小話 猫好きな猫又と猫の旅

 私がただの(?)猫から猫又へと進化してから、数日たった頃。

 気付けばこちらの世界に来てからも結構経ったんだなぁ、と何となく窓に反射する子猫姿を見て思った。

 黒い毛並みに紅い瞳。そして黒と紫の尻尾。首許にはディオさんから貰った白いリボンに「真紅ルフスの瞳」というらしい紅い魔石が鈴型になって輝いている。

 こういうと自画自賛みたい…………というか、実際にそうなんだけど、可愛い子猫である。何故、中身が私なのか無念でならない。

 確かに私は猫好きなんだけど、猫になりたいわけじゃなかったというか……。

 むしろ、常にハルくんを連れていたいという気持ちでいっぱいだった。

 つまり私がなりたかったのは、いつもわたしを連れ歩いているお兄さんの立場である。

 子猫に肩とか頭に乗ってもらってるとかズルいっ。乗ってるの私だけど。

 視界にいつも猫の姿があるっていうのが、もうね、羨ましい。今の私じゃ、まず鏡とか反射する物を探さないといけないし…………。


うにゃあれ……?」


 そこまで考えて気付いた。


 思い返してみれば、この世界に来てから私以外の猫を見た記憶がない。


 あれぇ……? いや、やっぱりない。思い返せども思い返せども記憶には黒い子猫しかない。つまり私です。

 普通の猫が存在しない、ということはないだろう。なんせ猫という言葉が存在するのだし。

 他の猫型の魔物を見たことがないのは、まぁ分かる。私に似ているというマギアテイルという魔物はまず珍しいらしく、10年近く冒険者をやっていても見たことがない者も多いそう。

 それ以外の魔物は、そもそも生息地が違うらしい。

 しかし。普通の、動物としての猫なら街にも居ておかしくないと思う。

 進化する前の子猫姿の時も、街の人から微笑ましく見られることはあっても、物珍しく見られることはなかったはず。今はもちろん、2本の尻尾を見て二度見されます。

 ということは、街の人にとって猫自体は見慣れているということだろう。

 オンラルク鉱山麓の村で出会ったアレナちゃんという女の子も、猫というものを知っていたし、私以前に触れ合ったこともあったと思う。

 なのに、私はこちらの世界で猫を見たことがない。

 これはもしや…………。


にゃぅにゃぁあ避けられてる⁉」

「なんだっ? どうかしたのか?」


 椅子に座って本を読んでいたお兄さんが驚いているが、今はそれどころではない。

 いくら見た目が可愛らしい子猫といえど、私は一応、魔物だ。いや、魔物なのかも怪しいらしいけど、少なくとも普通の動物ではない。中身はヒトだし。異世界産の。

 動物は人間に比べて、危険なものへ敏感だ。それも魔物がいるような世界の動物となれば、より顕著けんちょだろう。

 最初の頃はほぼ魔力も持たない状態だった私だけど、いろんな魔物の素材を食べてきた現在はそれなりの魔力を持っている。

 しかも私は食べた魔物の素質を引き継ぐという謎の体質もある。以前、ドラゴンの角をこっそり食べた時は、ドラゴンの魔力気配がするといってすぐにバレたりもした。

 今はすっかり落ち着いて私に馴染んだらしいが……。

 そんな魔訶不思議まかふしぎな存在に、警戒心の強い動物が近付くだろうか?

 どう考えても、答えはノーだ。


うなぉそんなぁ…………」

「一体どうしたんだ……?」


 お兄さんが困惑した様子で落ち込む私の背中を撫でてくれたが、今はそれどころではない。ないのだ。

 私の趣味しゅみといえば、猫である。見るもよし、触るもよし、語るもよし。

 だというのに、今の私は見れない(鏡必須ひっす)、触れない(毛繕けづくろいはできる)、語れない(言葉の壁)である。

 確かにね? 女の子としては「可愛くなりたいなぁ」くらいの願望は私も持ったことありますよ?

