第10話 猫好きな猫と冒険者②

 段々と争いの跡が大きく激しくなるのを見て、お兄さんも少し焦ってきたのか、これまで以上に走るスピードが上がった。

 そのおかげか、遠くから聞こえる金属音が私の耳に届いた。


にゃんあっち!」

「よし」


 私が前足を上げて指した方向へ、疑うことなく進んでくれるディオさん。

 そして――。


「どけっ、エレキガル!」

「っ⁉︎」


 昨日見た巨大なフレイムボアを相手に、バチバチと電気を纏った槍を持っていた大柄な男性が振り向いた。

 その手前から高く跳躍していたお兄さんは、腰に差していた細身の剣を抜くと、フレイムボアの首を目掛けて振り下ろす。

 しかし、ギリギリのところで避けられて、相手への被害は片方の牙を斬り落とせた程度。

 後ろへ下がるフレイムボアに対し、お兄さんも後退した。

 私はと言うと、お兄さんの鞄の中で大人しくしています。頭もできるだけ出さない。

 戦闘中はディオさんの言う事を聞くのが、ついて行くことの条件だからね。

 今の私は、鞄の中から振り落とされないようにするのが仕事です。


「てめぇ、何しにきやがった!」


 お兄さんの後ろに庇われた形になった男性……この人がエレキガルさんかな?

 凄く体格が良くて、筋肉とか凄いよ。太い腕とかに傷があるけど、戦いの勲章くんしょうって感じ。弱い印象は受けず、勇ましさを感じる。

 もともと厳つい顔立ちを、より険しくしてディオさんを睨んでいた。


「お呼びじゃねぇぞ!」

「それは仲間くらいかばいきってから言ってくれ」

「ぐっ……」


 悔しそうに詰まったエレキガルさんの更に後ろには、それぞれ深手を負っているらしい5人がいる。

 腕や足から血が流れていて、フレイムボアの攻撃の跡なのか火傷もある。

 うち2人は意識もないようで、他3人が必死に何かの魔法を使っていた。


「死ぬなよ、ガン!」

「しっかりしろ!」


 そう声をかけ続けながら、しかし3人も軽い怪我じゃない。

 このままフレイムボアに足止めを喰らい続ければ、エレキガルさん以外は死んでしまいそうだ。

 悔しそうに、しかし仲間を心配そうに見やるエレキガルさんに向けて、お兄さんが鞄から袋を取り出して投げつけた。

 アレは確か、街を出る時に受付のお姉さんから貰ったやつだ。


「治癒のポーションだ。さっさと使え」

「チッ、うるせぇ!」


 口では悪態をついても、エレキガルさんは迅速に仲間のもとへと向かっていた。

 それを見届けて、しっかりと視線をフレイムボアへとやるディオさん。


「いいか、ルフス。下手に動くなよ」

にゃんはい!」


 申し訳ないが、ちょっと鞄の中で爪をたてて身体を固定する。

 剣を構い直し、腰を落としたお兄さん。ふぅ、と深く息を吐いて集中している。

 フレイムボアは、牙を斬り落としたディオさんをかなり警戒しているのか、低く唸りながら様子を窺っていた。

 先に動いたのは、お兄さん。剣を引くと同時に、魔力の気配。


「はっ!」


 気合と共に剣を空中で振ると、その剣先から何か――風の刃が相手に向かって飛んでいった。

 フレイムボアは大きく左に避けていたが、それは想定内なのかお兄さんの動きは続く。

 続けて2発の風の刃を飛ばしながら、敵へ徐々に距離を詰めた。

 3発目を避けたところで、フレイムボアも突進をかける。同時に燃える尻尾から、なんと火の弾が2発飛んできた。

 しかしそれも、お兄さんは剣で斬り裂くことで突破した。

 その勢いのまま敵のすぐ側まで接近すると、剣を大きく振り被る。

 その時、ガラ空きになった胴体を隙だと判断したのか、残った牙を突き立てようと更に距離を詰めてきた。

 ディオさんはそれも想定内だったようで、突進をギリギリのところで半身を引くことで避け、目の前に突き出すような形になったフレイムボアの首に、今度こそ剣を振り下ろす。

 剣の表面には魔法がかかっていたようで、魔物の首は抵抗などないように胴体と切り離された。


「ふぅ」

にゃあにゃお疲れ様です


 もう大丈夫だろうと判断して、鞄から抜け出すとお兄さんの腕を伝って肩まで登った。

 余裕そうに戦っているように見えていたけど、額には少し汗を掻いている。

 緊張感が凄いんだろうな、と労る気持ちで頬を舐めた。

 最初はびっくりした様子だったけど、苦笑してポンポンと頭を撫でるお兄さん。


「怖くなかったか」

にゃーううーん


 正直、目の前で命のやり取りをされたら、さすがにちょっと怖くはあった。

 しかし、お兄さんが落ち着いていたから、そして安全であろう場所にいたからか、そこまでの恐怖はなかった。

 それこそ、お兄さんみたいに緊張していた、というのが近いと思う。

 生肉を想像して食欲湧いちゃった時からヤバイか? と思っていたけど、やはり私は猫に変わって感性も変わったらしい。

 目の前に首が落ちたフレイムボアの死体があるのに、これといった拒否感もなかった。

 白状すると……ちょっと美味しそうだな、とか思っちゃいました。はい。


にゃん大丈夫です

「大丈夫そうだな」


 私が普通にしているので、どうやら伝わったようだ。

 喉元を少し撫で、ディオさんはエレキガルさん達の方へと歩き出した。

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