Epilogue (?)

「この度は本当に……本っ当にありがとうございました!」


 曇り一つない青々とした空の下、一人の男性が深々と頭を下げる。

 九十度近くまで上体を折り曲げた彼の所作に続いて、背後にいた大勢の者達が次々と最敬礼のお辞儀を重ねてみせる。

 その異様な光景に、僕達はただただ恐れおののくばかりだった。


「振り返って見れば、私達の身勝手なわがままで、異世界から遠路はるばるこの地へと否応無しに喚ばれ――」


 そう、思えば始まりは唐突だった。

 入学した新入生を対象に催されるオリエンテーション。学年内、ひいてはクラス内での親睦を深める為に用意された目的地に向かおうとしていた観光バスの一台が、突如白い光に包まれたのだ。

 今でも鮮明に思い出す。突拍子もない事態に、僕を含む三十四人の生徒達の驚きと悲鳴が飛び交う車内を。

 そしてすぐに白光が霧散し、ガラスの向こう側がレンガ造りの街並みと巨大な城とに囲まれた現実離れな景色に変わり果てていた事を。


「――失礼、言葉が足りませんでしたな……否応無しに我がレンヴァルド王国の『英雄』として喚ばれたにも関わらず、貴方がたはその任を全うして下さりました」


 すぐさま衛兵によって近くの城、それも玉座の間まで一気に案内された僕達は、そこで待ち構えていた国王によって初めて自分達が置かれている状況を知る事となった。

 王様曰く――今この国は魔王を筆頭とする軍勢によって支配されつつあると。既に周辺の国々は魔王の支配下に落ち、今や抵抗しているのは唯一この国だけであると。

 この劣勢を覆すべく、王様は奥の手秘策として残していた『英雄召喚の儀』を行使、結果として僕達一年E組の生徒が英雄として喚ばれたと。

 そして、王様は申し訳なさげに――きっと想像よりも幼く頼りなく映っていたのだろう――藁にもすがるような声で、召喚された僕達の前でこう頼んだのだ。


『異世界より来たりし英雄たちよ、どうかお願いします! 魔王の軍勢を討ち取り、この国を……否、このオムリア大陸を救って下さいませ!』


 土下座をしながらの懇願を見せられたところで、正直言って最初は半信半疑だった。きっとそれは僕だけでなく、クラスの誰もが似たような感想を抱いていたに違いない。

 だってそうだろう。いきなり異世界に、それも英雄として召喚されたのだ。僕がよく好んで読む異世界を舞台にしたファンタジー小説などでは度々見かける展開ではある。

 けれども現実世界に生きる自分達が、よもやそんな非現実な状況に巻き込まれるなんて、すぐに理解が飲み込めるはずがない。

 かといって、すぐに元の世界に帰る方法も存在しないらしく、結局僕達は半ば強制的な形で王様の頼みを受ける事となった。


「三年近くにも及んだ長き闘い……その果てに魔王の軍勢を討ち、この世界に平和をもたらして下さった貴方がたには、感謝してもしきれません!」


 それだけの時間が経ったのか――王様の謝辞を聞きながら、僕は独りごちる。

 振り返ってみても、異世界で過ごした日々は濃密がゆえに、あっという間の毎日だった。

 現代日本とは異なる風土や習慣。王宮でのクラスメイトとの共同生活。更には魔法や武術の訓練、その他エトセトラ。

 最初の頃も不安などは尽きなかったけど、それでも驚きや楽しさといったポジティブな感情がまだ上回ってたように思える。

 しかし、時間の経過と共に魔王の軍勢による侵攻が激しさを増すにつれ、多くの残酷な現場や悲劇を目の当たりにし、悲しみや怒りを乗り越え、いつしか僕達は魔王を討ち倒すべく結束を深めていった。

 特に終盤、魔王の軍勢の中枢との直接対決が始まってからは、毎日が死と隣り合わせだった。事実クラスメイトの大半が戦闘不能に陥るほどの大怪我を負う状況まで追い込まれてたし。

 それでも今日、城下町の広場に描かれた『帰還の儀』の魔法円の上に召喚されし英雄が誰一人欠ける事なく立てているのは、まさに奇跡としか言いようがない


「リーダー・ミキ……この平穏がもたらされたのも、貴方が常に先を見据え、我々の先頭を引っ張ってくれたお陰です。本当にありがとう」


 今日まで陣頭指揮をとっていた僕達のリーダー――元の世界に戻ったら学級委員長になるであろう――三城みきくんと王様が固い握手を交わす。

 その挨拶をきっかけに、周囲の王宮関係者や衛兵達が続々と、それぞれ関わりのあったクラスメイトに惜別の言葉を贈り始めた。


「ハルト……また、帰って来てくれるよね?」

「おいセナ、あっちの世界でも達者でな」


 僕――瀬名せな遥斗はるとの下にも、深く関わりのあった面々が挨拶にやって来てくれた。

 こんな落ちこぼれにも、暖かい言葉をかけてくれるなんて……つくづく僕は恵まれていると思う。


「さて、言葉を交わし合うのもここまでだ……魔道士たちよ、儀式の準備にとりかかれ!」


 王様の号令に合わせて、僕達の立つ魔法陣の周りを、王宮魔道士達が囲っていく。

 召喚の儀式同様に元の世界へと帰す儀式もかなり難しい事はわかっている。


「心配すんな。お前が色々協力してくれたお陰で、成功の目処はほぼ立ってるからよ」


 懸念が顔にも出ていたのだろう、僕の近くに立った魔術師の一人が自信に満ちた様子で語りかける。

 なるほど、そこまで力強く言ってくれるのなら、今はここまで共闘し続けてきた戦友達を信じよう。


『――果つる天なきより広がりし、無数の時空帯――』


 十数名に及ぶ魔術師達による詠唱の合唱を聞きながら、想像に耽る。

 もうすぐ命を賭した異世界での日々が終わりを迎える。

 仮に元の世界に戻れたとしたら、闘いとは無縁の平穏な日々が再開する。

 きっとこのクラスメイト達と一緒に、元通りの高校生活を送るようになるんだろうな。


『――我らが求めし点へと繋がる糸よ、今こそ黄昏より来し者たちを導かん!』


 でも、それでいい。いや、そうでなくっちゃいけない。

 そうでなければ、僕は――


『――エスファ・アルボ・アンヴェルディオ!』


 地面に描かれていた魔法円が、一斉に強烈な輝きを放つ。

 瞬く間に目の前が真っ白になったと同時に、僕の意識もふわりと途絶えてしまった。

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