 のんびりゴロゴロするハルくんを眺めながら「猫生もいいなぁ」くらいの妄想をしたことありますよ?

 だからって、それを一纏めにして「可愛い猫になる」で叶えなくても良くないでしょうか……。


うにゃぉいや……?」


 待てよ? 猫又に進化した時に生えた、紫の尻尾。この尻尾はどうやら魔力を操る器官になっているようで、私が「こうしたい」と考えると自然と動いてくれる。

 ということは。できるだけ魔力の気配を消したい、と考えればやってくれるのでは⁉

 どうですか、尻尾さん!


「…………」

「……? どうした、尻尾を睨んで……?」


 はい、自分じゃよく分かりません。ただ、何となく魔力が動いたような感覚はした。

 お兄さんの反応を伺ってみると、おや、という顔をしている。


「魔力を抑えているのか? ふむ、そうすると益々ただの猫に見えるな。まぁ尻尾は2本あるが」

にゃあおおお!」


 どうやら成功しているっぽい! さすがだぞ尻尾さん!

 2本の尻尾はさすがにどうしようもないので諦める。隠せるものでもないし。

 では、早速行きましょう! 猫の旅に!




 お兄さんが使役していることになっている私は、本来一匹ひとり歩きは禁止されている。ただお兄さんが信頼度の高い冒険者だから、少し出歩くくらいならお目こぼしされているのだ。

 しかし、今回は猫を探す為に街中を練り歩くつもりである。となると、私一匹だとさすがに怒られるかもしれない。

 なので窓を肉球でテシテシして、どうにかお散歩がしたいという願いを察してもらった。

 今日は依頼を受けずにゆっくりしようという日だったので、そんな中でお兄さんを連れ回すのは心苦しいが、ご容赦ようしゃください。

 私には、私には今、猫が足りないんです……っ!


「どこか行きたい場所でもあるのか? セルナ姉?」

「うにゃお」


 不思議そうなお兄さんに首を横に振ってみせる。行きたい場所ではなく、逢いたいんです、猫に。

 なので今日は、猫が居そうな場所を探していくつもり。

 しかし、猫語しか話せないので説明できない。申し訳ないが、お兄さんはお散歩として気楽について来てください。

 トコトコと歩き出した私に、お兄さんは首を傾げながらもついて来てくれた。ありがとうございます。

 さて。飼い猫ならただ歩いているだけで遭遇できる可能性もなくはないので、野良猫を狙っていきたいところ。

 路地裏や屋根の上、荷車の下、木箱の中、ちょっとした空き地。

 野良猫が居そうな場所は街中にはたくさんある。ここカルパタはそれなりに大きい街なので、全てを回るつもりで行けばどこかで逢えるだろう。

 いや、もしかしたら猫集会も見れるかも……⁉ あわよくば参加できるかもしれない……!

