第16話 猫好きな猫又と調査開始

 それから数点の確認事項を終えて、リオンさんは仕事に戻り、私とお兄さんは一度宿に戻ることに。

 お昼ご飯として外の露店で買ったものを食べ、改めて話し合いをした。

 お兄さんは椅子に座り、私はテーブルに座って向かい合う。


「とりあえず、1つずつ確認していくか」

にゃんはい!」

「まず……そうだな。今回の調査は、魔物の密売元を探ること、もしくは密売現場を押さえること。それは分かっているか?」

にゃんはい!」

「よし。それで、ルフスの役目は密売組織の目に留まることだ。ギルドに上がっている情報をみるに、密売の噂が流れているのは夜の酒場が多い。恐らく、そこに組織の関係者が潜り込んでいるんだろう」


 そこへお兄さんと共に私が姿を見せ、タイミングがきたら私だけが酒場を出てウロウロする。そこで動きを見せる人がいれば、お兄さんが捕獲。

 酒場の周りをグルッと1週して、何事もなければお兄さんの下へ。怪しげな気配を感じたら、無理せず逃げて宿で落ち合う。


「もし捕まりそうになったら、最悪、相手を殺してでも逃げろ」


 そう真剣にいうお兄さんに、私も頷いてみせたが……。

 魔物相手にならもう躊躇ちゅうちょなく魔法を打てるけど、人間を相手にしたことはない。土壇場どたんばで魔法を使えるかな……。

 そんな考えが漏れていたのか、お兄さんが苦笑して私の頭を撫でる。


「別に、最初から相手を殺そうとしなくてもいい。結果的に殺してしまっても問題ない、ということだ」

にゃんはい……」

「しかし、お前は魔物なのに、同族よりも人間を殺すことに躊躇いを覚えるんだな。いや、同族意識とかもないのか?」


 まぁ、そこは中身が人間だから……さすがに伝わらないけど。

 あと、私には魔物が食料に見える。食欲は偉大だ。人間には食欲が湧かないから…………そういえば、何で人間は美味しく見えないんだろう? 身体は魔物なのに。

 やっぱり中身が人間だからか。でも、人間の頃だって動物を見て食欲が湧きまくるなんてなかったのになぁ。

 相変わらず、私の現状からだは不思議だ。




 すっかり日も落ちて、カルパタの街は夜の賑わいに移り変わった。

 市場ではなく酒場に人が集い、騒ぎ、呑み、その日一日を終えた者たちが声も大きく語り合う。


みぇひぇ~」


 元の世界でも夜の飲み屋など縁のなかった私には、この酒場独特の熱気というか、雰囲気に圧倒されていた。

 今日は初日ということもあり、宿に近い酒場に来ている。ギルドの情報ではこの『レリアの酒場』という店から噂が出たという話はないけど、念の為にと今日の目標になった。

 お兄さんも常連というほどではないが、店主の男性と知り合いらしい。

 ちなみに、店名のレリアというのは、店主の亡くなった奥さんの名前だとか。


「おっ! オルディオじゃないか!」


 学校の教室ほどの広さの店内に入ると、奥のカウンター内に立つ30代くらいの男性がお兄さんに気付いて気さくに声をかけた。

 黒髪・黒目に薄い顔立ちで、何というか……とても安心する。日本人顔というか。

 それでいて、鼻梁びりょうと頬には古傷があって、荒くれ者が利用する酒場の店主らしさも感じた。

 店内には10人ほどのお客さんもいて、カウンターに1人の男性が。

 体格が良くて、筋肉のついた腕に古傷。短い白髪。傍には槍が1振り。

 むむ? なんか、見覚えがあるような……?


「よぉ」


 店主の声に振り返ったカウンターの人は、お兄さんを見てニヤリと笑みを浮かべると手に持ったグラスを掲げて見せた。


「最近は文字通り子猫の相手で忙しいようだな」

「エレキガルか」

にゃ


 そうそう、エレキガルさん!

 お兄さんに拾われたばかりの頃に、ミアの森に探索に入った【白雷びゃくらい】というパーティの救出依頼を受けた。そのパーティのリーダーが、このエレキガルさんだった。

 お兄さんをライバル視しているらしいエレキガルさんだけど、口も態度も悪いが情に厚く、パーティメンバーや冒険者仲間からはしたわれているそうな。

 お馴染み、受付嬢レリアーナさんからの情報です。彼女は私が頭が良い(もちろん魔物としては)と知っているので、そういった話を聞かせてくれるのだ。


『身の程知らずというか……こほん』


 笑顔で誤魔化ごまかしたレリアーナさんは、お兄さんのファンなのです。

 前回は戦いの最中ということもあってか、随分と殺気立っていたけど、今は普通にグラスをあおっている。

 ドシッと座っている姿からは、なるほど、確かに「兄貴分」という印象だ。

 お兄さんも別に隔意かくいはないらしく、自然にエレキガルさんの隣の席に座った。

 定位置となりつつあるお兄さんの頭の上から、カウンターへと飛び降りると、まずは店主さんに挨拶。


にゃんにゃこんばんわ

「おや、挨拶されているのかな? いらっしゃい、子猫さん」


 ペコリと頭を下げた私に、店主さんも軽く会釈を返した。


「ミルクでも飲むかい?」

にゃんはい!」


 笑顔でお皿にミルクを入れ、私の前に差し出した。良い人!

 私も笑顔でミルクを一舐めしてから、エレキガルさんにも前足を上げて挨拶する。


にゃんにゃこんばんわ

「おう。お前も久し振りだな、ちっこいの」


 ガシガシと頭を撫でる手は少し痛いが、これはこれで親しみがあって良いかな。

 すっかりボワボワになってしまった毛並みを、お兄さんが手でくようにして直してくれる。


「オルディオ、本当に猫、というか魔物を連れ歩いてるんだ」

「だから言ったろ。ほぉ、噂には聞いていたが、本当に尻尾が増えたんだな」


 そんな様子を興味津々に眺めてくる男性2人に、お兄さんは呆れ顔を向ける。


「そんなことより、酒」

「はいはい。いつもので良いんだろう?」

「あぁ」


 常連ではないが、「いつもの」があるらしい。

 お酒を出すお店で「いつもの」……大人の匂いがします!

 私はというと、宿屋の女将さんに「いつもの」といってミルクを貰います。とてもミルク、じゃなくてお子様の匂いがします!

 まぁ、お酒なんて飲めないんですけどね。人間でも。

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