第37話 猫好きな猫とクリスタルドラゴン⑤

崇高すうこうな我をこうも……っ!!!】


 閉じた口の隙間からブレスの余韻よいんで煙が出ているドラゴン。

 自分のことを崇高とか言っちゃうやつは雑魚ざこって、あきらが言ってたもんね!

 ブレスが止まったことで再び広がって展開した騎士団・冒険者たちは、先ほどと同じように魔法師主力として火を放つ。

 プライドを傷つけられて怒り心頭しんとうなドラゴンに対して、こちらはいたって冷静に動けていた。

 だけど、ドラゴンが滞空している位置が高すぎるのか、ドラゴンまで魔法が届くのに時間がかかり、避ける時間が大幅に増えてしまっている。

 加えて威力も弱まってしまっているようで、ドラゴンに命中してもあまりダメージを与えられていないように見えた。

 そのことにドラゴンも気付いたのか、少し余裕を取り戻したかのようにゆったりとした羽ばたきに変わった。


所詮しょせんは地をうしかできぬ下等な生き物よ。天をべるドラゴンに届くはずもなし】

「面倒だな……怒りで視野が狭まっている間に、せめて翼を落とせればと思っていたんだが……」


 そんな呟きがミネルバさんから聞こえた。

 イレイザさんから地面に降ろされた私が見上げると、メイダルダンさんが不敵な笑みを浮かべた。


「よっし、それなら俺らの出番だな。イレイザ!」

「おうよ」


 メイダルダンさんの呼びかけにニヤリと返したイレイザさんと【聖炎なる矛】は、先ほどと同じようにドラゴンへ向けて火の魔法を放った。


【それはもう効かぬわ】


 鼻で笑ったような口調でドラゴンが少し上へと飛ぶ。


「そこだぁ!」


 そこへ弓を構えていたメイダルダンさんたち【翆玲すいれいの鈴】が、矢を放つ。

 よく見ると矢は渦のような風をまとい、直線上にいた火の魔法の中央を抜けると、まるで絡めとるかのように火を重ねて纏った。


【なにぃ⁈】


 風の魔法で威力も落とすことなく矢はドラゴンまで届いた。さらに渦のように纏った火風が、その熱を身体の中へと穿うがつ。

 放たれた5本の矢は両翼に2本ずつ、そして尻尾に1本突き刺さった。

 矢と共に体内へと入った魔法が、内側からドラゴンを熱している。赤く変質していくのが見えた。


「ギュアアアアアアアア!!!!!」

【ニンゲンがぁぁあああ!!!!!】


 それでも何とか空を飛び続けているドラゴンが、宝石のようにんでいた金色の瞳をにごらせて睨みつけてくる。

 フラフラと飛ぶドラゴンの真下に、これまでで一番の量の魔力が集っていった。そして巨大過ぎる岩を形成する。

 いや、デカ⁉ 直径で10メートルくらいない⁈ ドラゴンの姿が見えなくなるくらいデカいよ!


「イレイザ!」


 メイダルダンさんの慌てた声とほぼ同時に、また火の魔法が放たれた。それに合わさった風の矢が、今度は岩に激突げきとつし爆発した。

 細かく砕けた岩。その向こうでは――


「不味い! 防御!」


 ミネルバさんの号令が響くも、広く展開した陣形は間に合いそうにない。

 岩が砕かれる前提で、ドラゴンはその向こうでブレスを放つ準備を済ませていた。


【グハハハハハ! 死ねぇえ!!!】


 そんな嘲笑ちょうしょうとブレスが、こちらへ向けて撃たれ…………なかった。


【――ガはっ⁈】


 今にも発射されようとしていたブレスが霧散むさんする。

 苦悶くもんの声をあげたドラゴンは、砕けた岩と同じく地面へと落ちていく。そして岩以上の轟音と土埃を上げて墜落ついらくした。

 その背には、1人の人間が剣を突き立てていた。風の魔法を使った名残りの魔力を感じる。


にゃーおお兄さん!」

「すまない、遅くなった」


 そう答えたお兄さんは、服のあちこちが破れてボロボロになっていた。綺麗な顔にも擦り傷や汚れをつけている。


【き、貴様、生きていたか!!!】

「あれしきのリザードを向けられたくらいで死ぬと思われていたとは、心外だな。まぁ、時間はかかったが」

【グゥゥゥゥゥゥ、アレは我が直々に力を注いだ傑作だぞ、それを……】

「いくらドラゴンの魔力を注がれようが、リザードはリザードの域を出ない。なら、やることは同じだ」


 どうやらお兄さんの方にも罠が張られていた様子。まぁ、じゃなきゃドラゴンが山頂から私へ突撃かますこともないだろうしね。

 悔し気な声を漏らすドラゴンの上から飛び降りたお兄さんへ、私も駆け寄って肩へ飛び乗る。


にゃーおお兄さん!」

「……ルフス、なんで戦場ここにいる?」

にゃうおっと


 後方にいるっていう約束だったの忘れてました!

 顔の前へ持ち上げられるも全力で視線を逸らす私に、ジト目のお兄さん。ま、まぁ、今はそんなことは良いじゃないですかぁ!

 お兄さんもすぐに諦めたのか、大きな溜息を吐くと私を肩へと乗せた。


「説教は後だ。さっさと終わらせよう」

【終わらせるだと? 一度地へ落としたからと勝ったつもりか! 下等な生き物が!!】

「あぁ。一度で十分だ」


 お兄さんの静かな返しにいぶかし気な空気を出していたドラゴンだったが、再び空へと舞おうと翼を動かしたことで驚愕に目を見開いた。


【な、何っ⁉】


 その翼は氷に覆われ、至る所がひび割れてしまっている。

 少し上下に動かしただけで、一部の翼が崩れ落ちていた。


「クリスタル系の魔物は、感覚が鈍いのが良し悪しだな」

【我の……我の翼が…………?】

「あとは任せる」


 お兄さんが声をかけたのは、一番大ぶりな武器を持つ【呑土】の3名。メイスというらしいトゲトゲしい武器を、ドラゴンの頭へ向けて上段に構える。


【や、やめ――】

「はぁあああ!!!」


 振り下ろされた3つのメイスは、ドラゴンの巨大な頭を捉え、粉砕した。

 ガラスが割れたような甲高い音を立てて、クリスタルドラゴンは討伐された。

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