第15話 猫好きな猫又と調査依頼④

 リオンさんは眼鏡を押し上げながら、口元だけの笑みをみせた。


「今のロングバーツ家当主シャッセ様は、先々代様と違い随分とであらせられまして。魔物を討伐どころか武器すら触れたことはないでしょうね。それどころか、戦闘従事者を『汚れ者』などとのたまっているとか」


 あぁ、それは……怒るよねぇ。確かに戦闘で土やら血やら物理的に汚れるし、それとは違う意味でもとは思うけど。

 口にして良いことと悪いことってあると思うんだ。

 しかも、爵位を得たきっかけが武功をあげたことだっていうのに、それを子孫のお前が言うんかい! という。

 今だってミアの森という危険地帯が隣接しているのに、そんなこと言ってて大丈夫なんだろうか。

 チラリとお兄さんを窺うと、仕方なさそうに肩を竦めた。


「確かに思うところはあるが、何かあれば手は貸すことになるだろうな。拠点でもあるわけだから」

「えぇ、そうです。そういった冒険者側の事情を知っているうえでの発言というのが、なかなかに姑息こそくですねぇ」


 またもや同意しづらいリオンさんの言葉に、お兄さんも苦笑だけで返した。


「対して、ラインバッハ家現当主レミオール様は、先々代様をとても尊敬しておられる方で、ご自身も剣をたしなみ、腕前も現役の騎士を軽くいなす程だとか。私兵の練度も高く、お若い頃にはこっそりと冒険者登録をしていたりと冒険者への偏見もない。素晴らしい方でいらっしゃいます」

にゃ~へ~

「えぇ本当に。面倒な仕事を押し付けてきたかと思えば、報酬を出ししぶるようなウチの領主おバカとは大違いです」

にゃにゃ~へ~……」


 だいぶ鬱憤うっぷんが溜まっているな、リオンさん……。サブマスターってやっぱり大変なんだろうな。お疲れ様です。

 とりあえず癒されてもらおうと、リオンさんの膝に乗って、そのまま肩に飛び移り頬に頭をスリスリしておく。

 私はサービス精神多めタイプの魔物ねこを目指してます。


「おやおや、労わってくれているのでしょうか。ありがとうございます、ルフス様」

「まぁ分かったと思うが、戦いを嫌うカルパタの主と、戦いに身を置くオグニスの主では性格や思考の方向性が違い過ぎる。最近だと……カルパタ・オグニス間の道を整備する為の予算は、両街が同額の資金を出しているんだが、それをカルパタの主が『無駄だから今年から出さない』などと言ってな。オグニスの主がわざわざこちらに出向いてまで、整備にかける必要性と怠ることの危険性を語りに来ていたそうだ」

「なんでも『被害が出ていないのだから、危険はないのだろう。ならば金をかける必要がどこにある』と仰っていたそうですよ。ふふ、とても」


 いや……その被害が出ていないって、つまり整備しているおかげで助かっているってことでしょ?

 なのに、それを削ろうとするとか……さすがに私でもダメだって分かる。

 魔物ねこに呆れられる貴族って、大丈夫なんだろうか? この街。いきなり財政破綻とかしないよね。


「そういった衝突が以前から何度かありまして、シャッセ様は随分とレミオール様を苦手にしていらっしゃるのです」


 そして、と続けるリオンさん。


「問題なのは、レミオール様の弟にあたるヴォワル様。この方が、シャッセ様と同類であらせられまして。まぁ、とても方といえます」


 装飾品や美術品、骨董品(どれもお高い)の収集。

 贅をこらしまくった食事。

 連日の夜会や舞踏会の顔出しに、自らも主催。

 仕事は部下に任せっきり、領地のこともほぼ知らない。

 極めつけは徹底的な階級主義。


「貴族として大事に守られてきた方々ですから。おそらく怪我などもあまりしたことがなく……きっとご自分の血が青いと本気で思っていらっしゃるのではないでしょうか」


 ブルーブラッドとかいうやつですね。血は大体みんな赤です。

 リオンさんに持ち上げられ、膝の上に乗せられた。優しく背中を撫でてきたので、そのまま膝の上で丸まる。なかなか撫でるの上手ですねぇ。

 思わずクアッと欠伸を漏らすと、楽し気な表情で顎下もかかれた。


「本当に魔物なのか疑いたくなるほどの大人しさです。まさに飼い猫といった牙の削がれ方」

「ルフスは最初からそんな調子だったぞ。野生じゃ3日も持たないだろうな」

「だから面倒をみていらっしゃると。随分と大事になされているようですが、よろしいのですか? ギルドマスターから窺っているとは思いますが、今回はルフス様を囮に使うことになりますよ」

「本人がやる気だからな……」

にゃんはい!」


 頑張りますよ!

 ふんふん鼻息荒くなる私に、お兄さんは仕方なさそうに笑い、リオンさんは驚いたように目を丸くした。


「ほう、ちゃんと作戦も理解できているようですね。マスターよりも賢いかもしれません」

「それは否定しない」


 否定してくれ。私がギルドマスターさんに会う時に気まずく感じちゃうじゃないか。

 

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