第36話 猫好きな猫とクリスタルドラゴン④

 子猫とドラゴンの体格差は絶望的と言っていい。

 人間であるディオさんの肩に乗って調度いい私は、ドラゴンの鼻先ほどのサイズでしかない。

 でも、だからこそ狙いを定めるのは難しい。

 小柄な身体と猫の瞬発力、そして新たに手に入れた魔力を操る力を全て利用して、私はドラゴン相手に大立ち回りをしていた。


「ガァァァアアアア!!!!!!」


 何度目かの急降下を避けられ、さすがのドラゴンもイラついた声を上げるようになった。

 その金色の瞳も鋭さが上がって、口からは苛立いらだたし気なうなり声を漏らし続けている。


【えぇい、ちょこまかと! 小娘ごときが、この我をっ!】

「ふふーん」


 くやし気なドラゴンに対して、これでもかと全力でドヤ顔してやった。

 正直、私が子猫にそんな態度をされても「可愛いぃぃぃ!!!」としかならないけど、こちらを完全にただの獲物だと思っているドラゴンにとっては効果抜群だ。

 最初の余裕たっぷりだった態度が、今は随分とあらぶっている。段々と攻撃も大味おおあじになってきた。

 そして私の方は、少しずつ魔力の使い方が分かってきている。どれだけ魔力を込めれば力が出るのか、どのタイミングでめるのが良いのか。

 仕組みというか理論はさっぱりだけど、実際に使えているのだから問題ない。むしろ今は難しいことを考えている場合じゃないしね。

 再び上空へと舞い上がったドラゴンを確認して、私も地面を蹴る。狙いがつかないように細かく蛇行だこうしながら走った。


にゃ?」


 ピクリと耳が揺れて、遠くの音を拾った。ちなみに耳に魔力を集めるとより遠くの音まで拾えるようになる。

 広場の方角からずっと聞こえてきた戦闘音が聞こえなくなった。どうやらリザードたちとの闘いもひと段落ついたようだ。

 私もさすがに全力で駆け続けるのに疲れてきていたから、ギリギリのタイミングだった。

 鉱山の周辺を駆け回っていたのを、広場へと目的地を決めて走る。ドラゴンの突撃のせいで一部の地面や山肌がえぐれてしまっているが、動物的な動きをする私には障害にならない。

 魔力を込め強化した視力で見ると、すでに向かって来ているドラゴンに気付いていて、しっかりとした足取りで構えていた。

 ラストスパートのつもりで、私はこれまで以上に駆ける足を速めた。


「来たぞ! 総員、構え!」

「よくやったチビ助!」


 ミネルバさんの号令とメイダルダンさんの誇らしげな声が聞こえる。

 騎士団の魔法師4名、そしてイレイザさんたち【聖炎せいえんなるほこ】4名が最前列に並び、私の後ろを飛んでいるドラゴンへ向けて火の魔法を放った。

 怒りでだいぶ視野が狭くなっていたらしいドラゴンは、直前まで迫る魔法に気付かずにいて、そのほとんどを身体に直撃させている。


「グゥゥゥァァアアアア!!!!!」


 肌がビリビリするほどの咆哮ほうこうを上げたドラゴンは、火の魔法によってねっせられた身体の一部を変色させながらもギロリと睨みつけた。

 なるほど、身体が鉱物らしいクリスタルドラゴンだから、高温だと溶けるのか。

 魔法を放った8名と、その後ろに待機していた残りの魔法師が素早く立ち位置を変える。そして再びミネルバさんの号令と共に魔法を放った。


矮小わいしょうなニンゲン風情ふぜいがぁああ!!!!】

「グルゥアアアアアアア!!!!!!!」


 しかし今度は、ドラゴンの魔法らしき岩礫いわつぶてとぶつかり相殺そうさいされてしまった。リザードが使っていた石礫とは比較にならないほど巨大だ。


「前衛、前へ!」


 防がれることが分かっていたらしい号令と共に、魔法師たちは後衛に下がり、剣や槍を手にした人たちが前へ出た。

 皆、リザードたちとの闘いですでに身体に傷を負いながらも、その眼は力強くドラゴンを見据えている。

 そのことが気に入らないのか、ドラゴンがまた大きくえた。


に乗るなよニンゲンが。高貴な種族のドラゴンたる我に挑むこと、死してびるがいい!】


 空に浮かぶドラゴンの周囲に大小様々な岩礫が出現した。先端がくいのようにとがっていて、当たれば大怪我間違いなしだろう。

 だが、前衛の皆は自分に向かってくる岩礫を手にした得物えもので冷静に叩き壊したり、素早く回避している。

 後衛も魔法師が魔法を放ち、仲間へと届く前に空中で破壊していた。

 もちろん私も、ひょいひょいと跳んで避けた。的が小さいので、当たる数も少ないし。どちらかといえば、皆に踏まれたり邪魔になったりしないように気を遣う。

 前衛が主に礫を弾き落とし、後衛の火の素質以外の魔法師と弓使いがそのフォローに。そして2組に分けた火の魔法を使える人たちが交互に魔法を放つ。

 ドラゴンが物理的に攻撃しようと降下すると、前衛の武器の間合いに入ってしまう。


「ガァァァアアアア!!!!!」

「っ! 来るぞ!」


 怒りに咆えたドラゴンが、唐突に高度を急上昇させた。逃げたのかと私は思ったけど、ミネルバさんの様子からどうも違うようだ。

 それを合図として、他の騎士や冒険者も数組に分かれて一塊になっている。


「お前はこっち来い」

にゃ


 イレイザさんに抱き上げられ、私は【聖炎なる矛】と【呑土どんど】で構成された組に入った。

 大きな盾を持った【呑土】の3人が外側に立ち盾を頭上にかかげ、それを覆うように薄っすらと……アレは魔力? それがまるで傘のように広がっている。

 何事かとドラゴンの行方を見守ると、10メートルほどの高さで滞空たいくうしていた。


【消し飛ぶが良いっ!!!】

「ガアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」


 パカリと大口を開いたかと思えば、その口に魔力が集中しているのが分かった。

 そして、それは目に見える光線として打ち出された。


にゃあおブレスだ!」


 有名なドラゴンブレスというやつですね! ちょっと感動してしまった。

 なんて呑気のんきなことを考えていられるのも、皆が展開している魔力の壁らしきものが、しっかりとドラゴンブレスを阻んでいるからだ。

 ヒリつくような熱と突風は感じるが、イレイザさんにかれているので飛ばされることもない。


【虫けら共め! さっさと死ね!!!】


 ドラゴンもだいぶ口が悪くなってきた。

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