第12話 猫好きになった男と猫

 闇を切り取ったような黒毛に、血のような赤い瞳。

 それは【魔女の使者】と呼ばれる、スピリット系の魔物マギアテイルの特徴だ。一般的ではないが、冒険者として活動していれば耳にする。

 夜闇に融けるように活動するマギアテイルは、野営する時に気をつける魔物のひとつ。

 一昔前、そんなマギアテイルを主に使役する有名な女魔法師がいて、黒猫を見たらソイツを疑えとまで言われていたらしい。その時についたのが【魔女の使者】。

 当時はその影響により、ただの黒猫まで迫害されることもあったようだ。まぁ、黒猫が死に魂が魔物化するとマギアテイルになるという説もあるので、あながち間違いとも言えない。もちろん、褒められたことではないが。

 戦闘力は中ランク程度だが、その隠密性から夜間時には高ランクに分類される。


「ふにゃあ!」

「っ⁉︎」


 だから、初めてに出逢った時は、ミアの森という状況もあり咄嗟にマギアテイルかと疑った。

 黒い毛に覆われた身体に、紅い瞳。まさに【魔女の使者】としての特徴……だが、それにしては小さい?

 マギアテイルは基本成猫の姿をしていて、成りたてでも一回り小さいくらいだ。

 しかし目の前にいるのは、普通の子猫の中でも小柄な方で、感じる魔力も魔物とは思えない程弱い。

 それこそ、ここまで接近して、尚且つ相手があげた鳴き声でようやく気付いたほど。

 そして今は、俺が放った軽い殺気にあてられ、怯えたように震えていた。

 魔力が感じられなければ、本当にただの子猫のようだ。

 あまりに危機感のがれる見た目に、殺気も霧散する。放っておいても危険はなさそうだ。

 その時、俺が追ってきていたフレイムボアがこちらへ気付き、駆け寄ってくる気配を感じ取った。

 子猫のような魔物もそれに気付いているのか、その方角をチラチラ見ながら後退あとずさりしている。

 このままにすれば、最悪、あの巨大なフレイムボアの下敷きになってしまうかもしれない。

 そう思うと、何故か俺は目の前の魔物を抱えて近くの木へと登った。


「にゃあ⁉︎」

「静かに」


 騒ごうとする口に手をやると、途端に大人しくなる。そして、直後に足元へフレイムボアが辿り着いた。

 フレイムボアを見たらしい小さな魔物は、驚いたのか軽く毛が逆立っている。

 耳や尻尾もピーンと伸びていて、足元を凝視して固まっていた。

 フレイムボアはあまり視力が良くないので、風魔法で俺達の匂いを別の場所へと漂わせると、その方向へと走り去っていった。


「んー」


 危険がなくなったと思ったのか、魔物が俺の手を叩いた。何となく離せと言っていると思い、木から降りて地面へと離す。


「にゃんにゃにゃあ」


 鳴きながら小さな頭を下げている様子は、まるで礼でも言っているようだが……普通、魔物にそんな知能はない、はずだ。

 先程からの妙に落ち着いた行動だとか、フードを払った時に何故か呆けたような表情をしたりとか、反応がどこか人間味を感じる……。


「……お前、本当に魔物か?」


 通じるわけがないとわかってはいても、そう問うてしまうくらい。

 案の定、首を傾げている。


「にゃん?」

「何を言いたいのかサッパリだな」

「にゃーう」


 俺の言葉に、頷く魔物。

 …………。


「……お前、俺が言っていること理解できるのか?」


 ありえない、とは思いつつ更に言葉を重ねると。


「にゃあ。にゃにゃあ」


 また頷いた。偶然、にしては俺の言葉にしっかり答えるかのような反応だった。

 人間の言葉が理解できるような魔物が、これまでいただろうか。それはもう、知能がどうのというレベルの話ではない。

 今度は何やら悩むような唸り声を上げ始めた魔物の前に座る。

 目をしっかり合わせると、マギアテイルよりも瞳の色が深い紅なのが分かった。


「おい」

「にゃ?」

「お前は魔物か?」

「にゅ? ……にゃ、にゃあ⁉︎」

「……にゃあにゃあ言われても俺には分からん。首を振るとかにしてくれ」


 おそらく俺の「魔物」という言葉にギョッとし、プルプルと首を横に振る。本当に理解できるようだな。


「しかし、お前のその見た目……黒い毛に紅い瞳は、【魔女の使者】と同じだ。いや、お前ほど小さい個体はいないはずだが……その身体なら、まだ子供だろう。親は近くにいるのか」


 スピリット系の魔物に親子といったものはない。もしマギアテイルだとしても、親という概念自体がないだろう。

 しかし、小さな魔物は「にゃん」という鳴き声と共に首を横に振っていた。

 それは「親」というものを理解したうえで、こちらの質問に否を返していると俺の感覚が告げている。

 こうなると、マギアテイルの可能性はかなり低い。かと言って、俺には該当する魔物に他に心当たりはなかった。変異体の可能性も捨てきれないが……。

 そもそも、ここまで知能があるとなると、魔物かどうかさえ疑わしくなってくる。

 知能があり、会話も可能となると『魔族』が浮かんでくるが、それこそありえないだろう。人間の子供くらいの魔力しかないのに。

 とにかく、危険性は感じられないが、このまま放置するのも問題な気がしてきた。


「仕方ない」

「ふにゃ⁉︎」


 首を傾げながら地面を叩いていた魔物を、片手で持ち上げる。

 驚いた声をあげたが特に抵抗する様子はなく、とりあえず肩から下げている鞄へと押し込んだ。


「にゃあにゃ⁉︎」

「文句を言っているのだろうな、というのはわかるな。ここは危険だから、近くの街まで連れて行くぞ。いいな?」

「に、にゃん」


 それらしいことを言えば納得したのか、大人しく鞄の中に収まった。

 動物に魔力を与えて凶暴にしたのが魔物だというのが世間一般的な認識だというのに、この小さな魔物はそこらの猫よりも大人しい。そして賢い。

 可愛いな、などと自分らしくもない感想を脳内から追いやり、一先ひとまずカルパタへと向かった。

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