第5話 休日にやることは、ドカ食い、嘔吐、資格勉強
三連休はいつも通りやることがなかった。
昼前に起き、ゲームをやり、それに飽きたら使いふるしたノートパソコンでアダルトサイトを巡回する。
現実には決して出会えない、いや目の前にいても声をかけるのすら躊躇う美人な女が、あられもない姿で、ディスプレイ上に何人も並んでいる。
その内の何個かをクリックして、サンプル動画を見て、気に入った商品を購入する。
価格は昨日会った女の十分の一以下だ。
リアルな女と最終的にやるためにかかる費用はいくらだろう。
マッチングアプリの年会費は数万、会って食事をする際のレストラン代が一万、デートを数回やるとすれば、さらに数万、そこまで投資しても、リターンが得られるかは未知数だ。
いや仮にリターンが得られたとして、その中味はそれほどの価値があるものなのか。
ルックスははるかに劣る。
もちろん、自慰とセックスの違いはあるが、少なくともこれまでの数回の風俗経験では、自慰の方がはるかに快楽を得られた。
だとすれば、なぜこうまでリアルな女に執着するのか。
それは、やはり、自身の自尊心の問題だけだろう。
つまり、「いい年をして、一人の女もものにできない情けない男」でいることが我慢できないだけなのだ。
「海外旅行に行ったことがないこと」が我慢できなかったことと同じだ。
ゲーム、ネットを巡回して、動画を見るといった行為を繰り返している内にあっという間に夜になる。
小腹が空いてきたので、近くのショッピングモールに行くことにした。
この時間ならジャンクフードの惣菜類も値引きしているはずだ。
歩く傍ら、スマホを何度も確認した。
普段はメッセージがくる可能性がないラインを気にしたりなどしないが今は違った。
金曜に会った女からのラインが気になっていた。
女とラインのやり取りをしているということだけで、自分が一段上にいるような気分になる。
実際は、いつもと変わらぬ怠惰な三連休を過ごしているのにもかかわらず、自分と同世代のカップルを見ても心はかき乱されない。
社会人になり、実家を出て、一人暮らしをはじめてから十年以上経つが、自炊というものには縁がなかった。
いつも、近くのモールやそこらにあるファストフードで出来合いのものを買ってきて、家で食べる。
それだけなら、まだよかったが、一人暮らしをはじめてから、学生時代の悪癖が更に増長してしまった。
三連休の初日の土曜日、しかも女とデートをしたという達成感で満ちているということもあり、城田のテンションは金曜と変わらず高かった。
気分が乗っていると食欲も増える。
モール内のスーパーの惣菜コーナーで半額のシールが貼られた揚げ物を手当たり次第に詰め込み、更にファストフードのチェーン点で一番安いハンバーガーを五個買った。
家に帰り、皿に分けることなく、ところどころに黄色い染みが浮かんだ白いサイドテーブルの上に惣菜パックとハンバーガーを広げて、貪り食らう。
時間にして十分もかからずにテーブルの上に広げられた一律黄褐色で彩られたジャンクフードは胃袋におさまった。
一息つくと、冷蔵庫からペットボトルを取り出し、水を流し込み、ソファーに身を投げ出す。
十分ほどそのままの体制を保ち、おもむろにヨロヨロと立ち上がりトイレに行く。
舌は出さずに、代わりに口に指を突っ込む。
口から先程胃に入れたばかりの胃液でドロドロになったジャンクフードが勢いよく飛び出してきた。
ドカ食いと嘔吐、これが城田の数少ない気晴らしの一つだ。
もともとは、ダイエットの一貫ではじめたものだった。
太っているというわけではないが、いつからか、体重が増えるということを過剰に恐れるようになっていた。
トラウマ・・というほどのものではないが、思春期真っ只中の中学生時代に、城田は小太りになり、それを馬鹿にされて以来、体重の増加には神経質になっていた。
体重を維持するために、体重計をこまめに図り、食事を制限した。
そして、ある時から、単純な努力から、一線を超えるようになる。
下痢薬を多用し、食べた物を極力外に出すようにし、ついには今のように嘔吐をすることになった。
その嘔吐も、どうせ吐くなら、思う存分食べてやるというばかりに、一食に食べる量が激増した。
嘔吐の習慣は、高校生時代から続いている。
だが、社会人になると、嘔吐の頻度は増した。
ジャンクフードを大量に買うくらいのお金の心配はしなくてすむようになったことと、1人暮らしになり、人の目もなくなったことがその原因だ。
今では土日は日に二回ほどドカ食いと嘔吐をすることも珍しくなくなっていた。
はたから見れば、明らかに偏執的な癖なのだが、城田は効率的な体重維持方法だと考えていた。
空腹に苦しまなくてすむし、事実体重はこの習慣をはじめてから増加せずに、適度に維持できている。
ネットでググれば、城田のこの癖は、「拒食症」という立派な病気だそうだが、今のところ歯も胃も問題は出て来ていない。
食欲という快楽を好きなだけ楽しめて、体重の心配もしなくていいのだから、このドカ食いと嘔吐というのは最高に安上がりの気晴らしなのだ。
唯一の欠点は嘔吐をするのが面倒なことくらいだ。
