第17話 猫好きな猫又と酒

 ぐるりと周囲を見渡す。

 店内には私とお兄さん、エレキガルさん以外に10人のお客さんがいる。カウンターの他に、テーブル席が5つ。立ち飲み席が3つ。

 テーブル席には2人組、2人組、4人組。立ち飲み席に1人と2人組。

 なかなかに繁盛はんじょうしているんじゃないかな? 酒場の客入りとか良くわからないけども。

 お酒以外にもおつまみメニューがあるようで、エレキガルさんの前にも1皿置かれている。

 ふむ、これは……ナッツ類、か?

 お皿に寄って鼻をクンクンさせていると、エレキガルさんが1つ摘まんでみせた。


「ちっこいの、こういうのも食えんのか?」


 どうやら私ではなく、保護者お兄さんに確認しているようだ。

 お兄さんは店主さんから出されたグラスを手に、少し眉を寄せた。


「食べさせたことがないな……というか、ルフスはミルクと魔物以外を食べたことがあったか?」

にゅーんうーん?」


 そういえば、食べたことあるっけ?

 見た目が子猫だからって、お兄さんは基本的にミルクしか用意しないし、私も特に他のものを食べたいと思ったことがない。

 もちろん、魔物の素材は別として。

 首を傾げている私とお兄さんに、エレキガルさんが呆れた目を向けてきた。


「お前、そんなんで大丈夫かよ? 魔物だったら肉も食わせないとマズいんじゃねーの?」

「確かに、そうか…………だが、どうも見た目がな……」

「あー、まぁ、不安に思う気持ちはわかるかな」


 店主さんも困ったように眉を下げた。そして胸ポケットからハンカチを取り出すと、私の口元を拭ってくれた。おっと失礼。

 私、見た目は本当に子猫だからなぁ。今は尻尾が2本なので、すぐに魔物だと理解できるんだけど、前まではぱっと見、普通の子猫だったし。

 魔物だとわかっていても、固形物とか食べさせてもいいものか、私も迷うと思う。

 ちなみに私の感覚的には、食べても大丈夫。

 だから食べてみる。


「にゃむ」

「「あ」」


 エレキガルさんが摘まんでいたナッツをパクリと口にした。

 ポリポリと小さな口で嚙み砕く。味はピーナッツに近いかな? ほんのり甘味がある。

 ジッとこちらを見守っている3つの視線に対し、コクンと飲み込んだ私は笑顔で頷いてみせた。


にゃーおおいしい!」

「大丈夫そうだな」


 ホッとした様子のお兄さんに頭を撫でられながら、またミルクを一舐め。うん、ミルク美味しいわ。

 この世界のミルクなんでこんなに美味しいの? なんのミルクなの?


