第34話 猫好きな猫とクリスタルドラゴン②

「ま、もの……?」


 頭上から聞こえた声に、アレナちゃんの顔を見上げた。

 すると、大きな瞳を更に見開いたアレナちゃんが、途端に私を落とした。いや、もう放り投げたといった方がいい。


うにゃうわ!」


 子供の腕力なので、そう勢いはなかったが突然のことで慌てて着地する。

 そして改めてアレナちゃんを見上げると、ひどくおびえた顔をしていた。


にゃうアレナにゃんちゃん……?」


 これまでに見たことのない表情に、私もどうしたらいいか分からない。

 アレナちゃんのお母さんを見ると、その理由が分かるのか悲し気な顔でアレナちゃんの頭を撫でた。


「アレナ……あの子は……」

「まもの……まもの…………」

「そうよ、魔物なのよ! 貴女も何を考えているのよ、子供に魔物を近付けるなんてっ」


 少女を抱き抱えたままの若い女性が、アレナちゃんのお母さんにまで怒鳴どなり出した。

 その様子に、子供たちの表情を強張こわばりだす。魔物に怯えているというより、緊張感の高まる大人たちに怯えているようだった。

 テント内の騒ぎを聞きつけたのか、入口の方から騎士団の方々の声も目立ってきた。振り向くと、どうやら止めるべきかどうか迷っているらしい。


「……ぅさん」

「アレナ……」

「おとうさん……おとうさんはっ、だってっ! おかあさん、おとうさんは、おとうさんは!」

「アレナ!」

「やぁああああああああああああああああああああ!!!!!」


 肩を掴んでいたお母さんの手を振り切って、アレナちゃんがテントから飛び出していった。

 入口に立っていた人たちを押しのけ、足元を潜り抜けるように外へと駆け出していったアレナちゃん。

 皆が唖然あぜんとする中、アレナちゃんのお母さんが慌てて追いかけようとする。


「アレナっ!」

「っ、いけません!」


 すると、入口の騎士見習いの一人がその肩を押し留めた。


「離してください! アレナが、娘が!」

「今の声が魔物を集めるかもしれません! 出歩くのは危険です!」

「でもアレナがっ!」

「娘さんはこちらで保護いたします!」


 何名かの見習いさんがアレナちゃんを追いかけ、他は周囲の警戒を強めたようだ。

 隣の男性用のテントからもざわつく気配が上がり、後方部隊全体にピリピリした空気がただよい出す。

 騎士団の方に止められ、テントの入り口に座り込み、涙を流し、顔を覆うアレナちゃんのお母さん。

 声をあらげていた若い女性も、どこか決まり悪そうな表情をしている。

 そして私は、アレナちゃんのお母さんの元へと駆け寄ると、その顔を覆う手を一舐めした。


「ぅ……るふすちゃん……?」

にゃーお任せて!」


 伝わらないだろうけど、そんな気持ちを込めて鳴いた。

 目を丸くさせたお母さんの手をもう一舐めだけして、私もアレナちゃんを追うべくテントから飛び出す。

 騎士さんたちは私を止める気はないらしく、心配そうな目だけを向けてきた。

 今、後方部隊にいるのは戦力としては不安が残る騎士見習いや侍従じじゅうの人たち。だからこそドラゴン討伐の方には連れていかなかったんだけど。

 もちろん見習いといえど剣を握れることに変わりはない。討ち零しくらいは対応できると、ミネルバさんも言っていたし。

 どうやらアレナちゃんは道沿いではなく、森の中に入り込んだらしい。いくら子供の足でも、姿が見えなければ追いつくのは難しい。

 大声を上げて魔物を刺激するわけにもいかず、捜索へ割り振られた騎士見習いの数人が、森の中を慎重に進みながら、小声でアレナちゃんを呼んでいる。

 そんな中、私はここ数日、ずっと側にいたアレナちゃんの匂いと気配を覚えている。すん、と匂いを嗅ぐと、村の方から漂っているようだ。

 戦いの場は違うとはいえ、そこまでクリスタルリザードたちが出張でばってきている可能性は高い。

 私は村の方へと駆け出した。




 アレナちゃんの匂いを辿り、村の中まで戻ってきた。

 方角からして、どうやら自身の家に帰ってきている様子。下手に歩き回ったりしていなかったことに、とても安堵した。

 村の中にはリザードたちの気配は感じない。戦闘の喧騒けんそうは相変わらず響いてくるが、何とか広場の方で抑えられているらしい。

 数日お世話になった家のドアの前で、家内にいるであろうアレナちゃんに聞こえるよう一声鳴いた。


にゃーおアレナちゃん!」

『っ』


 ガタタと何かが倒れるような音と、息をんだ気配。


『やだ! こないで!』

「にゃぅ……」


 これまで見たことのないアレナちゃんのお父さん。そして、先ほどのアレナちゃんのお母さんの話。アレナちゃんの反応。

 そうなんじゃないかな、とは思っていたけど。おそらく、アレナちゃんのお父さんは……魔物によって殺されたんだろう。

 これまでの私は、そうと言われなければ普通の子猫と大差ない見た目をしていた。だからお母さんも態々わざわざ教えたりしなかったんだろうな。

 お母さんはどうやらディオさんから私のことを聞かされていたようだけど……それでも、私を可愛がってくれた。

 だからこそ、アレナちゃんを無事にお母さんの元へ連れていってあげたい。

 何より、私がアレナちゃんを助けたい。


にゃうにゃアレナちゃ――」

【――見つけたぞ、小娘】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る