食べている時間が十分だとすると、嘔吐に費やす時間は三十分から一時間ほどになる。
だが、不思議なことに、最初は苦しいのだが、嘔吐を繰り返す内に妙に気持ちよくなる。
数十分もすると、吐き出した食べ物を見る度に、目的のために粛々と努力をしているかのような、何かを成し遂げているかのような達成感を味合うことができるようになる。
指を口に突っ込み嗚咽を数十回繰り返し、胃酸でドロドロになった揚げ物の惣菜とジャンクフードを少しずつ吐き出す。
始めの内は勢いよく吐き出すことができるが、徐々に喉も耐性が出来るのか、指をかなり奥の方に突っ込まないと吐けなくなる。
・・さすがに、食べ過ぎたか・・・
数十分、嘔吐を繰り返し、涙、唾液、鼻水で、顔はグチャグチャになっていた。
手は胃液と吐瀉物でベタベタになり、便器の縁にも垂れていた。
こんな有様なのに、いつものように妙な高揚感を感じてしまうのだから、不思議なものだ。
ひょっとしたら、嘔吐をすると薬物のように快楽物質が脳内で生成されるのだろうか。
三十分ほどかけて、胃をようやく空にして、汚れた便器と手をきれいに清掃して、ソファーに横たわると食欲が湧いてきた。
まだ一、二時間しか経っていないのに、ドカ食いの誘惑にかられていた。
平日なら、翌日の仕事に影響が出ることを恐れて、この衝動を抑えることができるのだが、今日は幸いと言ってよいのか、時間は無制限にある。
そして、今は便利過ぎる世の中だ。
オンライン注文で、数限りない食べ物をデリバリーできる。
気がつけば、宅配ピザのウェブサイトを開き、メニューを見ていた。
こうなったら、もう止められない。
後悔すると思いながらも、結局一番大きなサイズのピザ~3、4人前のサイズ~を注文していた。
後は、先程と同じ繰り返しだ。
胃に流し込み、吐き出す、そんなことをやっている内に時間は0時を回っていた。
城田は結局、今日夜の食費だけで7千円ほど費やしてしまった。
連休の中日もほぼこの繰り返しだった。
さすがに、あまりにも自堕落な生活に情けなさを覚えて、頭痛に悩まされながらも、近くのカフェに無理やり足を運んだ。
適当な席に陣取り、資格試験~中小企業診断士~の参考書を開き、勉強を始める。
正直、本気でこの資格を取りたいと思っている訳ではない。
どんな小さなものでも、何であれこの現状を少しでも変える努力をしているという眼に見える証が欲しいだけだ。
そういうものがなければ、いったい何のために、自分は生きているのかわからなくなってしまう。
平日を無為に過ごし、土日も怠惰に過ごし、唯一の変化は自分の年齢と、そして、そんな生活に徐々に安住する心・・・
日々、健康に暮らせて、金の心配もない。
そして、城田が住んでいるのは衰退しつつあるが、いまなお先進国の平和な日本だ。
何が問題なんだ。これでいいじゃないか・・・
少しの刺激ならいくらでもある。
無限に、そして限りなく安価で提供される無数のコンテンツ~ゲーム、動画、炎上ネタ、ゴシップ~を消費し、つまらない仕事をこなし、土日にウサを晴らす。
自分を含めた大半の人間がそんな生活を過ごし、人生を終えるはずだ。
そして、そんな人生に若干の不満を感じながらも、結局現状を変える努力をせずに、愚痴を吐きつつ、過ごしていく人間がほとんどなのだ。
・・自分は特別でありたい・・
結局、そういう青臭い感情を捨てきれず、かと言って、今の生活を捨てるほどのリスクを取るくらいには、現状に不満はない。
その、妥協点が、自分に対する言い訳~とりあえず、何か努力をしている証~としての資格勉強なのだ。
実際、この資格を取って、独立するという気概などさらさらない。
そもそも、本気で会社を辞めて、独立しようと思っているならば、既に行動しているだろう。
そんなことをグチグチ頭の中で考えているものだから、参考書の内容はまるで頭に入ってこない。
そうこうしている内に今度は、隣の席に座っている若い女子二人組の話に気をそらされてしまう。
「・・・やっぱり、結婚するなら二十代の内がいいよね。」
「だよね~子供を産むこと考えたら、なるべく早い方がいいもんね~そういうの今の彼氏は全然わかってないからな~」
「結婚の話とかないの?」
「・・全然・・・いい加減切り出してくれないとさ~私も今年で三十になるんだし」
・・・結婚か・・結婚することで何かが変わるのだろうか・・
結局、今の生活を変えてくれる何かを求めている・・・
今やっている恋人探しも、その延長だ。
一度も恋人を持ったことがない自分に、恋人ができればとりあえず、何かが変わるかもしれない。
今の人生に彩りがもたらされるかもしれない・・・そんな、淡い期待をしているのだ。
・・・金曜に会った女に次の約束でも誘ってみるか・・・
10分くらい文面を考えた末、単刀直入の内容でラインを送った。
(こないだ話していた映画一緒に見に行きませんか?来週の土日って空いていますか?)
後は返事を待つのみだ。
受験した資格の結果発表を待つようなちょっとしたドキドキ感を味わえるのだから、女とデートするのはやはり少しは生活に変化をもたらしてくれる。
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