第35話 猫好きな猫とクリスタルドラゴン③

【――見つけたぞ、小娘】


 ヒュッと息が止まった。全身の毛が逆立って、血が巡っているのに寒気がする。

 そして巡っているのは、血だけじゃない。魔力もだ。身の危険を感じて、身体は無意識に動き出す。

 飛び上がるようにして身体の向きを反転させた私は、迷うことなく山の上を見上げた。


【やはり思考の波を感じる。それもヒトに近いものだ。だがしかし、その姿。間違いなく魔のモノ】


 山の頂にはドラゴンが再び姿を現していた。その金の瞳が、私を真っ直ぐに捉えているのが分かる。

 あの時と同じく声は耳ではなく、頭に直接届いているようだ。距離は違っても声量が変わることはなかった。

 どうやって声を届けているのは分からない。これも魔法なのだろうか。私もやろうと思えば出来たりしないかな。そうしたらディオさんともおしゃべり出来るのに。

 まただ。また焦る自分と、どこか冷静な自分がいる。身体を警戒させているのに、冷静に魔力を操ってもいる。

 大丈夫、あの時と違って魔力は自分の意思でちゃんと動く。


【ほう。己で魔力を動かせるようになったか。その未熟な身体で、見事なものよ。やはり魔物よりも魔獣に近いモノのようだな】


 魔獣が何なのかは分からないけど……今の言い方からするに、どうやら魔物よりも優れている生き物、なのだろうか?

 まぁ、確かに見た目は猫なので獣といえば獣だが。そういう話?


【魔力量は大してないようだが…………面白い】


 ニヤリと笑ったかのような気配がすると、山頂のドラゴンが翼を広げたのが見えた。

 不味まずい。作戦では、出来る限りリザードの数を減らし、それからドラゴンを広場へと誘導するはず。

 坑道へと入ったお兄さんがどうなったのか、さすがにここからじゃ分からない。ドラゴンが出てしまっているのが、作戦通りなのかも。

 ただ、今のアイツの狙いはどうやら私のようで。このままでは、広場ではなく村へと飛んできてしまいそうだ。

 そして。今ここにいるのは、私だけじゃない。

 閉じられたままのドア。中からは未だ、怯えた気配がする。もしかしたら、泣いているかもしれない。

 側にいてあげたいが、今の私じゃ怯えさせるだけ。危険を呼び寄せるだけだ。

 耳をますと、微かにすすり泣く声が聞こえた。ごめんね。


なーうまたね


 出せる限りの優しい声で、一度だけそっとドアを叩く。

 視線を上げると、ドラゴンの翼が羽ばたき始めている。早くしないと、ここへ来てしまう。

 全速力で駆け出したのと、ドラゴンの身体が浮き上がったのは同時だった。


【まずは貴様かららってやろう、小娘】

「ガァァァアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」


 頭に響く声と、耳に届く咆哮ほうこう。空気だけじゃない、世界が震えているようにさえ感じる。

 今まで経験したことのないほど、強い恐怖を覚えた。それでも足を止めるわけにはいかない。

 何メートルもある巨体とは信じられないスピードで、ドラゴンがこちらへ向かってくるのが見える。もっと速く、速く走らなければ。

 そう思うと、身体の中で魔力が足へと集中するのが分かった。さっきより格段に速く走れている!

 早送りしているみたいに周囲の景色が後ろへと流れる。それでいてしっかりと自分の足で進んでいる感覚があるから、戸惑うことはなかった。

 急ぎ向かったのは、皆がリザードたちと戦っているであろう広場。

 坑道の入口も駆け抜け、視界に見えたのは未だ戦闘中の光景だった。

 だいぶリザードたちの数は減らされたように見えるけど、それでもまだ、こちらの戦力より数が多い。

 これでドラゴンまで来ては、きっと対応できない。


「――団長! ドラゴンが!」

「何っ⁈」


 一人の騎士が気付いて、ミネルバさんに慌てて報告している。その表情から、やっぱり作戦通りではないことが分かった。

 それなら、やることは決まっている。


「あっ、チビ助⁉」


 メイダルダンさんが私に気が付いたが、それに反応することなく私は戦っている皆の足元を駆け抜けた。

 子猫には大きな人間も魔物も危険だ。ちょっと踏まれただけで大怪我するだろう。

 それでも私は立ち止まることなく、滑るように間をすり抜けていった。

 唖然あぜんとこちらを眺めていたメイダルダンさんも、その後を追うように頭上を飛び越していったドラゴンの様子にハッとした。


「チビ助が狙いか!」


 そして私を援護しようと弓をつがえたが、それよりも先に近くにいたリザードに襲い掛かられる。


「チッ!」


 鋭い舌打ちと共にリザードに矢を放った。それを横目に確認して、私をホッと息を吐いた。

 自分の安全よりも皆の様子を気にかけているのが分かるのか、ドラゴンの面白がるような声が頭に響く。


【あのニンゲンたちを案ずるか。己の現状が理解できていないわけでもなかろうに。やはり興味深いな、本当に魔のモノなのか】


 背中の毛がゾワッとした。咄嗟とっさに横へと跳ぶと、さっき私が居た場所へドラゴンが急降下して足爪を突き立てる。

 その翼の羽ばたきが起こす風を利用して、更に距離を開けた。


【それに勘も良いようだ。ますます面白い】


 爬虫類はちゅうるいっぽい顔だからイマイチ分かりづらいけど、何となくニヤリと笑ったような気がする。

 メイダルダンさんたち冒険者も、ミネルバさんたち騎士団も、まだドラゴンと戦える状況じゃない。

 お兄さんの居場所は分からない。

 助けを期待できないというのに、私は何故か気分が良かった。

 それはきっと、ようやく私も戦いに参加できるから。今の私なら、時間稼ぎくらいはできるだろうから。

 だから。


にゃぁあおがんばるんだ!」

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