第8話 猫好きな猫と研究者②
持ち直したらしいお姉さんが、コホンと咳払いして、改めてキリッとした表情になった。
「それで、オルディオ様。今日はどうされました?」
「……これだ」
もう敬称を諦めたのか、溜息をついてお兄さんはポケットから一枚の紙を取り出した。
私にはこれっぽちも読めない文字なので、書かれている内容はさっぱりです。
そういえば、何で言葉は通じるんだろう。
手渡された紙を見たお姉さんが、納得した様子で1つ頷いた。
「……はい、確認しました。お疲れ様です。さすがですね、3日で終わらせるとは」
「世辞はいい。報酬はいつも通りだ」
「かしこまりました。では、カードをお預かりします」
ディオさんが懐から取り出したカードをお姉さんが受け取り、カウンターに置かれていた小さな丸い水槽のようなものに入れた。
生き物もいないし、何の水槽だろうと思っていたら、大丈夫なの⁉︎
私が興味を持ったのがわかったのか、お兄さんが水槽の近くに下ろしてくれる。
近くで見ると、何と水槽の中に入ったカードに書かれている文字。それが少しずつ変化していた。
え、何で⁉︎ どういうシステム⁉︎
水槽のガラスに顔を引っ付けるように観察していると、水槽の中身はどうやら水じゃないことがわかった。
表面上は水っぽいけど……何だろう。見える空気、というのが近い気がする。実体がない、というか?
暫くして、お姉さんが取り出したカードは、やっぱり水滴がついているようなこともなかった。
近寄ってクンクンしてみると、微かに甘い匂いがする。不思議だ。
仕組みがわからず首を傾げていると、ヒョイとお兄さんに抱き抱えられた。
「他に依頼は来ているか?」
「いえ、今は特に」
「わかった。レヴァはいるか?」
「レヴァ様でしたら、研究室に
「またか……」
呆れたように溜息とついたディオさんは、そのままどこかへ歩き出した。
最後にお姉さんに手を振ると、とても嬉しそうに手を振り返してくれた。
ギルド内の階段を降りると、1本の通路に4つのドアがあった。
地下だからなのか、やけに空気が篭っているような気がする。
私を抱き抱えたまま、お兄さんは一番手前のドアをノックした。
「おい、レヴァ。少し頼みがある」
そう声をドア越しにかけるが、返事はない。
もしや留守なのでは? と思ったが、お兄さんは躊躇いなくドアを勝手に開けた。
それもバンッというほど勢いよく開けたよ。その反動なのか、ドア近くにあったらしい物が部屋の奥にすっ飛んでいった。
「あだっ⁈」
部屋の中は物で溢れかえっていて、山のように積まれた本の壁の向こうから、女性の悲鳴が。
え、ディオさん頼み事をしに来たんじゃないの? いいの?
私の方がオロオロとお兄さんの腕の中で焦っていて、本人は至って普通に声をかけ直している。
「おい、レヴァ。少し頼みがある」
「聞こえてたよ! 開けるならもっと優しく開けなよ!」
そういって本の向こうから出てきたのは、金髪の髪を腰くらいまで伸ばした、全体的に細長い女性だった。
栄養足りてるのか不安になるほど細い体つきで、男性でも背の高い方だろうディオさんと同じくらいありそう。
なんか顔も青白い気がするし、いきなり倒れたりしないよね……?
「それにしても、君から訪ねてくるなんて久しいね」
どうぞ、と
辞書のように厚くて大きい本ばかりが転がっていて、床は他にも紙が散らばったりで踏み場もなかった。
部屋の奥で何やらゴソゴソしていたレヴァさんが、手にコップ……じゃないな、アレ。ビーカーだ。
しかし、匂いからして中身はコーヒーらしい。それを1つは自分で、1つをお兄さんに渡した。
躊躇いなく口に運んだお兄さんは凄いよ。
「頼みがある」
「内容によるよ」
「コレが何の魔物か教えてほしい」
「みゃ?」
唐突に持ち上げられ、女性の顔前に突き出された。
猫ちゃんになってから、人の顔がドアップになることが多いよ!
目が悪いのか、目を細めて睨むようにこちらを観察していたレヴァさん。
手を伸ばしてきたかと思うと、いきなり両頬を引っ張られた。
「
「ふむ。外見の特徴としては【魔女の使者】によく似ているね。しかし、それにしては体が小さい。特徴的な牙もないし、凶暴性も見られないね」
「ユニーク体の可能性はあるか」
「それはないね。ユニークならもっと魔力が高いものだ。コレからは、人間の子供の平均くらいしか感じられない。まぁ、この体格からしたら多い方だと言えるが……」
「にゅー!」
口の中を見たかったのか、牙の確認が終わると今度は体全体を
い、いくら相手が女性とはいえ、そんな無遠慮に! ちょ、どこ見てるんのぉ⁉︎
十数分ほど身体中を
さすがに可哀想だと思ったのか、優しく頭を撫でてくれる。
「それで、コレは何の魔物なんだ?」
「何とも言えない。【魔女の使者】の特徴もあるから、ハーフかもしれないが」
「……【魔女の使者】に繁殖能力はないだろう。アレはスピリット系の魔物だ」
「そうだね。現状言えるのは、完全な新種の可能性もある、ということだね」
「新種か……」
「コレの親はどうしたんだい。まさか、また勢いで討伐しちまったとか?」
「いや、ミアの森で独りでいるところを拾った。親も近くにいないと言うから、連れて来たんだ」
「ふーん…………ん? 何、いないと『言うから』だって? 誰が言ったんだ?」
「コレだ。喋ったわけではないが」
そう答えるお兄さんに、何故か可哀想なものを見る目になったレヴァさん。
「……疲れているのか? 魔物にそんな知能はないよ」
「そう思うだろ」
私を床に降したディオさんは、宿でやったのと同じように石を並べた。
さっきとは色と数が違うな。今回は青が4個、黄色が1個、紫が3個。いろんな色があるんだなぁ。
「よし、ルフス。青は何個だ」
「
「黄色は?」
「
「紫」
「
またもドヤァを披露する私に、頭を撫でるお兄さん。私、甘やかされている自覚はあります。
「ディオ。私にコレをくれ」
「駄目に決まっているだろう」
「ぜひ研究に協力」
「しないしさせない」
「チッ」
レヴァさんの細身からは想像もできないほど強い舌打ちいただきました。
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