第2話 猫好きな猫と魔獣と聖獣

 新たな素材をチラつかせるレヴァさんと、それによだれを垂らさんばかりの私がまたお兄さんにお説教をもらった。

 そして、今度新しい魔物を食べるのは、せめて今のドラゴンの魔力が完全に身体に馴染んでから。お兄さんがちゃんと横で見ている時。そう約束した。

 私よりもレヴァさんの方が残念そうだったのが面白かった。


「それにしても、まさかドラゴンの魔力まで取り込めるとはねぇ」


 仕事に使う資料に目を通しながら、レヴァさんがこぼした。


「今の魔物研究では、ドラゴンも魔物の一種として扱ってはいる。でも昔は、一つの種族として認められていた時代もあったようだ。私たち人間や、獣人、亜人あじん、そしてのようにね」

「確か……ドラゴンは魔獣に分類はされていないんだったか」

「そう。今回の討伐対象になったドラゴンは会話可能だったようだけど、ドラゴン全てがそうだというわけじゃないからね。そもそも魔獣は種族を指す言葉じゃないし。それにドラゴンはあくまでリザードの進化したものだというのが、今の有力な説だ」

「だが、ドラゴンの子はドラゴンなんだろう?」

「そこが難しいところでねぇ。確かに今いるドラゴンは、ドラゴンから生まれたんだろう。問題は、わば始まりのドラゴンというべき存在は、どう生まれたのか、という話で。

 ドラゴンの歴史は人類史と同じく長いものだ。古代の遺跡や書物にも、すでに複数のドラゴンの存在が確認されている。その時代から生きているとなると、エンシェントドラゴンになるんだけど……そんな伝説のような存在から話を聞けるわけもないし」


 はぁ、と溜息をついたレヴァさんは、ずり落ちた眼鏡を押し上げた。

 エンシェントドラゴン……名前からして、凄いドラゴンなんだろうな、くらいの想像しかできない私の残念な脳です。

 地球なら、微生物から水陸に分かれてそれぞれ発達・進化したのが、今いる生き物なんだというのが、学校で習う常識だ。

 ドラゴンに近いといえる恐竜も、始まりといえばそこなんだろう。

 しかし、ここは地球とは違い魔法がある世界だ。生物の誕生も違うのかもしれない。

 それこそ神様がつくったのかもしれないし。

 ちなみに私は生物学も宗教学もサッパリである。微生物云々うんぬんも、朧気おぼろげな記憶なので自信はありません。


「ま、それを言ったら私たち人間の始まりだって、よく分かっていないしね」

「聖職者に聞かれたら問題だぞ、それは」

「分かっているさ。しかし研究者が教会に気を遣って、神がどうの奇跡がどうの、なんて言い始めたら終わりだと思わないかい?」


 おどけて両腕を広げるレヴァさんに、お兄さんは仕方ないなというように肩をすくめた。

 膝上で丸まった私の耳を、指で柔らかく押し倒しピンと戻るのを眺めながら、お兄さんは話す。


「魔獣の定義は、人間と会話可能なほどの知性を持った、魔力を宿した獣だったな」

「そうだよ。人間が魔法を使うように、魔獣もあくまで魔法を使う獣、つまり動物という考えで呼び分けされている。それと同種であり対極にいるとされる聖獣も同じく、なんていうとこれも教会から目を付けられるね」

「聖獣か……お前は見たことがあるのだったな」

「昔に、遠目にだけどね。外見は真っ白な獅子だった。それだけで確かに特殊ではあるけど、だからといって『神の御使みつかい』というのはどうかと思うよ。ははっ」


 皮肉たっぷりといった表情と笑いに、お兄さんと一緒に私まで呆れた目で見てしまった。

 なんだろう、レヴァさんって教会嫌いなの? さっきから教会批判みたいなのが沢山飛び出しているけど。

 私まで呆れているのが分かったのか、レヴァさんが楽しげに手に持った紙をヒラヒラと振る。


「1つ面白い話を聞かせてあげよう、チビちゃん。教会の考えではね、聖獣は神が人間の為に使わせた、聖なる獣なんだそうだ。会話ができるのも、人間を助けみちびく為。それなら同じく会話が可能な魔獣はどうなんだって訊いたら、何て答えたと思う?」

みゅうんん?」


 首を傾げる私に、レヴァさんがニヤリと笑う。


「魔獣は人間を惑わし貶める存在。それこそ魔族のようにね。聖獣とは全く違うんだ、ってね」

にゃーうなるほど

「ここからが面白いんだけどね、それを演説する大司教の横で『神の御使い』たる白い獅子は大欠伸。心底退屈そうだったよ。くっくっく、獣の彼らにとって、宗教やら神やらは欠片も興味がないんだって分かる光景だったね。

 しかもそれを、信者たちが真面目な顔して聞いているものだから、余計に面白くってねぇ。いや、笑いを堪えるのが大変だった」


 本当に面白そうに笑いながら、全力で教会を嘲っていた。

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