第15話 美人は自分の性的資産が下がったことを客観視できない。
その価値を作ろうという動機がつい最近まで生じなかったのだから。
外見だけで十分生きていけた。
確かに、東京では恵梨香程度の美人はそれなりにいる。
それでも、美人は美人だ。
やはり、恵梨香を特別視してくれた。
当初は、田舎と都会での扱いの差に違和感を覚えていたが、それもほんの一瞬だ。
多くの人間に求められているのだから、特に何かを変える必要性を感じなかった。
実際、恵梨香はモテた。
こちらから、何かをしなくても常に男が言い寄ってきた。
恵梨香は、その中から時々の気分で、いいなと思った男を選ぶだけだ。
そして、日々を楽しく過ごす。
それで特に不満を感じていなかった。
不満がくすぶってきたのは、数年前、恵梨香の年齢が一定年齢を超えてからだ。
声をかけてくる男の質が落ちてきた。
たまに質が良いと思って、期待しても、そういう男はみな既婚者だった。
しかし、人間というのは、なかなか自分を客観視できない。
さらに、成功体験があるとその出来事にいつまでも引きずられてしまうというやっかいな特徴もある。
そういう訳で、恵梨香は、今でも踏ん切りがつかないのだ。
数年前の自分だったら、見向きもしない男を選ぶなど我慢ならない。
だが、自分の目の前に配られたカードを見送れば、見送るほどに、カードの手札はさらに悪くなる。
当然だ。
恵梨香の価値は徐々に下がっているのだから。
だから、どこかで妥協しなければならない。
それは、恵梨香もよくわかっている。
それでも・・・少なくとも・・一緒にいて楽しめる人でないと・・いくら、お金があっても会話もつまらない男と付き合うなんて・・・それに・・少しは刺激もないと・・
恵梨香の脳裏に、最近会った幾人かの男の顔が浮かぶ。
みな判を押したような感じだった。
優しく、下心をまるで感じさせない高学歴の男たち。
何度もラインでやり取りしても、男の方からは誘ってこない。
ようやく誘ってきても、「いきなり一対一じゃ気まずいですよね。」と言い訳をするかのようにグループで誘ってくる。
そして、こちらから明確に誘わない限り、男から誘ってくることはない。
恵梨香の方から、やんわりと促して、ようやく二人きりで会っても、当たり障りのない話ばかりで、いつまで経っても先に進むことはない。
これでは、心が動くはずがない。
別に・・選り好みしている訳ではないのに・・
そこそこの年収で、話もそれなりに盛り上げてくれて、男らしくリードしてくれる人。
そういう人であれば、十分なのに・・・
昨日会った男の顔が浮かぶ。
・・・意外だった・・・
恵梨香は、今までの人生で・・いや正確に言えば、東京に来てからか・・男に怒鳴られたことはない。
父親は、物心つく前に恵梨香の前から姿を消していたし、学校でも職場でも、男からあからさまに嫌悪の感情をぶつけられたことはない。
誘いを断って、後々、面倒なことになることはウンザリするほどあるけれど、少なくとも、初対面では男は表面上、恵梨香に友好的だ。
だから・・男に、怒鳴れるのは・・そう・・新鮮だった。
まして、いつもと同じよくいる高学歴の男と思っていただけに、なおさら驚きだった。
それに・・昨日の部屋での行動。
まさか、相手から仕掛けてくるとは思わなかった。
完全に油断していた。
友達枠の安全な男と思ったから、部屋に入れたのに。
・・・なんで・・・わかったのだろう・・私の・・癖を・・・医者で・・あの人も同じだからかな・・・
過食と嘔吐を繰り返していることを見抜かれてしまったことに、恵梨香はあの時、動揺した。
自分の弱さを見られたようで、恥ずかしかった。
だが、同時に自分の虚飾が剥がされたようで、嬉しくもあった。
気づけば10分くらい洗面台の前で、ほうけていた。
両手で軽く頬を叩く。
会ったばかりの男にうつつを抜かしている場合ではない。
今日は大切な用事があるのだから。
それに備えないと。
恵梨香を経済的に長期に渡り支えてくれる男を見つけるのは重要だが、それがすぐに叶わない場合も考えないといけない。
要は、恵梨香が一人で生きていくための準備をするということだ。
まずは・・・そうこの部屋を変えないと・・
この部屋には、うんざりだ。
風水なんて、あまり信じないけれど、ここに来てから、碌なことにあっていない。
体にむち打ち、仕事を多く入れたおかげで、お金もいい具合に溜まってきたのだから、いい頃合いだ。
恵梨香は、そんなことを想いながら、薄い化粧をして、外出の準備をする。
今日の用事を思えば、そんなに派手ではない方が良いだろう。
・・あの人にラインしようかな・・
いや、昨日の今日で、朝の内から、こっちから送ったら、自分が気になってることを暴露していうるようなものではないか。
用事が終わってからにしよう・・
それでも・・ラインが来てなかったら・・
いや・・数日は我慢しよう・・・
恵梨香は、部屋の暗さから逃れるように、玄関の扉を開ける。
外は、まるで別世界のように日が高く、恵梨香の顔を眩しく照らした。
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