第7話 猫好きな猫と研究者

 私の名前は、その日から人間の「夢」ではなく猫の「ルフス」になった。

 本当は名前があるとは伝えられないので、「夢」は封印です。夢という名前も結構好きだったし、お母さんがつけてくれたから、ちょっと寂しいけど。

 しかし、ルフスという名前も好きになった。


 お兄さんは私を連れて行ってくれるという約束の証として、リボンをくれた。

 白い綺麗なリボンに、『真紅ルフスの瞳』というルフスの名前の由来となった魔鉱石が、小さな鈴に加工してついている。

 首にリボンを巻くと、動きに合わせて小さくチリンと可愛らしい音が鳴った。


「あら〜、可愛い! お似合いよ、ルフスちゃん」

みゃーうえへへ


 頭をナデナデしてくれるお姉さんは、なんとお兄さんの従姉さんだった。確かに、2人とも美人で同じ髪色だね!

 セルナさんという名前だったお姉さんは、丁寧に私の毛をブラッシングしてくれている。

 ふわぁぁ幸せぇぇぇ。ダメ猫ちゃんになっちゃうぅぅ〜。

 セルナさんの膝上で完全に溶けていると、呆れた顔のお兄さん――ディオさんが戻ってきた。本名はオルディオというらしい。

 その手にはマグカップが2つとお皿が3つ載ったトレーがある。


「野生の欠片もないな」

「ふふ、可愛くて良いじゃない」


 喉元を撫でられると、ついゴロゴロ言ってしまう。

 我ながら、猫生活2日目にして馴染みすぎだと思います。

 だがしかし、ナデナデ攻撃の前では野生さも人間としての矜持もありません。にゃふぅ。

 完全に敗北している私を見兼ねたお兄さんに救出され、みんなで朝ご飯です。

 昨日と同じく、あの謎の美味過ぎるミルクを、ディオさんがすくったスプーンで舐める。

 お兄さんのご飯の邪魔だろうからと、自分でお皿から舐めようとしたら、捕獲されて膝の上です。

 そんな様子を、セルナさんが微笑ましそうに眺めている。


「ふふ」

「……なんだ」

「いつもそんな柔らかい表情ができれば、下手に怯えられなくて済むのにね〜」

「…………どんな顔だ」

「もう、ルフスちゃんが可愛いってデレデレしてたわよ〜」

にゃふっげふっ!」


 思わず、舐めていたミルクを噴き出しそうになった。

 いや、まぁ、子猫って可愛いもんね。中身は私でも、外見は普通に子猫だもんね。

 想像してみた。自分の膝の上、手ずからミルクを飲む子猫。

 可愛い。何それ、私もやりたい。ミルクあげる側になりたい。

 だが、今は私が子猫役。残念!


「……」

「あらあら、また仏頂面になっちゃって。美人さんが台無しよ〜」

「男は美人と言われても嬉しくない」


 見上げると、ムスッとした表情のお兄さん。そんなお顔も綺麗ですよ!






 朝ご飯を終え、セルナさんは仕事に戻り、私はディオさんに連れられ、街中をどこかへ向かっています。

 そんな私、何故かディオさんの頭の上にいた。

 最初はまた鞄の中に入っていたんだけど、私がキョロキョロと周囲を見ていることに気付いたお兄さん。


「ここなら良く見えるだろ」


 そういって、頭の上にポンと私を乗っけました。

 確かにお兄さん背高いし、鞄の中よりかよっぽど見え易いけども!

 ディオさんの体幹が良いのか、猫の体のバランス能力が優れているのか、頭の上から落ちるようなことは未だない。

 しかし、明かに街の人達から向けられる視線が、妙に温かいことに気付いて!

 人間が堂々として、猫の方が恥ずかしがるという不思議な状態のまま、どうやら目的の場所へ着いたらしい。

 

「ここが冒険者が利用するギルドの建物だ。覚えておくといい」

にゃんはい


 建物の中には、剣やら斧やら見るからに危なそうな武器を持っている人、杖を手にローブを纏った見るからに人などで賑わっていた。

 あー。やっぱり、ここってそういう世界なんだ……と遠い目。

 私が猫になっていたり、あの猪似の――お兄さん曰く魔物がいる時点で、「異世界」主張は凄かったけど。

 何でこうなったのかは未だに思い出せないけど、いつか元の世界に戻れるのだろうか。


「いらっしゃいませ、オルディオ様」

「“様“はやめろ」


 受付に座っていた、キリッとしたタイプのお姉さん。

 しかし、お兄さんの頭上にいる私に、明らかに困惑した空気をしていた。


にゃんにゃこんにちは


 とりあえず、前足を上げて挨拶してみた。

 すると途端にギョッとした顔になったお姉さんが、ディオさんと私を交互み見る。


「オ、オルディオ様⁈ そちらは一体……?」

「だから“様”はやめろ……ルフスだ」

にゃんどうも


 頭からお兄さんの両手に抱えられ、お姉さんの前のカウンターにポテ、と座らされた。

 頭を下げてみせると、よく出来たとばかりに頭を撫でられる。えへへぇ。

 自分からもお兄さんの手にスリスリしていると、受付のお姉さんから羨ましそうな視線が。

 もしや、お姉さんも猫好きですか? ならサービスしちゃいますよ!


「にゃーう」

「はうっ」


 カウンターの上に置かれていたお姉さんの手に顔をスリスリすると、お姉さんから嬉しそうな悲鳴が。

 トドメとばかりに尻尾を指に絡ませてあげると、頬を赤くして悶えていた。


「ルフス」

みゃうはーい


 ディオさんに呼ばれたので、彼の腕に飛び乗った。

 それをお姉さんはとても名残惜しそうにしている。また遊ぼうね!

 

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