」
「アハハハ……まあ、見張りやら研究やらで、基本夜型だったから」
「それ言ったら、常に前線張ってた俺だって同じだっつうの」
苦笑いを返すと、帯刀くんは窓の外に顔を向ける。
後を追うように視線をやると、広がっていたのは曇り一つない薄水色の空。
その下から、元気に満ち足りた男子達の声が響き渡る。早く身体を動かしたくてたまらないのだろう。
「平和だな……まあ、それで全然正解なんだけどよ」
「のほほんとし過ぎて、刺激が足りないって感じ?」
「生きるか死ぬかの毎日だったからな……仕方ないとはいえ、重症だよなぁ」
「早く慣れよう、お互いにね」
「だな。武器を取らない幸せな日々をありがたく享受しないと、罰が当たる」
笑みを交わし合ってから、改めて黒板の日付を見やる。
帰還の儀式が成功し、無事元の世界に戻れてから、もう半月近くが経とうとしていた。
儀式発動による眩しい発光が晴れた後、目の前に広がっていたのはバスの車内だった。
そう、オリエンテーション会場へ向かうべく乗っていた、あのバスの景色そのものだったのだ。
すぐにリーダーである三城くんの指示の下、クラスメイト間で状況の確認を取り合った。
みんな一様にはしゃぎ合う素振りも見せず、それどころか疑心暗鬼に周囲を見回す様子を見て、すっかり異世界での日々に染まった事を実感したっけ。
「しかし助かったよ。異世界で三年間過ごしてる間、こっちではほんの十五分しか経ってなかったのは」
「おまけに先生も遅刻してて、バスの運転手も外で待ちぼうけ」
「結果、何事もなくオリエンテーション決行……奇跡としか言いようがない」
何せ儀式執行前に受けた説明では、もし元の世界に戻れても、数年から下手すれば数百年単位の時間のズレが生じるだろうと言われていたのだ。
それが蓋を開けてみればどうだ、ほんの数分しか経っておらず、騒がれることもなく無事平穏な日常を送れているワケで。
こんな拍子抜けなオチ、小説や映画だったらご都合主義とツッコまれるに違いない。
「んじゃ、そろそろ向かうとしますか。瀬名、お前まだ部活入ってないんだっけ?」
「あっちでしんどい日々を過ごした分、もうしばらくはのんびりした時間が欲しくて」
「了解。でも部活に入るなら、早めに決めといた方がいいぞ? もう大半の生徒が本入部決めてるっぽいし」
「ご忠告ありがとう。肝に命じとくよ」
「ちなみに、うちの部活はいつでも大歓迎なんで。そこんとこヨロシク」
明るい勧誘を残して、帯刀くんが教室を後にする。
気が付けば、教室に残っているのは僕を含めて数名しかいなくなっていた。
「もう黒板消しちゃうけど、いいわよね?」
日直の声に頷き返して、席から立ち上がる。
そうだった、僕もまだやらなきゃいけない事が残ってたっけ。
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