第13話 猫好きになった男と猫②

 鞄の揺れに酔ったのか、街の宿へついて外へ出してみれば、フラフラとしていてすぐに伏せてしまった。


「にゅぅぅー……」

「大丈夫か?」


 耳や尻尾までへたり込んでいて、見た目の小柄さが更に弱々しく感じる。

 ただの酔いなのだがら安静にしていれば大丈夫だと思うが、どうにも落ち着かない。

 あの小柄な身体では狩りもままならなかっただろう。もしかして腹も減っているのかもしれん。

 宿のベッドの上に小さな魔物を休ませ、俺は2階の部屋から下の受付に降りた。


「女将」

「ん? ディオか、なんだい。夕食ならまだだよ」

「違う……いや、違わないんだが。俺のではなく、動物の子供のだ」

「へぇ、アンタもペットを飼ったりするんだねぇ」


 夕方前という時間もあり、周囲には未だ人気も多い。

 あんなんでも魔物だし、下手に宿に連れ込んだと公言するのも憚られ、動物ということにした。


「仕事中に見つけて、ミアの森で保護した」

「そんな場所に子供が! そりゃあ、良く生き残っていたもんだよ」

「……それは、そうだな」


 確かに、俺に遭遇するまではどうやってあの森の中で生き延びていたのだろう。

 これといって怪我をしている様子もなかったし、随分と小綺麗だった。

 まるで、突然あの場に現れたかのように――。


「子供なら、ミルクとかが良いだろうね。これ持っていきな」


 考えこんでしまっていた間に、女将が小さめの皿にミルクを入れて俺に渡した。スプーンもついている。


「感謝する」

「良いってもんさ。アンタには世話になってるからね」


 そう気前よく笑う女将に頭を下げ、階上の部屋へと戻る。

 小さな魔物はベッドの上で伏せたままだったが、尻尾だけが少しだけ持ち上がりパタ、パタと揺れていた。


「ほら、飲めるか?」

「にゅ……?」


 スプーンにミルクをすくって差し出すと、小さな鼻をひくつかせながら匂いを嗅いでいる。

 いくら子供といえど警戒心が強いかと思ったが、魔物はチロッとひと舐め。


「みゅ⁉︎」


 すると、味に驚いたのか跳ね起きた。

 すぐに勢いよく舐め出したので、美味しかったようだ。

 動物も魔物も、会話もできなかれば相手の考えていることもわからないだろうと思っていたが……。

 揺れる尻尾からは、喜んでいるのが伝わってくる。何となくだが、表情も緩んでいるように感じた。

 そもそも、生き物の様子もここまでじっくり近くで見たのは初めてかもしれない。


「その様子だと、もう大丈夫なようだな」

「ペロペロ……にゃあにゃ」


 ペコリと頭を下げられた頭を、加減しながら撫でる。嫌がる様子もなく、むしろ気持ち良さそうに目を細めている姿からは、コレが魔物とは思えない。

 本当は魔力を持ってしまった猫なのでは、とここまで来ても疑ってしまう。

 満足して眠たくなったのか、欠伸をした小さな魔物にタオルをかけてやった。

 そのまま静かに寝息が聞こえる。


「……明日、レヴァに聞けば判るか」


 俺よりも魔物に詳しいアイツなら、コレの正体も判るだろう。

 時間もちょうど夕食時になっており、俺も宿の食堂で食事を済ませると、ベッドに横になった。

 まさか、子供とはいえ魔物と共に寝る日が来るとはな。






 そう思っていたら、朝目が覚めると小さな魔物の姿は見えなかった。

 アレにかけていたタオルだけが残っており、その暖かさが失われていないことから、さっきまでは居たはず。

 どこかに挟まったり入り込んだりでもしているのか、と鞄やらタンスやら開けまくり、ベッドの下を覗き込んだり。

 後から思えば、何故部屋から出て行ったと思わなかったのか不思議だが、俺は部屋の中だけを探していた。


「にゃあにゃ?」


