小話 猫好きになった男と休日
目を覚ますと、目の前で丸くなって眠っているルフスが見えた。
小柄な子猫が丸まると、更に小さくなったように感じる。
その背中が
久し振りに大きな依頼を終えたので、今日は休みにする予定だ。
それでも、習慣として同じ時間に目が覚めてしまう。疲れていようが変わらない。
それに対してルフスは、割と起きる時間はまちまちだ。俺よりもずっと早く起きていることもあれば、起こされるまで眠っていることもある。
疲労で変わるのかと思ったのだが、どうも違うらしい。前に昼前まで起きなかった時に「疲れているのか」と訊いてみたが、首を横に振っていた。
それを思い出して、思わず笑った。子猫に、ましてや魔物に直接体調を尋ねるなんて、知らない者が見ればおかしな奴だと失笑されるだろう。
「み……」
小さな声が聞こえた。起きたのかと思ったが、寝返りを打っただけのようだ。
コロンと身体が転がり、仰向けになって無防備に腹を見せている。
野生のやの字もない、まさに飼い猫の姿だ。
苦笑しつつベッドから出ると、身支度を整える。窓の外を見ると、
ルフスを起こさないよう、静かに服を着替え、顔を洗いに部屋を出る。
受付にはすでに女将が立っており、こちらを見て親し気な笑みを浮かべた。
「おはようさん。ルフスちゃんは今日はお寝坊さんかい?」
「あぁ。今日は元々休みにする予定だったからな、好きなだけ寝かせておく」
「そうか。朝ご飯はどうする?」
「頼む」
あいよ、と答えた女将が奥へと戻り、俺は宿の裏手に回る。
そこにある井戸の水を
タオルで顔を拭きながら空を見上げると、先ほどよりもどんよりとした空模様になっていた。
食堂で朝食を済ませて部屋に戻る頃には、外は雨が降り出していた。
ザーザーと結構な勢いで降る雨は、今日中は止みそうにない。
「どうするか」
そう呟くと、未だベッドの上で眠っているルフスを眺める。
今まで休日にこうして雨などで外に出られない時は、部屋の中で軽く身体を動かしたり、武器や装備を点検をしていた。
しかし、どちらもそれなりに音が立ってしまう。
雨音の大きさを考えるとルフスが目を覚ますのも時間の問題かと思うが……。
「……みぅ……み……」
小さな寝息を
せっかくだから自然に起きてくるまでは、寝かせてやりたい。あの小柄な身体での冒険は、きっと俺が思っている以上に疲れているだろうし。
そうなると、静かにできるものとなるのだが。
「ふむ……本でも読むか」
読書は嫌いではない。冒険に必要な知識を得る為に読むことも珍しくなく、ただ物語を読むこともある。
しかし、今手元にあるのはレヴァからルフス用にと渡された魔法書だけだった。
そういえば暫く前に一度、本を全てセレナ姉の家に移したのだったか。セレナ姉は読書を好むので、本を置いていくのは喜ばれている。
セレナ姉の家まで行ってもいいが、この雨の中、本を取りに行く為に出るというのも面倒だなと思ってしまう。
それに、いくら大人しいとはいえ、魔物であるルフスを1人宿に残していくのも問題かもしれない。
暴れるようなことはないだろうが、下手に動き回って、知らない冒険者にでも捕まったりしたら大変だ。
まぁ、何もないよりはマシかと、窓際のテーブルに座って魔法書を開いた。
「ん?」
よく見ると、ルフスがページを
その姿を思い浮かべ、つい口元が
こちらの言葉は分かっても文字はさすがに読めないらしく、ルフスはよく本に描かれた絵だけを眺めている。
子猫が真剣な様子で本を眺めているのは、見ていて何とも微笑ましかった。
ジッとしていても時折耳や髭がピクリと動き、尻尾は常にユラユラと揺れている。たまに何か鳴いていたが、あれは独り言なのだろう。
魔法書の内容よりも、それを眺めていた時のルフスの様子を思い出しながら、俺はページを捲っていった。
なんだかんだと途中から真面目に魔法書に目を通していて、気付けば昼を過ぎていた。
雨足は弱まる気配もなく、窓の外から見える通りにも
だいぶ雨の音が部屋にも響いているのだが、ルフスはまだ眠っていた。何度か寝返りを打つだけで、目は覚まさない。
この雨音の中、この時間帯まで起きないとなると、やはり今日は疲れているのかもしれないな。
食事を抜き過ぎるのも問題だろうが、今は休息の方を身体が求めているのだろう。
同じ態勢で本を読んでいて固まった身体を伸ばし、昼食を取りに食堂へと降りた。
もう夕方になるというのに、ルフスはまだ寝ている。雨を少し弱まったか。
さすがに起こした方が良いかと、本をしまいながら悩む。魔法書は読み終わってしまった。
1日食事を取らないのはあの小さな身体では
どうするかと眺めていると、ルフスがまた寝返りを打った。朝から寝返りを繰り返していた身体は、気付けばだいぶベッドの端に寄っている。
「あ」
その状態で寝返りを打てばどうなるか。
「――みゃう⁉」
ポトッとベッドの向こう側へ落ちた音と共に、驚いた鳴き声も聞こえた。
ある意味、自然に起きたといえるだろう。
思わず笑みを浮かべつつベッドを回り込むと、落ちたままの姿勢らしい、仰向けの状態で手足と尻尾をピンと伸ばして固まっていた。
視線だけが俺に向く。
「おはよう、ルフス」
「にゃん!」
嬉し気な声を返したルフスだったが、すでに夕飯の時間だと教えると、
その日の夜はなかなかルフスが寝付けなかったのは、言うまでもない。
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