第32話 猫好きな猫と討伐隊③

 大興奮したミネルバさんがようやく落ち着いたところで、作戦会議が再開された。

 その原因である私はお兄さんに確保されて、大人しくしていろと抱っこされています。喜んでもらえたから、後悔はありません。

 ミネルバさんの方も少しばかり気まずげにしているが、未練がましく私へチラチラと視線を送っては副官さんに咳払いされています。

 後で遊ぼうね! 子猫とたわむれる美女、良いですよね!


「ゴホン……あー、それで。まずはこちらの戦力を把握してもらいたい」


 気持ちを切り替えたらしいミネルバさんが、また凛とした表情で話し出す。


「クリスタルドラゴンを相手にすると分かっていたからな。魔法師を中心にした編成になっている。特に【火】の魔法を使える者を集めた」

「正確な数字としては、魔法師が20名、前衛が10名、後衛が8名。魔法師のうち、【火】の素質を持つのが12名となっています」


 副官さんが補足を入れ、そして地図にも書き込んでいく。


「【聖炎なる矛オレら】も併せて、16か。悪くはねぇな」

「あぁ、むしろ良く12名も集められたもんだ」


 感心した様子のメイダルダンさんが言う。

 魔法を使えるほどの魔力量を持っている人はそう多くない。そのうえで更に1つの属性に絞るとなると、かなり候補が少なくなってしまう。

 20名のうち、半数以上が素質ありの今の状況は、かなり凄いんじゃないだろうか。

 それにしても、【火】の素質か……。


 私が今使えるのもフレイムボアから引き継いだらしい【火】の素質。

 そして、この分かれた尻尾の効果か、体内の魔力を操れるようになった。


 つまり、今なら魔法が使えるんじゃなかろうか。


 期待してしまっても仕方ないよね。あんなに練習してもうんともすんともしなかった魔力が、今や自由自在、とまではいかなくとも、自分の意思で動かせるようになった。

 最初は少なからず違和感を覚えたけど、今じゃ元からそうであったように2本の尻尾は身体に馴染んでいる。

 助けてくれたディオさんの力になりたかった。ううん、力になりたい。

 そして、ようやく一歩進んだんだ。

 あの大きなドラゴンを思い出すと、それだけで全身がすくむよう。心の底から怖いと思っているし、出来るなら逃げ出したい。

 それでも、お兄さんは、皆は、ドラゴンと戦うのだ。やらなければいけない。

 やりたい事と、やらなくちゃいけない事。その2つが合致がっちしたのは、きっと好機なんだ。


「……にゃーうがんばる


 そう小さく零した私の頭を、お兄さんは優しく撫でていた。






 ドラゴンに力をつけさせない為にも、作戦は早い方が良い。

 そういうことで、決行は明日。ここ最近の様子から、リザードたちが廃坑から湧き出るのは昼頃。それが合図だ。

 竜血を取りに廃坑へ侵入した時と同じく、あの広場にて魔物寄せの香をく。そして、お兄さんが中へ入りドラゴンをおびき出す。

 前回と違うのは、ドラゴンにこちらを意識させるのが目的なところ。

 そして、私はお兄さんとは別行動なところだ。


「……」

「そう怒るな」


 置いて行かれると知って、あからさまに機嫌の悪くなった私の背中を、お兄さんが苦笑しつつでる。

 今はお兄さんと共に割り当てられたテントにて、ベッドで横になっている。見張りは騎士団の人がやってくれるらしく、冒険者の皆は久しぶりに全員で休むことになった。

 寝そべるお兄さんの枕元で、お兄さんに背を向けるように丸くなる。背中を撫でる手を尻尾でペシペシするも、気にせず撫で続けていた。


「前と違って、今度は攻撃されることも念頭に置いている。危険な場所へ、わざわざ連れて行きたくないんだ」


 そう呟くように話すディオさん。

 分かってる。お兄さんは優しいから、私を守ろうとしているのも。

 でも、それはつまり、私は守らなくちゃいけない相手であって、足手まといということであって。

 ようやく力になれるかと嬉しく思っていたから、それが余計に悲しい。悔しいんだ。

 だからこうしていじけている。

 迷惑をかけたいわけじゃないのに。

 それでも背を向けたまま、動かない私にお兄さんが溜息をついた。


「……すまない。本当はこうして、ここにいるだけで危ないんだ。あの時、俺が見つかってしまったから、お前まで認識されてしまった」

「……」

「ドラゴンはプライドが高い。自分のテリトリーをおかされて、黙っていることはない。このまま何もしなければ、俺とお前はずっと追われ続けることになるだろう。そうでなくとも、あのドラゴンはもう討伐対象になった。戦わなくてはいけない。

 ……やはり、お前はカルパタに置いてくるべきだったか。セルナ姉に大人しく預けていれば、安全な街で暮らしていけた。お前は賢いからな。危険な魔物として討伐されることなく、それこそただの猫のように生きられるだろう」

「……」

「街へ帰ったら、お前はセルナ姉のところへ――」


 途中、お兄さんは言葉を止めた。驚いている気配がする。

 きっとそれは、私の尻尾がお兄さんの手首に絡みついたから。

 離れないぞ、と2本の尻尾を交差させる。伏せていた身体も反転させて、お兄さんの手のひらに全身でしがみついた。

 迷惑をかけたいわけじゃない。足手纏いになりたいわけじゃない。

 それでも、一緒にいたい。置いてなんて、行かないで。

 そう気持ちを込めて、ギューッと手にしがみつく。


「…………冒険には、危険がつきものだ」

にゃんはい

「今回のこと以上に、危ないこともある」

にゃんはい

「死ぬことだって、珍しくない」

にゃんはい

「それでも……まだ、着いて来るのか?」

にゃんはい!」


 強く答えて、しがみつき続ける。

 暫くして、ソッと抱き寄せられた。見上げた先には、いつもの優しい瞳がある。


「仕方ないな」


 穏やかな声に、私はコロリと転がると立ち上がって、お兄さんの顔へ寄る。

 そして、鼻先を舐めてスリスリと身体を擦り付けた。

 くすぐったのか喉奥で笑ったお兄さんに再び抱き込まれて、私はそのまま眠りについた。

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