第20話 猫好きになった男と尋問

 ギルド地下にある、あまり使われることのない部屋。

 鍵は常にギルドマスターが所持しており、一般の職員には「使われていない倉庫」として教えられている。

 その部屋に、ギルドマスター、サブマスター、俺が集っていた。

 目の前には、イスにくくりつけられた平凡な男が1人。

 隠形おんぎょうのアーティファクトを身に着けていた、フードの男だ。今は意識がなく、その頭は力なく垂れている。

 男が目を覚ますまで、3人で話し合いをしていた。


「間違いありませんね。これは【鹵獲ろかくの首輪】です」


 男が持っていたベルトを見て、眼鏡を押し上げたリオンが言う。


「それって確か、アレだろ。昔の戦争で、敵の使役している魔物を奪って使う為の魔道具……だったか」

「えぇ、そうです。加えて言えば、現在は軍でしか取り扱いが許されていない物ですね。民間人は所有しているだけで違法です。発見次第、国に報告する義務があります。もともと数も少ないので、民間で見つかった物は少なかったと聞いていますが」


 100年以上前の戦争で使われていたとされる魔道具で、使役された魔物につけることで強制的に契約が上書きされ、その首輪の鍵を所有する者に仕える。

 更に契約が重複する為か、後者の主人には絶対的な服従をすようになっていた。

 使役する魔物が主人よりもすぐれていた場合、命令を無視したり緩和かんわしたりすることができる。特に、魔物は命の危機を感じたら命令を反故ほごにできるようになっていた。

