第33話 猫好きな猫とクリスタルドラゴン

 太陽が真上に来るより少しだけ早めに、クリスタルリザードたちは坑道よりあふれ出した。

 事前にいた香によって、その歩みは村ではなく冒険者と騎士団が待ち受ける広場へと向けられる。

 またあの木陰こかげでそれを確認したディオさんは、私を肩から降ろすと頭にポンと手を置いた。


「大人しくな」

「にゃむ」


 そのまま頭をグリグリすると、フードを深く被り坑道へと飛び込んで行った。

 枝の上に残った私はリザードの流れも、お兄さんの気配も感じられなくなってからその場から離れる。

 今回の私は完全にお留守番。だけど、どうしても見送りがしたくて、お兄さんのマントの背にへばりついて着いてきた。

 私の執念に周囲も苦笑して、直前までは連れてってやれとお兄さんに言ってくれ。

 危ないからと渋っていたお兄さんも、引っ張ろうとがれない私に最後は折れた。見送ったらすぐに後方部隊のテントまで帰ることが条件で。

 広場の方からはすでに騒々しい戦闘音が聞こえる。ドラゴン戦までに、どれだけリザードを減らせるかが大事だと作戦会議で言っていた。

 空気に血の匂いが混じっているのに気付いたけど、私にはどうしようもない。

 ただ、誰も死なないでくれと、願うだけだ。

 振り払うように頭をブンブン振って、テントのある場所まで向かった。


 後方部隊のいるテントまで駆け戻ると、一瞬、魔物わたしの気配に警戒を高めた騎士団の方々が、子猫わたしの姿を見つけてホッと息をついた。

 昨日と今朝のうちにディオさんのペット(?)として認知されているので、寄ってきた私に緊張はない。

 まぁ、いくら魔物といっても見た目は可愛い子猫だし、私も自分から無害アピールもしたしね!

 具体的に言うと、男性には足元に擦り寄って上目遣い、女性には肩に飛び乗って頬擦りをかました。

 自分の思う「子猫の可愛いアングル・仕草」を、全力で演じてきました。楽しかったです。

 何より、団長であるミネルバさんが率先して、というか我先に私とたわむれていたのが、1番効果が大きかったと思うけど。

 子猫にデレデレする美女に、団員の皆さんが少し唖然あぜんとしていたようだったけど、目の保養が過ぎたのかな?

 後方部隊に残っているのは、騎士団の侍従じじゅうさんや見習いの皆さん、村の人たちだ。

 触りたそうにしている騎士団の方々にはサービスしつつ、私はアレナちゃんを探す。

 そして、大きなテントの中でお母さんと寄り添うように座っているのを見つけた。

 村の人たちは男女別で大きなテントにまとめて過ごしている。雑魚寝ざこねになってしまうが、今は一緒にいる方が安心するんだろう。

 アレナちゃんも緊張と慣れない場所に疲れた気配がしていたけど、テントに入ってきた私に気付くとパッと笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。


「ねこちゃん!」

にゃうにゃんアレナちゃん!」


 抱き締められると、私からもアレナちゃんに頬擦りする。

 くすぐったそうに笑ったのを、安堵して眺めた。良かった、思ったよりも元気そう。

 ここ数日はずっと一緒にいたから、約1日離れていただけなのに随分会っていなかったように感じる。

 嬉しそうに、でも約束通り力加減をしているアレナちゃんの鼻先をペロッと舐めた。

 テントの入口に座り込んでたわむれていると、彼女のお母さんもそばへ来る。


「あら、アレナを見に来てくれたのかしら」


 そう優しい眼差しでこちらを見つめるお母さんに、うんうんと頷いてみせた。

 微笑ましそうに私の頭を撫でて、アレナちゃんと一緒にテントの中へと移った。

 テントの中には他にも10名近い女性たちが座っていて、3人の子供の姿もある。それぞれ母親らしき人の側に引っ付いて座っていた。

 アレナちゃんに抱えられた私に気付くと、子供たちがワッと駆け寄ってくる。

 5歳と3歳くらいの女の子2人に、8歳くらいの男の子1人だ。


「ねこちゃんだ!」

「にゃんちゃ!」

「なんでしっぽが2本あるんだ?」


 おっと、少年鋭いね。

 女の子たちに対してどこか自慢げに私を撫でていたアレナちゃんも、少年の言葉で気付いたのか揺れる尻尾を不思議そうに見た。


「あれぇ? ねこちゃん、しっぽ……きれちゃった?」


 それは痛いね! その発想はなかった!

 不思議そうに私の2本の尻尾を眺めている子供たちとは違い、大人の方はハッとした様子で表情を強張こわばらせた。

 奥に座っていた女性の一人が、私を指さして言う。


「ちょっと、ソレって魔物なんじゃないのっ?」


 それにざわついたテント内で、子供たちの親らしき人が立ち上がって少年たちを抱き抱え距離を取った。子供たちは大人たちの反応に首を傾げている。

 そんな大人たちに、アレナちゃんのお母さんが慌てて腰を上げた。


「ま、待って! 大丈夫よ、この子はあのオルディオさんの――」

「そんなの関係ないわよ! 魔物なんてみんな一緒で危険なモノでしょ!」


 3歳の小さな女の子を抱き抱えたまだ若い女性が、おびえた目を私に向けた。

 この身体になって、ここまで怯えられたのは……魔物として接せられたのは、初めてかもしれない。村長夫人も、ここまでではなかった。

 分かってはいるけど、やっぱり魔物は怖がられるものなんだなぁ。

 怯えられているのが私だとは理解しているけど、何故かそこまで悲しさは感じなかった。

 でも……


「ま、もの……?」

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