 そんな垂涎すいぜんものの想像と期待をふくらませ、私(とお兄さん)の猫の旅は始まったのだ。




 惨敗ざんぱいしました。

 もうね、影を見るどころか気配すらまともに感じ取れなかった。

 集中すれば、そこにさっきまで居たらしい、という感覚は掴めるようになった。匂いもぎ取れるようになった。

 だからこそ、逃げられているのが分かってショックでした。

 居るのが分かっているのに、見ることすら叶わないなんて……。

 野良猫はもちろん、飼い猫すら見当たりませんでした。さすがに他所よそ様のおうちの中までは探しにいけない。

 まさか、ここまで全力で避けられるとは…………。

 自慢ではないが、だった頃は野良猫を探しに行けば8割くらいの確立で遭遇できていた。

 おやつも常備していたし、はじめましてな猫さんとも触れ合えることは珍しくなかった。

 そんな私が惨敗……猫好きにはこたえます。


みゅぅうぅ……」

「あらあら、どうしたのルフスちゃん?」


 すっかり不貞腐ふてくされた私は、セルナさんの膝の上で丸まっていた。

 不思議そうにしつつも背中を優しく撫でてくれるセルナさん。相変わらずフカフカです。

 夕飯をご馳走になって、今はまったりとしているところ。お兄さんも対面でゆっくりコーヒーを飲んでいる。

 セルナさんの疑問に、お兄さんは肩を竦めた。


「よく分からん。何かを探しているようではあったんだが」

「あら。なら探し物が見つからなくて拗ねちゃってるってところなのね」

「おそらくな」

なーうそのとおり


 最終的に日が落ちるまで街中をひたすら歩かされたというのに、お兄さんは最後まで文句の一つも言わなかった。

 本当にお兄さんは優しいな……いつもありがとうございます。


「ふみゃあ」

「ふふ、お眠さんみたいね」


 一日中歩き回って、美味しいご飯食べて、セルナさんのフカフカお膝で撫でられていると、自然と眠たくなってきた。穏やかな笑みを浮かべるセルナさんが、ことさら優しく撫でてくる。

 思わず欠伸あくびをもらす私に、お兄さんが静かに笑った。


「眠っても良い。あとは帰るだけだからな」

「みゃぅ……」

「おやすみ、ルフス」

「おやすみなさい、ルフスちゃん」


 そんな2人の優しい声に促されるように、瞼が落ちる。

 今日はお兄さんに迷惑かけちゃったし、次の依頼はもっと張り切っていこう。

 そんな決意をしながら、私の意識は薄れていった。



*****




 すぅすぅと寝息をたてるルフス。

 朝から様子がいつもと違い、どうやら何かを探していたようだが、街中を巡っても見つからなかったらしい。

 不貞腐れたように地面で丸まったルフスに困って、とりあえずセルナ姉のところに連れてきたが、正解だったようだ。

 静かに撫でるセルナ姉の手が当たるとピクピクと耳が動いている。


「寝ちゃったみたいね。やっぱり疲れちゃったのかしら」

「まぁ、日中ずっと歩き回っていたからな」


 一体何を探していたのか分からずじまいになってしまった。

 ただ街を一巡りした時に、随分とガッカリしているのは分かった。

 匂いを嗅いだり気配をさぐったりしている様子から、目的は生き物だとは思うのだが…………まさか、また魔物が食べたくなって探していたとかではないだろうな?

 ルフスは賢い。以前、街には許可なく魔物は侵入できない話をしてある。なので魔物が目的なら街の外を目指すはず。

 こういう時、言葉が分からないのが残念でならない。


「……そろそろ帰るよ」

「あらそう? 泊まっていってもいいのに」

「また今度な」


 セルナ姉からルフスを受け取る。気持ち良さそうに眠っているのを起こさないように慎重に抱えると、面白そうに笑っているセルナ姉に気付いた。


「……なんだ」

「ふふ、小さな動物に逃げられる貴方が、随分とあつかいが上手くなってきたと思って」


 俺は昔から、何故か動物──特にからは避けられている。

 セルナ姉からは「威嚇いかくするからよ」とは言われているが、俺にそんな意識はない。


「今日は街中歩いたんでしょう? どう? 他の猫ちゃんは見た?」

「…………」

「ふふっ……その顔は見てないみたいね」

「……俺にはルフスがいるから問題ない」

「ふふふ」


 揶揄からかうような笑顔のセルナ姉から逃げるように、家を後にする。

 ルフスの面倒を見るようになり、猫というものに興味が出た俺だが、生憎あいにくと猫の方は未だにこちらを避けてくる。

 だがセルナ姉にも言ったように、俺にはルフスがいるので問題ないのだ。

 すっかり暗くなった街を宿に向かって歩きつつ、腕の中で眠るルフスを眺める。




 ……ところで、他の猫型の魔物も食べてみたいとか、思っているのだろうか…………?

 できれば共食いのような場面は見たくないのだが…………。

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