第18話 猫好きな猫又と酒場

 店主さんが間違えて私に、ミルクに似たお酒を出してしまった。

 それで見事に酔っ払った私は、すっかり日の登った宿屋で目が覚めたのである。


みゃ~ふぁ~


 目覚めパッチリ! どうやら二日酔いしないタイプなようです。

 珍しく私より先に目が覚めていたお兄さんが、ベッド縁に座りながらホッと息をはいていた。


「気分が悪くなったりしないか?」

にゃーお大丈夫!」


 頭を撫でられながら元気にお返事。いつも通り元気いっぱいですよ!

 どうやらミルキースというものを、ちょうどお兄さんが飲んでいたらしく。ミルクの近くに瓶があった為に間違えてしまったらしい。

 そのお酒が見た目も匂いもミルクに近くて、パッと見では区別がつきづらい。なので会話しながら動いていた店主さんも、間違えてしまったそう。

 申し訳ないことをした、と店主さんは謝罪として昨夜の酒代は受け取らず、あと私へはナッツの詰め合わせを贈ってくれた。

 それを朝食としてミルクと共にポリポリしながら、お兄さんから昨日の話を聞いている。

 私も何となく違うような気がしても、普通に飲んじゃったもんねぇ。

 因みに、味はあまり覚えていない。味を感じる前に、アルコールにやられたっぽい。

 残念。私の初飲酒だったのに。


「念の為、今日は一日安静にしていろ。調査は明日からだな」

にゃーんはーい


 私はもう大丈夫だと思うのだが、お兄さんは相変わらず過保護です。

 まぁ、人間に置き換えれば赤ちゃんがお酒飲んじゃったようなもんか。そりゃあ、心配にもなる。

 そして、その日は本当に一日ダラダラとして、合間にお兄さんに本を読んでもらったりして過ごした。

 翌日、夜。

 今晩も喧騒で賑やかな街中を、お兄さんの頭の上から眺める。

 こうして人目に触れやすい場所にいるのも、作戦の内なのだ。最近の定位置になりつつもあるが。

 夜の街を物珍しくキョロキョロしている間に、どうやら今回の目的地についたようだ。

 『恵みの月夜』という名前の酒場は、このカルパタで1、2を争うほど大きなお店らしい。

 私は思わず、ポカンと見上げた。そう、見上げるほど大きかった。

 なんと、中央を吹き抜けにした2階建ての建物だったのだ。左右に階段があって、中央には何か舞台のような空間がある。

 1階だけで20テーブルあると思う。1テーブル5人掛けで、それが満席。

 それだけじゃなく、席につかず立ったまま飲んでいたり歩き回っていたり、あれ、もしかして外で飲んでいるのもお客さん?


「帝都だと、この規模の店は珍しくないぞ」

みぇ~ふぇ~


 帝都すごい。カルパタもすごい。

 小声で教えてくれたお兄さんに、ふわっとした返事をしながら口がふさがらない。

 いやね、もっと大きいビルとか見たことあるけど……何というか、現代じゃあまり感じない雰囲気がね?

 そして、冒険者として有名らしいお兄さんの姿に、周囲のお客さんがチラチラ、いやガッツリ見てくる人もいるな。視線が大分集まっている。

 しかし視線が集まるのはいつものことなので、お兄さんは特に気にした様子もなく店内に足を踏み入れた。強い。

 すでに出来上がっている人たちの中をスイスイと避けて歩くお兄さんは、誰にもぶつかることなく奥のカウンターまで辿り着いた。

 カウンター席は10席あり、半分以上は埋まっている。空いている席に座ると、カウンター内に立っていたおじさんが声をかけてきた。


「これはこれは、オルディオさんですか。珍しい」

「……」


 にこやかに話しかけてきたおじさんに、お兄さんはただ頷いてみせた。

 お兄さんの無愛想はデフォなので、代わりに私が愛想をふりまきましょう!


にゃんにゃこんばんわ!」


 お兄さんの頭から飛び降り、カウンターの上でいつもより大きめに挨拶。

 右足をあげて鳴いた私に、おじさんは驚いて目を見開いた。


「おぉ! 本当に魔物が……しかも、これは挨拶しているの、かな?」

にゃおそう!」


 うんうん頷いてみせる。

 そんな私の背中を撫でながら、お兄さんが言った。


「ルフスに、街を見せて回っている」

「ルフス……あぁ、この魔物のことですね。名前までつけて、オルディオさんが魔物を気に入っているとは――いえ、失礼」

「にゅ?」


 なんか、今お兄さんが殺気立ったような……? おじさんも決まり悪そうに話しを止めた。

 首を傾げる私の背中を撫で続けるお兄さんを見上げるも、もういつもの無表情にしか見えない。

 よく分からないまま、お兄さんはまたミルキースを頼んで、おじさんも仕事に戻っていった。

 今回は私が間違えてお酒を飲むことがないように、お兄さんが持参したナッツをポリポリしておく。持ち込みOKなんだ。

 ポリポリしながら店内を見渡すと、何人かのお客さんと目があった。目があったお客さんには手をフリフリしておく。あ、喜ばれた。

 お兄さんがあからさまに辺りを見ていると怪しいが、こうやって私がキョロキョロする分には可愛いで済むのだ。

 そして怪しい人に目星がついたら、私がお兄さんに報告する。


「にゃ」

「ん……いや、あれは冒険者だ。見たことがある」

「にゃ」

「あれは……オグニスの商人のようだ。通行証を持っている。ターゲットになるかもしれないから、少し注意しておこう」


 そんな感じで、暫く観察に時間をついやした。

 その間に、数名の冒険者らしき人たちからお兄さんは話しかけられていたし、私もギルドで会ったことのある女性冒険者の人たちに愛嬌あいきょうサービスしたりと、そこそこ騒がしく過ごした。

 残念ながら、その日は怪しい人物は探し出せなかったが、話しかけてきた冒険者たちから情報を収集したりと、少し実りのある初日となる。

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