第2章 私は猫好きな猫又

第1話 猫好きな猫とお説教

 私は今、すっかり慣れた子猫の姿のまま、全力で視線をらしていた。

 お兄さんから。


「……」

「……」


 ジーッとこちらを睨みつけているお兄さんに、首ごとそっぽを向いている私。


「くっくっくっ」


 それを面白そうに眺めるレヴァさん。

 どうしてこうなったのかといえば、まぁ、私が悪いのだが。数十分前のこと。


 今日はお兄さんより先に目が覚めた私は、暇潰しに魔法書でも眺めていようと、悪いと思いつつお兄さんのかばんあさっていた。

 小さな身体ではあるが、最近ようやく魔力を操れるようになった私は結構力がある。

 ふんふん鼻を鳴らしながら本を鞄から引きり出すと、その拍子ひょうしに別の物も転がり落ちた。

 貴重な物なら大変だと慌てて確認すると、それは前回の討伐対象であるクリスタルドラゴンの、恐らくつのだと思う。

 素材の大半はすでに冒険者ギルドにて売却済みで、確か、何個かは別件で必要になるかもしれないからと手元に置いていた。

 その中にドラゴンの角や爪、うろこといった物があった。これはその1つ。


「……」


 正直に言おう。よだれが出た。ジュルリって。

 いや、クリスタルドラゴンの角って、本当に見た目は完全に鉱物なんだよね。半透明の結晶。特別に匂いもしない、温度もない。

 ただドラゴンの一部だっただけあって、濃密な魔力を宿しているのは分かった。だから素材として有効なんだろう。

 なんというか、その魔力に対して食欲? がいたというか……。

 理屈はよく分からないが、直感がこれは身体に良いものだと訴えている。見るからに鉱物なのに。

 そもそも食べられるのかという疑問は、この時の私にはなかった。

 なので食べた。

 美味しかったです。


 ということがあり、それを起きたお兄さんに何故か一目でバレ、即行そっこうで魔物研究をしているレヴァさんのもとまで連れて来られたというわけです。

 すでにレヴァさんの全身チェックは終わり、異常なしの診断を受けている。

 だから、心置きなくお兄さんもお説教という、今この時。

 本当、なんでバレたんだろう。


「なんでバレたって顔だな」


 おっと、お兄さんの猫顔から感情を読むスキルが上がっていらっしゃる。

 そんなことないよぉ、と尻尾を振り振りしてみる。


「それだ」

にゃ?」


 お兄さんが指差したのは、私の背後で揺れる2本の尻尾。そのうち、最近新しく生えた方だ。

 なんだろうと思い、私も振り向いて見る。

 ちゃんと私の意思で動く、黒い尻尾と紫の尻尾。黒い方は身体を操り、紫の方は魔力を操っている。


「その紫から、ドラゴンの魔力を感じた」

「そうだねぇ。私にも分かるよ。君から微かにドラゴンの気配がして、何とも面白い」

んにゃおなんと⁉」

「気付いていなかったのか」

「すでに身体に馴染みだしているんだろう。暫くすれば気配も落ち着くと思うよ」


 相変わらずビーカーにコーヒーを淹れ、それを当たり前の顔して飲んでいるレヴァさんは心底楽しそうだ。


「どうやら、その紫の尻尾は魔力を操る機能があるようだね。そのおかげで前回のように、体内で増えた魔力に対応できないということはないようだ。むしろ本人が意識しないと感じないほど、効率的に自らの力に変えている」


 また一口コーヒーを飲んだレヴァさんが、ニヤリと笑う。


「まったく、面白いったらないね」

「面白がっている場合か」


 呆れたように溜め息をつくお兄さんに、レヴァさんは目を細めた。


「くっくっ、面白いのはチビちゃんだけじゃないんだけどねぇ」

「なんだ?」

「なんでもないよ」


 いぶかし気にお兄さんが睨むも、レヴァさんはどこ吹く風だ。涼しい顔で手元の紙を読んでいる。

 また溜息をついたお兄さんが、こちらに向き直った。

 その綺麗な紫の瞳からはもう怒りの感情は見えず、ただ心配する気持ちが浮かんでいる。だから私も目は逸らさない。

 詰まれた本の上にお座りしていた私に合わせて、お兄さんが膝をついた。


「ルフス。お前が魔法を使えるようになりたいと思っていたことも、そのために頑張っていたことも知っている。魔力が操れるようになって、喜んでいたことも知っている」


 ディオさんの大きな手が、優しく頭を撫でる。


「その小さな身体で生き残る為に、力があることは悪いことじゃない。いつかお前が……1人で生きて行くことになった時を考えれば、俺がとやかく言えるものでもないだろう。

 だが、今は俺と一緒にいるんだ。危険があれば守る。分からないことがあれば教える。だから1人で危ないことはするな……心配するだろう」


 本当に、心から私を心配してくれていたことが分かる声音だった。

 そうだった。今度はお兄さんに心配かけないように、相談してからにしようと決めていたはずなのに。

 魔力が操れるようになって、自分でも無意識のうちに「もう大丈夫」だと思っていた。

 これでお兄さんの力になれるから、もう心配かけずに済むからって。

 私に力があろうとなかろうと、心配してくれる人だと分かっていただろうに。

 ごめんなさい、と言葉で伝えることができない私は、ただ頭を撫でてくれるお兄さんの手に全身でしがみついた。

 せめて元気であることは伝わるように。

 そんな私にお兄さんは苦笑して抱き上げてくれた。


「本当、面白いねぇ」


 レヴァさんの笑い声が響いた。




「ちなみに、他の魔物の素材もあるんだけど、どうだい?」

にゃ⁉」

「おい」

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