第19話 猫好きな猫又と酒場②

 酒場での調査を始めて、10日目。

 いくつかの酒場を回って、最初の『恵みの月夜』に戻ってきた日だった。

 お兄さんがカウンターでお酒を頼んでから2時間ほどして、お店に怪しいフードを被った人が1人入って来た。

 不思議なことに、そんな怪しい見た目をしているのに、他の人たちは特に気にした様子もない。

 というか……気付いていないように感じる。誰もフードの人物を視線で追っていない。

 それでいて、ちゃんとぶつかりそうになると避けるし、その段階になって目の前の人物に気付いて驚く、といった行動をとる。

 お兄さんに報告すると、お兄さんも一瞬、驚いたように微かに眼を見開いた。

 

「……精密な魔法の気配がする……アレはフードの効果か。隠形おんぎょうのアーティファクトとは、かなりレアな物を」


 確か、お兄さんのコートには魔力放出を抑える効果があったはず。それの隠形? バージョンということか。

 そういった魔法効果のある物は、なんとダンジョンから得られるらしい。

 ダンジョンがあるなんて、ファンタジー度が増したな。

 もちろん、お兄さんのコートもダンジョンで入手した物。

 生物が持つ魔法素質では作ることのできない物が、ダンジョンには眠っているんだって。

 ダンジョンから得られた物はアーティファクトと呼ばれていて、冒険者ギルドで買い取って貰ったり、オークションに出品したりして他の人の手にも渡ることになる。

 かなり高額で売りに出されるそうだけど、むしろ高額の物のほうが買い手がつき易いそう。実用品としても美術品としても、アーティファクトは垂涎ものなのだ。

 あのフードの人、冒険者っぽくはなさそう。つまり高価なアーティファクトを入手できるほどの財力があるということ。

 こんな人気ひとけの多い場所で、わざわざ隠形を使うような人物。

 怪しい匂いがプンプンのプンですね!

 そして、ついに私の出番です!!

 ちょっとテンション高めにお兄さんを見上げると、微妙そうな表情をして頷いた。


「無茶はするなよ」

にゃんはい!」


 ピョンッとカウンターから飛び降りる。今日も大繁盛な店内は酔っ払いでごった返しているので、踏まれたりしないよう、注意して足元をくぐった。

 酒場なのにお酒を頼む様子もなく、むしろ客を物色しているかのような動きをしているフードの人。

 不思議なことに、そのフードの奥の顔は見えない。何というか、見えているはずなのに、顔が分からない、という違和感がある。

 何とか見えないものか、と悩んでいると、体内の魔力が眼に集中し出した。

 そして、パッと突然、フード内の顔が見えた。

 これといって、特徴のない顔立ち。第一印象を聞かれたら、平凡、と答えるような。黒に近い灰色の髪に、黒い瞳――――と目が合った。

 思わず、ギョッとした顔をしてしまった気がする。猫顔だけど。

 フードの人もギョッとしていた。

 はて。魔物の私に驚いたのか、目が合ったのに驚いたのか。

 どっちもかな、と思いつつ、誘うように「にゃお」と一声鳴くと、クルリと背を向ける。

 いきなり目が合ったのは驚いたけど、魔物わたしに気付いてもらうのが第一目標だったので、作戦は次に移ります!

 たくさんの脚をすり抜け、店の入口に辿り着くと後ろを振り返る。

 フードの人も私を追いかけて人波をくぐっているのが見えた。慌てているのか、先ほどよりも他のお客さんにぶつかっているように思える。

 よーしよし。ここから人混みをはずれて、路地に誘い込むのが第二目標。

 お兄さんは少し遅れて、フードの人を尾行するらしい。

 魔物を捕まえようとしている現行犯で捕まえられれば、という感じ。私はお兄さんが保護(?)している魔物として登録されているらしいので、そんな私を勝手に連れて行こうとすれば、窃盗せっとう扱いになる。

 窃盗……誘拐じゃなくて、窃盗。私はお兄さんの所有物かぁ。

 …………な、なんかイケナイ響きっ。


「本当に魔物だな……」


 とか考えている間にも、路地裏に入り込んで木箱の上に伏せ寝している私を、追いついたフードの人がマジマジと眺めてくる。

 まぁ、目をつむっているので、気配でそんな気がするってことだけど。

 気配を辿ると、何と屋根上にお兄さんがひそんでいた。本当に身軽だな。

 フードの人は何やらいろんな角度から眺めているのか、近くをウロウロしている。

 前までの私だと、パッと見ただの子猫にしか見えなかったけど、今の猫又(仮)姿なら魔物だと一目瞭然。

 いや、一瞬目の錯覚かと思うかもだけど。


「マギアテイル……いや、あれは尻尾が2つになどなっていないはず…………? っまさか、新種か?!」


 おぉ、魔物を売りにしているだけあって詳しいらしい。

 チラッと片目を開けると、一瞬、警戒したように動きを止めたけど、私が動かないでいるとソロソロと手を伸ばしてくる。

 うーむ。変な人に触られたくないけど、あんまり威嚇いかくするのもなぁ。

 大人しくフードの人が頭を撫でてくるのを受け入れると、何やら息を呑んだ。


「これほどまでに大人しく魔物がいるなんて…………もしや他で既に『人工計画』が? そんな話は聞いた事ないが……しかし…………」


 人工計画? 何の話だろう。

 むむ、この人、随分と撫で方が上手いな。あー、そこそこ。ふへぇ。

 あご下を掻かれて思わず脱力していると、フードの人がふところから何かを取り出した。

 灯りのない路地裏の暗がりだけど、私の猫目はしっかりと見えた。

 ベルトだ。黒張りで、金具部分には鍵穴もある。

 そこに取り出した鍵を差し込むと、ベルトが外れて────毛が逆だった。

 何か凄い嫌な感じする!!!

 反射で立ち上がると、逃げられると思ったのかフードの人に片手で首裏を掴まれた。


キシャーッはなせーっ!!」

「くっ、大人しくしろっ」


 大通りを気にしているのか小声で悪態あくたいをつき、バタバタと暴れる私にベルトを付けようとする。

 こんのー!


「にー!」

「うわっ!?」


 尻尾から炎を飛ばしてベルトに当てた。

 思わずベルトと私から手を離してしまったフードの人が、慌てて再び手を伸ばしてくる。

 そこへ、屋根上で待機していたお兄さんが降ってきた。

 背後に着地した気配にフードの人が驚いて振り返ると、お兄さんはその鼻先に短剣を突きつけた。


「俺の魔物に何用だ」

「お、お前は【風雪のディオ】!!」


 すぐさま背中に手を伸ばしたが、それよりもお兄さんの方が速かった。

 一瞬で間合いを詰めると、鳩尾みぞおちこぶしを叩き込んでいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る