 鳴き声に急ぎベッドに目をやると、不思議そうに首を傾げる魔物がいた。

 そのことに安堵している自分に気付かず、俺は声をかける。


「なんだ、居たのか」

「みゃーん」

「いや、無事なら良い……まぁ、そうか。小さくともお前は魔物だからな。心配し過ぎだったか」


 そう口にしたことで、俺はコレを心配していたことを知った。

 これまで敵として、狩るものとしてしか見ていなかった魔物を……。


「にゃう、にゃにゃあ!」

「何か否定しているようだが、普通の猫は言葉を理解できないからな?」

「みゅぅ……」


 それも、目の前で何やら悔しげな様子を見ていると、仕方ないかとさえ思える。


「まぁ、いい。魔物だとしても、お前は害はなさそうだし。討伐する必要もないだろう」

「に、にゃあ⁉︎」


 そんな気持ちのまま答えたせいか、討伐と口走ってしまった。

 一気に警戒したように毛が逆立ったのに、慌てて首を横に振る。


「だから、討伐はしない。お前だって、別に悪さをしようとは思っていないだろう」

「にゃーお!」

「なら良い。俺もさすがに、こんな小さい奴を討伐するのは気が重いからな」


 ましてや、少しの間とはいえ自ら面倒を見た相手だ。俺はもう、この小さな魔物に愛着を覚えてしまっているらしい。

 落ち着かせるように頭を撫で、そろそろレヴァのところへ行こうと鞄と共に魔物を抱える。

 受付へ降りるとすでに女将が仕事を始めていた。こちらに気付き、快活な笑顔を浮かべる。


「おや、もう行くのかい」

「あぁ。次の仕事があるからな」

「若いのに頑張んねぇ。ん? その子が昨日の?」


 腕に抱えられた魔物に気付いた女将が、その姿を確認して少し訝しげな顔をした。

 冒険者を多く相手にする宿の女将は、一般の住民よりも魔物に詳しい。これがただの猫ではないことも察したようだ。

 当の魔物といえば、気にした様子もなく前足をあげいて、挨拶しているらしい。


「にゃんにゃ」

「こりゃあ……【魔女の使者】じゃないのかい?」

「いや、多分違う。こんな小さいのは、幼体でも見たことがない。それに、ただの魔物にしては随分と知能が高い」

「こんな子供がかい?」


 まぁ、見た目は本当にただの子猫だからな。


「そうだな……よし」


 これくらいならこなせるだろうと、ポケットから数個の魔石を取り出す。

 適当に取った魔石は、赤が3個、青が2個、黄色が5個だ。

 それをカウンターに置き、小さな魔物からもよく見えるように持ち上げる。


「じゃあ、この中から赤色が何個あるか、数えてくれ」

「にゃん、にゃん、にゃん」

「よし、じゃあ青」

「にゃん、にゃん」

「黄色」

「にゃん、にゃん、にゃん、にゃん、にゃん」


 俺の質問に不思議そうにしながらも、しっかりと色の個数ずつ鳴き声をあげる。

 これは俺の言葉を理解したうえで、更にこちらには言葉が通じないことを考え鳴き声の数で伝えるという、2つの問題を突破していた。

 恐らく自慢げな顔をしているのであろう頭を褒めるように撫でてやる。嬉しそうに尻尾が揺れていた。

 その様子に、女将も関心したように目を見開いている。


「へぇ、確かに賢い。ちゃんと何を言っているのか、理解できているんだね」

「そうらしい。問題は、こちらは何を言っているのか分からないところだが」


 カウンターから魔石を回収し、魔物も昨日のように鞄に入れた。

 今日は事前に小さな魔物が入れるくらいのスペースは空けておいたので、そこまで窮屈ではないと思うが。

 鞄の中で少し身動ぎすると、頭だけを外へ出した。


「おや……」


 その姿に、女将が微笑ましそうに目尻を下げ…………俺も、可愛いな、と思った。

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