 それが契約の上書きにより、「死ぬまで攻撃を続ける」といった無茶な命令を下せるようになってしまった。

 加え戦時以外で、【鹵獲の首輪】を使った珍しい魔物の窃盗せっとうが度々起こり、所有は軍、つまり国に限ると法律で定められた。それが80年ほど前のこと。

 70年ほど前には、戦時にも使用禁止にするという戦争法も周辺諸国でわされた。まぁ、裏では分からないが。


「そういえば、お前、あの猫はどうした?」

「ルフスだ…………その首輪が余程に嫌なようでな。あまりに警戒するから、預けてきた」

「ほう。やはり魔物ですから、この首輪がもたらす効果を感じ取ったのかもしれませんね」


 俺から見れば、ただの首輪にしか見えない。

 しかし、この首輪をめられそうになった時、そして首輪が側にあった時のルフスは見たことがないほどに警戒していた。

 下手に触れば爪で引っ掻かれそうだった。いや、もしかしたら魔法を使うかもしれないな。

 どうやら人間に対して魔法を使うのを躊躇ためらっているようだったのに、首輪に向けてとはいえ、それを人間が手にしているところに魔法を放っていた。

 こうやって魔物売買に繋がりそうな奴が捕まえられたとはいえ、ルフスには悪いことをさせてしまった。

 帰りに何か、美味そうなものでも買うか。


「…………っ……?」


 ピクッと垂れていた男の頭が揺れた。意識が戻ったらしい。

 消炭けしずみ色の髪で隠れていた目がこちらを向くと、驚きに目を見開いた。その眼はギルマスとリオンの間を行き来している。


「なんっ……ギルマスとサブマス……⁉」

「なんだ、知ってんのか。しかもリオンを」

「ということは、カルパタ所縁ゆかりの方でしょうか。少なくともカルパタの冒険者ではありませんね。記憶にない顔です」

「リオンが言うならそうなんだろ。さぁて、目が覚めたところでいろいろと訊きたいことがあんだが」


 男が焦ったように身体を揺するが、イスにしっかりと固定してある。チラリとドアを確認していたが、その前には俺が立っていた。

 男は俺のことも視界に収めると、小さな声で「やはり【風雪】だったか……」と呟いている。


「逃げられないことが分かったところで、さっそく質問だ。お前、魔物の売買を取り扱う組織を知っているな」

「…………」


 ギルマスの問いに、男は額に汗を浮かべながらも沈黙を選んだ。

 すぐに答えるとは思っていないから、ギルマスも特に気にした様子もなく質問を続ける。


「俺だけじゃなくリオンの顔まで知ってるってんなら、カルパタの出身か? 少なくとも冒険者ではないらしいが。ギルド関係の仕事か?」

「…………」

「職員にもお前のような奴は見たことがない。となるとギルドと取引がある仕事だろうが、どう思う? リオン」

「その中から更に私の顔を知る者となると、おおよその目安はできますが……」


 苦々しそうな顔で視線を逸らしている男を見下ろして、リオンがふ、と笑った。


「とはいえ、このような凡夫ができる仕事となると、更に絞り込めるでしょうね」


 口の端だけの笑みを浮かべて吐き出された言葉に、ギルマスと思わず顔を見合わせた。

 どうやら早くも始まったようだ、と。


「何…………?」


 リオンの言葉があからさまに自分を見下みくだすものだと分かったのか、男は睨みつけるように視線を上げる。

 それが分かっていて挑発に乗るとは、やはり素人しろうとのようだな。

 男の視線を受け、リオンは殊更ことさらに男を馬鹿にした目を向けた。


「おやおや、こちらの質問に答えないのは言葉が理解できないからだと思っておりましたよ」

「馬鹿にしやがって……っ」

「そのようなことは。犬や猫とて『待て』くらいの言葉は理解できますからね。彼らに対して、愚かなどとは思ったことはありません」

「……それは俺が犬猫と同じだって言いたいのか……?」

「ふふふ、まさか。きっとの方から『勝手なことを言わないように』とでも命令を受けているのでしょう。犬や猫でそこまで複雑なことはできませんからね。……まぁ、自分の意思で話すことを決められない程度には、思われているようですが」

「そんなことはない!」

「そうでしょうか? あぁ、そもそも詳しい話ができるほど情報を貰えてもいないのだろうことは、私たちも分かっておりますよ。その中から、何を話せば良いのか判断できないのでしょう? 貴方には少々、難しいことでしたね」

「て、てめぇ……っ!」


 分かりやすすぎるくらいの挑発に、男の気がだいぶ立っているのが分かる。

 それは男が元より短気な性格をしていたのだろうが……それだけじゃないのは、俺とギルマスは良く知っている。

 男が縛り付けられているイスの後ろには、小さな匂い袋が置いてある。その中には、相手の気を高め興奮状態にしやすくさせ、暗示のかかりやすい精神状態にする効果がある植物が数種入っていた。

 1つ1つはただの薬草だったり野草だったりするが、それを組み合わせることで特定の効果を発するものを生み出す。

 サブギルドマスターであるリオンは、有能な調合師でもあった。

 興奮状態になったことで呼吸数が増え、余計に匂いを嗅いでしまった男は次第に大人しくなる。

 どこかうつろな目をしている男に、俺とギルマスが気の毒そうな視線を向けていると、リオンが普段通りの穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「予想以上に安易で助かりました。こうも安い言葉に乗っていただけるとは」

「まぁ、寝てる間も匂いは嗅いでいただろうしなぁ……。これ、本当に後遺症とか大丈夫だよな? 大分、その、ヤバそうな顔をしているが」

「大丈夫ですよ。多少、ここでのことが曖昧あいまいになる程度です。あぁ、オルディオ様。もう魔法は解いていただいて結構です。ありがとうございます」


 リオンに言われ、俺はそっと発動していた風の魔法を解く。

 匂い袋の効果は特定の相手に発するものではないので、こちらが嗅がないように後ろから微風を起こして男の周りにだけ匂いを送るのが、ここでの俺のもう1つの仕事だった。

 匂い袋の口を綺麗に縛り、さらに箱にしまったリオンが眼鏡を押し上げつつ、効果の現れた男を満足げに眺める。


「では、そろそろ始めましょうか」

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