英雄になれないまま元の世界に帰ってきた僕の後日譚(リデンプション)
一ノ瀬悠貴
Prologue
曇り一つない春の夜空の中心で、満月が煌々と黄金色の輝きを地表に降り注がれていく。
平和に寝静まった街並みに、また一陣の冷たい風が穏やかに吹き流れていく。
「……幸せそうで、何より」
ビルの屋上から眺めていた僕は、ついそんな独り言を零していた。
『完璧に平等な世界など存在しない』――それが、あの異質かつ無慈悲な世界の日々を通じて学んだ一番の教訓だった。
幸せや喜びに浸る者の裏で、不幸や悲しみに溺れる者もいる。
どんなに努めようとも、闘争は消えない。それどころか、努めれば努める程、差別や犠牲と共に増す一方だった。
――正義? 英雄? そんな肩書き、クソくらえ!
無力感に打ちひしがれ絶望し開き直ったからこそ、僕達は無事元の世界に戻れたのかもしれない。
「……いや、無事なんかじゃなかったね」
自嘲の笑みを虚空に投げつける。輝きに満ちていた月が、どこからか流れて来た曇り空によって覆い隠されようとした――その刹那。
「……やっぱり今日も来ちゃうよね?」
ふぅと一息吐き出して、僕は高層ビルの屋上から足を踏み出す。
元の世界に戻って、はや一ヶ月弱。
僕に待ち受けていたのは、元通りの平和な日常からは程遠い日々だった。
けれども、後悔はしていない。
だってこれは、他人に流されてばかりだった僕が、初めて自ら進んで選んだ道だから。
「さあ、今夜も頑張ろう」
三十階建てのビルからふわっと舞い降りながら、独り静かに喝を入れる。
眠気を覚ますには十分過ぎる冷風を肌で感じながら、それとなしに目を瞑ってみる。
すると瞼の裏に現れたのは、何故かあの時の風景だった――
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