第6話 猫好きな猫とフードの人④

 宿を出て、鞄の中で揺られながら周囲の風景を眺める。

 さっきよりも人の行き交いが増え、開店したところも多い。朝市的なものもあるんだろうか。

 それにしても、お兄さんは随分と顔が広く、いろんな人から声をかけられる。


「よぉ、にいちゃん! 今日はどうよ! 一杯付き合えって!」

「この前はありがとうねぇ。これ、良かったらお食べなさいな」

「あ、お兄さん! 薬草ありがとうございました! おかげで母も元気ですよ」

「にいちゃんあそんでー!」


 そんな風に街中、至るところで声をかけられる。無表情で、どちらかといえば近寄りがたい空気があるのに。

 どうやら、お兄さんは人助けを頻繁にしているようで、声をかけられるついでに食べ物やら商品を貰ったりしていた。

 お兄さんも慣れているのは、変に気遣って断ったりせず、重くなり過ぎないように軽く受け取っている。


「おはよう」

「おはよう~、ディオ。あれ、この子は?」


 そんな中、花屋にて店員の女性に気付かれた。

 お兄さんに似た、蒼みがかった黒髪をしている。お、お胸が大きいですっ!


にゃんにゃこんにちは

「あら〜、ふふ。挨拶してくれてるのかしら」


 優しい雰囲気のお姉さんは、朗らかに笑うと私の頭を撫でてくれた。えへへ。


「珍しいわね。貴方が小さい生き物に好かれるなんて。みんな怯えて逃げちゃうのに」

「別にわざとじゃない」

「そうね〜。野生の勘でしょう。すぐ討伐するかしないかで判断するからよ〜」

「うっ」


 今朝、それで私に怯えられたのを思い出したのか、お兄さんは気まずそうに目を逸らしていた。

 そうかー。まぁ、確かにお兄さん、最初に遭遇した時に凄い威嚇してきたもんなぁ。あの重圧、今思えば殺気というやつだったのでは?

 状況的に仕方なかったんだろうけど、確かにあれは怯えて逃げられちゃうよね。

 うんうん、と頷いていると、お姉さんに抱き上げられた。


「ねぇ、この子の名前は?」

「名前?」

「あら〜、名前がないと不便じゃない。連れて行くんじゃないの?」

「いや、さすがに危険だろう、それは」


 お姉さんの言葉に、お兄さんは顔をしかめている。

 お兄さんの反応にお姉さんビックリ。ついて行くと思っていた私もビックリ。

 え、どっかに置いて行くんですか? いや、あの山から連れ出してくれただけでも、返しきれない恩があるけど。

 あのままだったら、まともに食料にありつけないか、あの猪みたいな奴に襲われて死んでた可能性が高い。

 それに、私みたいな弱いのを連れて行ったら、そりゃあ足手まといいだよね……。

 思わず耳や尻尾までションボリとなった。


「……」

「……」

「ほら〜」

「うっ……」


 何故かお姉さんは抱えた私を、そのままお兄さんに手渡した。

 両手で顔の前に持ち上げたお兄さんが、躊躇いがちに話す。


「……俺は冒険者だ。昨日みたいに、危険な場所へ行って、危ない目に遭うことも多い」

みゃうはい……」

「それよりも、この街で、さっきの宿の女将か、それこそ彼女に預けて行くのが最善かと思っている」

「……みゅぅはい

「うっ…………お前はどうしたい。どこか親がいるなら、そこまで連れて行ってやる。行きたい場所があるなら、そこでも構わない」


 そういって、静かに地面に下ろしてくれた。

 そして、先ほどのように地面に色のついた石を、今度は1つずつ置いて行く。赤、青、黄色、そして緑。


「赤は……このまま、俺についてくる。青はここに。黄色は親元へ。緑は別の場所」

「……」

「……どうする?」


 安全を考えるなら、この街にいた方が良いんだろう。さっきの宿のおばさんも、このお姉さんも良い人そうだし、それが一番良い。

 親元といっても、ここがどこかわからないし……そもそも、探せないほど遠い場所っぽいし。

 他の場所といっても、私は何も知らない。

 お兄さんについて行くのは……きっと邪魔になるだろう。昨日みたいな状況で、私は何の役にも立てない。せめて、囮にでもなるくらい。


「にゅぅ……」


 しかし……それでも、選択肢として残してくれたのなら。

 お世話になっても、良いだろうか。


「にゃん」


 テシ、と前足で赤色の石を叩く。

 そして、恐る恐るお兄さんを見上げた。


「……」

「……」


 何故か、お姉さんと一緒に顔を押さえて悶絶していた。え、何? どうした?

 どこか痛いのかと2人の間をオロオロしていると、再びお姉さんに抱き上げられ、なんとお顔にスリスリされた。

 ひゃぁぁああ美人なお姉さんのお顔がドアップ! これが役得⁉︎(混乱)


「も〜、可愛いわ! やっぱり私が飼っちゃダメ?」

にゃんにゃんですと⁉︎」

「だ、駄目だ!」

にゃあうわっ!」


 そして、今度はお兄さんに略奪された。

 抱き抱えられると、優しく頭を撫でられる。とても優しい眼をしていた。


「戦闘中は、できるだけ俺から離れないこと。そして俺の言う事を守ること。約束できるか?」

にゃんはい!」

「よし……そうだな。真紅ルフスでいいか」

「ふふ、確かに『真紅の瞳』と同じ色をしているわ」

「にゃん?」

「これだ」


 そういってお兄さんが鞄から取り出したのは、さっきよりも大きく、色も深い紅色の石。

 何となく感じる不思議な感覚も、より強く感じた。前足でツンツンしてみる。


「これは『真紅ルフスの瞳』と呼ばれる魔鉱石だ。お前の瞳は、これと同じ色をしている」

にゃうルフス……」

「気に入らないか……?」


 目の前で静かに煌く石は、とても綺麗。そんな物と同じだと言ってくれる。

 不安げな顔のお兄さんに、私は出来る限りの笑顔をしてみせた。


にゃあにゃ気に入りました!」

「大丈夫そうだな」

「ふふ〜。よろしくね、ルフスちゃん」

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