第11話 猫好きな猫又と散歩道

 くわぁっと大きな欠伸を1つ漏らして、ググッと身体を伸ばす。

 後ろ足で耳裏を掻き、軽く身繕みづくろい。

 すっかり猫としての身嗜みだしなみにも慣れました。


「……」


 お兄さんはまだ眠っており、静かな寝息が聞こえる。

 相変わらず綺麗な顔だなぁ、と少しの間眺めてから、窓の外を見た。どうやら朝日がのぼってすぐくらいのようだ。

 こっちでは深夜まで起きているということがないので、恐らく21時には寝ていると思う。時計がないので正確には分からないが。

 元の世界のようにスマホやらゲームやらで時間を潰すような物もなく、本を読むにもランプの燃料を消費するので、夜はあまり活動しない。

 私もこの身体だからなのか、暗くなると自然と眠たくなるので夜更かしすることはなく、こうして早寝早起きが習慣になった。

 学校が休みの時は前日の夜遅くまでハルくんに構うかハルくんの写真や動画を眺めるかで、そして昼近くまで寝ていたのが懐かしい。


にゃーうぅ暇だなぁ


 さて、お兄さんはまだ起きる気配がない。いつもの感じなら、あと1時間くらいは起きないと思う。

 天気も良いし、お散歩にでも行こうかな。

 早起きが基本のこちらの世界の人も、さすがにまだ活動するには早い。外を歩いているような影もなく、今なら大丈夫そう。

 街中で魔物が勝手に行動するのは不味まずいそうだけど、お兄さんはこのカルパタの街では有名で、その人が連れている子猫まものとして私もそれなりに知られている。

 普段から大人しくしているおかげで、危険のない魔物だと認識されていた。

 仮に見つかったとしても、ちょっと注意されるくらいで済むだろう。

 窓枠に飛び乗り、うんしょと身体で窓を押し開く。

 朝のヒンヤリとした、それでいて気持ちの良い空気を感じた。


「んん~」


 もう一度身体を伸ばして、地面に飛び降りる。

 お兄さんに連れられて、この街もそれなりに歩き回ってきた。が、お兄さんの腕に抱えられながらと、子猫の視点から地面を歩くのでは随分と景色が違く感じる。

 周りの物が大きく感じるのには慣れたが、それでもこの視点はまだまだ新鮮に感じることが多い。

 宿の側に置いてある植木鉢は、私の視線よりも高く、咲いている花は見上げないと見えない。

 お兄さんなら1歩でまたげる水溜まりも、私は跳び越えないといけない。

 ベンチの下をくぐると、コインが1枚落ちていた。くわえて通りの見え易いところに置いておく。誰かにひろって貰え。

 ちょっとした壁のように見える階段を、ピョンピョンと跳ねるようにして昇る。


にゃうっとうっ


 後ろ足に魔力を込め、ジャンプ力を上げてへいに飛び乗った。そのまま家の塀伝いに進む。

 7軒目の塀に移ると、隣の家まで若干遠い。間に木があるが、枝も少し高い所から生えている。

 むむっと悩んでいると、足元の塀につたが絡まっているのに気付いた。

 その蔦に紫の尻尾を絡め、【木】の魔法を使う。

 蔦はスルスルと成長を始め、次の塀へと向かって揺れながら伸びていった。そして塀のくぼみに蔦の先を絡ませると、綱渡りならぬ蔦渡りの完成だ。

 軽く体重をかけて外れないことを確かめると、バランスを取りながら足を進める。誰も見ていないが、渡り切ったところでドヤ顔を1つ。

 人間では出来ない街巡りは、なかなかに楽しい。


「……にゅ


 ふわりと鼻に届いたのは、焼き立てのパンの香りだ。思わずよだれが垂れる。

 魔物の素材に涎を垂らす私だが、普通にご飯の匂いも好きです。お米ってこの世界にもあるのだろうか。

 子猫わたしの主食はミルクである。別に他の物も食べれはするのだろうけど、どうもお兄さんは子猫に固形物を食べさせるのは危険だと思っているらしく、ミルクしか用意しない。

 まぁ、ここのミルクは驚くほど美味しいので文句などないが。本当にあれは何のミルクなのやら……。

 それなら魔物の素材を食べるのはどうなんだと思うが、どうやらそれは食事だと思われていない様子。

 美味しそうな匂いに、身体が空腹だと抗議の音が鳴る。もう朝食を準備するような時間なら、そろそろ帰らなければ。

 塀から地面へと飛び降り、宿に向けて駆け出す。


「――にゅ?」


 駆けている途中、家と家の小さな隙間、路地裏とも呼べないほどの狭い場所から、一瞬だけど視線を感じた気がした。

 立ち止まってみるも、もう視線は感じない。

 気のせいだったのかな?

 首を傾げていると、後ろから声が聞こえた。


「見ない魔物だな」

「みゅ⁉」


 全く気配を感じなかったので、驚いて飛び跳ねてしまった。

 振り返ると、そこにはフードを目深に被った見るからに怪しい人がいた。

 最初に遭遇したお兄さんに似た格好ではあるが…………。

 何だろう、凄く嫌な感じがする。

 こちらをジッと見てくる目は、それでいて何も見てないかのような無機質さを覚えた。

 身を深く落として警戒しつつ、ジリジリと後退る。バッと走り出すも、特に追いかけてくるようなこともなく、普通に宿まで帰ってきた。

 はぁ、怖かった。何だったんだ、あの人。

 宿のへりを伝い、お兄さんの借りている部屋まで戻る。窓から覗き込むと、まだベッドで眠っているお兄さんが見えた。

 その顔を見たら安心して、無意識に強張こわばっていたらしい身体が緩む。

 部屋に入ると、お兄さんの匂いがした。


にゃ


 何か変な感じだと思ったら、あの変な人、不思議なほどに匂いがしなかった。

 この身体になってから、嗅覚は猫よりになっているらしく、遠くの匂いや微かな匂いにも敏感に察知できるようになった。

 なのに、あの人からは全然匂いがしなかった。それこそ、声がするまで気付かないほど。

 体臭がそこまで気になる人なのだろうか……?


「ん……」


 身動みじろぎしたお兄さんが、ゆっくりとまぶたを上げた。その薄紫の瞳がこちらを向いて、少しだけ細められる。


「おはよう、ルフス」

にゃんにゃおはよう!」


 まぁ、いいか。お兄さんも起きたし、これからご飯である。

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