「かーっ、あのオルディオがそんな顔するたぁな」

「本当にね、珍しいというか。僕は初めて見たかもしれないな」


 エレキガルさんは気味悪そうに、店主さんは物珍しそうにお兄さんを見ていた。

 お兄さん、無表情がデフォだからなぁ。クールでかっこいいけど、小さいけど優しい笑みを見せるのも可愛くて良きです。

 すぐに鬱陶しそうな表情になってしまったお兄さんは、話を変える為に1つ咳払いをした。


「こほん。それより、少し聞きたいことがある」

「おや、仕事かい?」


 肩眉を上げた店主さんは、ちらりとエレキガルさんに視線を向けた。


「いや、構わない。むしろ、エレキガルも知っていることがあれば教えてくれ」

「あん?」


 グラスを煽りながら、エレキガルさんが訝し気な顔をして、それから何かを思い出した顔をした。


「この時期に聞き込みっつーと、コレか?」

「にゅ」


 コレ、と魔物わたしを指さすエレキガルさんに、お兄さんも小さく頷いた。

 他の冒険者からも慕われているというエレキガルさんなら、情報とかいろいろ入ってくるんだろう。

 一応、秘密案件な魔物売買についても、それなりに知っているようだ。

 店主さんも表情を変えないので、どうやら話を理解できているらしい。


「そうだな……少なくとも、俺が面倒を見ている冒険者には、直に声をかけられたり現場に遭ったりした奴はいねぇな」

「僕のとこもそうだね。この店には来たことないかな。知り合いの店でも、そういった話は出てない」

「ということは、新人・中堅の冒険者と、小・中規模の酒場には出入りはないか。そこは事前の情報通りだな」


 ミルクを一舐めして、私も記憶を探る。

 お兄さんと一緒に確認した情報によれば、魔物売買に使われているのは大規模な酒場で、お金の持っていそうな高ランクの冒険者や商人がターゲットになっている。

 実際に魔物売買の現場に遭遇したり、誘われたりした人は大分少ないようだけど、話を振られただけなら数十人にはなるらしい。

 購入にまで進んだ人は今のところいないようだが、時間の問題だろうとリオンさんが言っていた。


「まぁ、冒険者で魔物をわざわざ買おうとする奴はいないだろうな。それよか、自分で捕まえてきたほうが早ぇし」

「そうだね。冒険者の方は、彼らと繋がりのある商人や貴族が狙いだろう」

「護衛依頼なんかで、雑談として話をふる可能性は高ぇな。特に貴族にゃそういった話が大好物の奴らも多い」

「商人の方は、貴族よりも賛否が分かれるだろうね。下手に黒い話に関わると痛い目を見ると知っているから、古参になるとまず手を出さないと思う。狙いは駆け出しの商人か、再起を願う人とかか」


 うむ……大分難しいお話になってきたな? ペロペロ。

 えーっと、つまりお金があった方が良いけど、お金持ちすぎる人は怪しんで手を出さないってこと? ペロペロ。

 そういえば、帝都の貴族も、売買に手を出していたのは伯爵位までって話だった。その上の侯爵や公爵はノータッチ、伯爵も低位の家がほとんどだったとか。ペロペロ。

 まぁ、犯罪だもんねぇ。普通に考えればダメってわかるだろうけど……これがリオンさんが言っていた「暇な金持ちは何をするかわからない」っていう。ペロペロ。

 エレキガルさんが鼻先に転がしてきたナッツも食べる。ポリポリ。今度はカシューナッツっぽい味だ。ミルクもペロリ。

 3人の話を聞きながら無心でミルクを舐めていたら、気付けばほとんどミルクを飲み終えていた。美味しいから残念……。

 未練がましくお皿を見ていたのが伝わってしまったのか、会話を続けつつ店主さんがお皿に追加でミルクを入れてくれた。すみません、ありがとうございます!

 ……ん? あれ、何か匂いが少し違うような? まぁ、いっか。ペロペロ。


「金持ちを狙うなら、お高い店に行けばいいと思うがね」

「いや、そういった店は客を選ぶからな。怪しい連中が入り込む隙がないんだろう」

「あー、それもそうか。聞いた話にゃ、フードを被って見るからに怪しいなりをしているらしいが……」

「ははっ、それじゃあ、入れないだろうね。まず顔が確認でき――と、ああいう店は来店拒否――ら」

「そういや俺もむか――……いや、やっぱいい。嫌な記憶――思い――ちまったぜ」

「まぁ、冒険者自体を断――も珍しくな――ね。――ガルの顔が悪い――じゃないよ」

「おい! 俺は――悪いから入れ――なんて言ってねぇ――うが!」

「おや、違う――い?」

「ぐぅ……っ」


 めちゃめちゃ悔しそうな顔をしているエレキガルさん。

 楽し気に笑う店主さん。

 静かにグラスを傾けるお兄さん。

 そして、何故かみんなの会話がブツブツに聞こえる私。ついでに3人が6人やら9人やらに見える……。

 なんだろう……からだがポカポカしてきたぞ…………あたまもポアーッてするような……。

 あぇ、おにいさんがへんなかおしてるぅ。


「……ルフス、ねむ――か?」

みぇ……?」


 なんて?


「子供は――時間ってか。――だけ飲めば――」

「いや、待て――にを飲ん――」

「ああっ⁉ ――がえて、オルディ――入れちゃったかも!」

「何っ⁉」


 何やら驚いた様子のお兄さんたちの姿を最後に、私の意識は途絶えた。


 結論。子猫の身体にお酒はアカン。

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