第9話 猫好きな猫と冒険者

 レヴァさんは魔物専門の研究者らしく、それからお兄さんと「くれ」「やらん」の問答を続けていた。

 私も「研究って解剖とかされる⁉︎」というイメージから、ディオさんには頑張っていただきたい。

 その時、ドアの外からこちらへ駆けてくる足音が聞こえた。

 そしてすぐに、またドアが内側にバンッと開かれた。開けたのはさっきの受付お姉さん。

 何か置物のような物が飛んできたが、華麗にお兄さんは避け、見事にレヴァさんの額にヒット。


「あだっ?!」

「オルディオ様はまだいらっしゃいますか!?」


 衝撃で後ろにひっくり返ったレヴァさんには目もくれず、お兄さんは普通に応対している。

 レヴァさん……一応女性なのに。痛そうだったな、今の。


「なんだ」

「実はミアの森に侵入したパーティがいるらしく、先ほど救援要請が入りました!」

「……立入禁止にしたことを知らないのか?」

「それが……そのパーティというのが、【白雷びゃくらい】でして……」


 申し訳なさそうなお姉さんの様子に首を傾げディオさんを窺うと、とても面倒くさそうな顔をしていた。

 というか、凄く嫌そう。


「……放っておけば良い」

「そ、そこを何とかっ!」

「なんだ、またエレキガルと喧嘩しているのか?」


 復活したらしいレヴァさんは、何事もなかったように座ってコーヒーをすすっていた。

 打たれ強いのか、慣れなのか。ただ額はまだ赤かったので、ダメージは大きそう。

 レヴァさんの言葉に、お兄さんは顔を顰めた。


「喧嘩じゃない。あっちが絡んでくるだけだ」

「そーだねぇ。男の嫉妬ってやつか、醜いねぇ」

「オ、オルディオ様……どうかお願いできませんか? 今回の報酬も倍額にすると、ギルドマスターも仰っていました」


 どうやらお兄さんとそのエレキガルという人は仲が悪いらしい。

 一方的に絡まれてお兄さんが迷惑している関係だろうが、それでも知り合いではあるわけで。


にゃーうにゃ助けないんですか?」

「……」


 私を抱える手をテシテシしながらディオさんを見つめる。

 お兄さんの反応からして、相手が死んでも良いってくらい嫌いなわけでもなさそうだし。

 危険な状況を知ったうえ放置して、それでもし相手が死ぬようなことになれば、少なからず責任を感じるタイプだと思うよ、お兄さんは。

 私も聞いちゃったし、何かあったら寝覚が悪いよ。


にーお兄さん?」

「………………わかった」


 一押しとして鳴けば、盛大に溜息をつきながらも頷いた。それにホッとした様子のお姉さん。


「あ、ありがとうございます! 白雷がミアの森へ向かったのは2時間程前とのことですので、まだそう奥までは入っていないかと思われます」

「了解。なら急ぐか」


 ディオさんに鞄の中へ入るよう言われ、再び頭だけピョコッと出すスタイルに。

 レヴァさんに見送られ、私達は外へと急いだ。






 これまで私達がいた街がカルパタと言い、その西に広がるのがミアの森。私が子猫の姿で目覚めた場所だ。

 ミアの森は別名「迷いの森」とも呼ばれ、人間だけでなく動物や魔物まで迷わせてしまうそうだ。

 森全体に不思議な魔力の流れがあり、長時間その場にいれば、精神や肉体に悪影響が出る。その影響で、迷い込んだものはほとんど死んでしまうのだが――ここ数年。

 そんな森の中を生き抜いた強い個体が、まれに街の近くで発見されるようになった。

 あの猪似の魔物――フレイムボアも、本来はもっと小さな魔物で、大型犬くらいのサイズらしい。

 私が見たやつは、熊のような大きさだったな……。


「お前も、そういった変異種かと思うんだがな」


 お兄さんの鞄の中で揺られながら、いろいろ教えてくれた。

 昨日と違って、今日は予め心の準備ができていたからか、お兄さんの話を聞けるくらい余裕がある。

 むしろ、こんな車のようなスピードで走っているのに、普通に会話できちゃうお兄さんがおかしいんだが。

 レヴァさんの話では、私は【魔女の使者】という魔物に似た特徴のある新種……だったっけ?

 魔力もサイズにしてみれば持っている方らしいけど、そもそも魔力って何じゃらほい。

 今のディオさんも、魔法で身体を強化することによって高速で走っているらしい。

 その時、ディオさんからあの魔石と呼ばれていた石と同じ感覚がしたけど、それが魔力なのかな。


 すでに景色は森の中。

 私には全然わからないけど、お兄さん曰く人が歩いた形跡があるらしい。

 こんな木が密集しているところで、ディオさんはぶつかる気配もなくヒョイヒョイと合間を縫って走っていく。

 たまに何かを飛び越えるような動きで鞄も揺れるが、私も見ていることで対処できた。

 というか猫ちゃんの身体、動体視力がめっちゃ高いね⁉︎ 猛スピードでも木についた傷や地面の凹凸もちゃんと見えるよ!


にゃっ、にゃんにゃああっ、あそこ!」

「ん?」


 その時、進行方向から少し右に逸れた所に、不自然に枝がへし折れた木があった。

 お兄さんもそれに気付き、サッと向きを変えると木へと寄って観察する。


「……これはついさっき折れたようだな。微かに魔法の残滓ざんしも感じる」

にゃあつまり……?」

「お手柄だぞ」


 そう頭を撫でて褒められた。やったね!

 周辺には、さすがの私でもわかる程の移動の形跡と、何やら争った形跡を確認できた。意識すると、微量の血の匂いもした。

 受付のお姉さんの話では、白雷のメンバーは6人。弱くはないパーティだけど、今のミアの森では不安な力量らしい。

 早く見つけないと! 動くのはディオさんだけどね!

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