第39話 猫好きな猫と新たな姿

 カルパタの街へと戻って来た私たちは、まず冒険者ギルドへ報告へ向かった。もちろん、報告するのは私ではないが。

 事前に騎士団から大まかな話は聞いていたからか、ギルドへ顔を出した途端にホール中から歓声が上がったのは驚いたな。

 思わずビクッとなった私とは違い、冒険者の皆はそれぞれ嬉しさや照れといった表情を浮かべながらも受け入れていた。

 そんな中、ディオさんは相変わらず無表情だったけど。顔が良いから問題ないな。

 ウンウン頷く私を不思議そうに見ていたお兄さんだが、奥から出てきた男の人に顔を上げた。


「おう、戻ったか!」


 そう嬉しそうに笑ってお兄さんの肩を叩いたのは、前回ここへ訪れた時に会ったギルドマスターさんだった。いかつい身体つきに似合わない人懐っこい笑みで覚えている。


「騎士団からはすでに報告が上がっている。お前たち、ドラゴン討伐ごくろう! 元の依頼報酬とは別に国からの報奨金ほうしょうきん……期待しとけ!」

『おおぉぉ!』


 ニヤリと笑ったギルドマスターさんの言葉に、皆が嬉しそうな声を上げた。

 周囲の冒険者たちからも称賛しょうさんの声をかけられながら、今日はこのまま解散とのこと。後日、お兄さんとそれぞれパーティリーダーから詳細の報告をする。

 皆、帰り際に私の頭を撫でていった。


「じゃあな、チビ助! オルディオの旦那と今度メシでも食おうな!」

「オルディオと仲良くな、チビ助」

「お元気で、また冒険に行きましょう。ルフスさん」


 メイダルダンさん、イレイザさん、ガンテスさんも笑顔で私に挨拶して、仲間と共にギルドから去って行った。

 ここ数日、ずっと一緒だった彼らがいなくなると、途端にさびしく感じる。今別れたばかりだと言うのに。

 お兄さんの首に擦り寄る私の気持ちが伝わったのか、苦笑して優しく喉をかいてくれた。


「さて、じゃあ俺らはこっちだ」

にゃんうん?」


 てっきり宿に帰るかと思っていたのだが、お兄さんはそのままギルドの地下へと繋がる階段へと向かった。

 その先に向かう用事といえば、私は1つしか知らない。


「入るぞ」

「いったぁ⁈」


 お決まりのようにドアにはじかれた何かが、部屋の奥に居た女性の額にクリーンヒットした。

 相変わらず汚部屋な、レヴァさんの研究室だ。

 ボサボサな髪を垂らしっぱなしにして、赤くなった額を撫でている。


「なんだ、オルディオか。戻っていたんだね。おかえり」

「今戻ってきたところだ」

「思ったより時間がかかったじゃないか。やっぱりドラゴンが出たかい?」

「そうだ。珍しいな、ギルマスか聞いたか?」

「はん。君が今更リザード如きに時間をかけるわけないじゃないか」


 レヴァさんの言葉に、ただ肩をすくめるだけのお兄さん。

 うながされて、今日もギリギリ座れる場所を見つけて、ビーカーのような物にコーヒーを入れて出された。

 私の前にも小さなビーカーに入ったミルクが置かれる。


「それで? 今日は何用かな。まさかドラゴン討伐を自慢に来たわけでもないだろう?」

「あぁ、ルフスのことだ」

「またかい。だから私は医者じゃないんだからね」


 溜め息をつきつつも、私へと視線を向けたレヴァさん。その時にようやく、私の背後で揺れる2本の尻尾に気付いた。

 ピシッと動きを止め固まっていたが、数呼吸後には跳びつかん限りに興奮して立ち上がった。

 ずり落ちそうになる眼鏡を上げ、瞳を輝かせている。


「なんだい⁉ 進化か? 進化なのかい⁉」

「分からん。だから連れて来た」

「ほうほう! また何か食べたのかな⁉ 今回の依頼からすると、クリスタルリザードかクリスタルドラゴンになると思うんだが、何がどうなって尻尾が増えるなんてことになるんだろう! 面白いね!! 私にくれ!!!」

「駄目だ」

「ケチ!!!」


 コーヒーを飲みながら冷静に返されるも、レヴァさんの興奮は落ち着きそうにない。

 両手をワキワキさせながら、こちらを見つめる彼女は今にもよだれを垂らしそうだ。怖い。

 なのでお兄さんに守ってもらおうと膝に乗ったのだが、何と私を抱えるとレヴァさんにパスしてしまった。


にゃーうお兄さん⁉」

「少し我慢しろ」

「にゃぁあああああ!!!!!?」




 20分ほどレヴァさんに全身をくまなく観察された私は、ぐったりとお兄さんの膝の上で伸びていた。


「みゅぅ……」

「うんうん! どうやら元の尻尾が2つに分かれたのではなく、まったく新しい尻尾がえたようだね! 神経もしっかり通っているようだし、少なくとも身体に害を及ぼすものではないだろう! 尻尾でバランスを取る生き物だというのに問題ないということは、本来はこちらの姿が正しいのかもしれないね! いやぁ、面白い!!」

「そうか。問題ないなら良い」

「まったく! 前ですら魔物とは思えないほど賢い特別な個体だと思っていたのに、こんな姿になるなんてね!」


 ホクホク満足顔のレヴァさんは、私を観察して分かったことを高速で紙に書きつけている。

 すると、ピタリと手を止めた。


「なんだ?」

「……ふむ。いや、何でもない。さすがに違うだろうし」

「一体なんだ、構わず言え」

「うーん……ではないなら何だろうと思ったら、なのではないかと思ってね。だけど、魔獣は聖獣と同じく人間との会話を可能とするから、この子とは微妙に違う」

にゃう魔獣……」


 確か、あのクリスタルドラゴンも私のことを魔獣なのではとか言ってたな。

 てっきり獣型の魔物のことかな? って思ってたんだけど、どうも違うみたいだ。人間と会話ができるなんて、もう獣じゃないし。

 それに聖獣かぁ。聖獣っていうと、イメージとしてはフェンリルとか浮かぶね! あれ、アレは魔物だったっけ? あとは、ユニコーンとか?

 頭の中に真っ白な生き物が浮かび、それと対極な真っ黒な生き物も浮かんだ。ケルベロスとか強そう!

 そうなると、私のこの姿も真っ黒ではある。

 まぁ、でも。


「そんな大層なものには見えないな」

「だよねぇ」

にゃーおだよねぇ


 私はただの、元猫好きな女の子なので。

 あれ? すでにおかしいな?

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