第5話 猫好きな猫とフードの人③

 ゴソッという物音に、私は目を覚ました。

 薄らまぶたを上げると、外はすっかり暗くなっている。さっき夕方前だったはずだから、大分寝ちゃっていたようだ。

 フカフカのベッドと温もりに少しウトウトしながら、コロッと寝返りをうつ。


「っ⁉︎」


 そして、目の前にあった美形ドアップに、見事に眠気を持っていかれた。

 ふぇぇおおお同じベッドに入るなんてぇぇぇ! お兄さんのエッチ!

 と思ったが、私の姿が今は子猫なのも思い出し。そういえば私もよくハルくんと寝てたな。

 眠気も飛んでしまい、かと言って下手に動いてお兄さんを起こしても申し訳ない。

 することがないので、美形観察することに。猫ちゃんなので、夜目が効きます。


「……」


 はぁ、本当に綺麗な顔立ちだよなぁ。2次元以外にも存在するんだ、こんな顔。

 頬の傷は随分と昔のものなのか、完全に馴染んでいるようで痛々しさはない。

 そういえば、お兄さんの名前って何だろう。知っても呼べないけど。


「みゅ」


 相変わらず、私の喉からは猫語しか出てこない。声帯が違うから当たり前だけども。

 せっかくだからお兄さんとおしゃべりとか、してみたいなぁ。

 顔にかかっていたサラサラの髪を尻尾で払ってあげる。


 パシッ


「みゃっ⁉︎」


 いきなり尻尾を掴まれました。なんか変な感じがしますぅぅ! ゾワッてした!

 そして、パチリとお兄さんの目が開き。


「なんだ、お前か……」


 そう呟いたお兄さんはまた目を閉じて、私の尻尾を離すと、優しく身体をポンポンと叩いた。


「まだ寝ておけ」

にゃぁはぃ……」


 びっくりの連発で眠気は明後日の方へ飛んでいっていたけど、とりあえず落ち着いた。

 暫くするとお兄さんの手が止まり、規則正しい寝息に変わる。

 それに耳を傾けていると、段々と私も眠たさが戻ってきて、もう一度眠りにつけた。






 翌朝、窓から差し込む日差しの明るさで目が覚めた。

 寝る前の体勢のまま、私の身体の上にはお兄さんの手が乗ったまま。子猫サイズなもので、それだけでも重たく感じるよ。

 とりあえず……ト、トイレに行きたい。

 どうにかお兄さんを起こさないよう、ゆっくりと手の下からい出る。

 ベッドから飛び降りると、やはり子猫の私には全てが大きく見えた。

 このドアとか、恐らく普通の人間サイズのはずなのに、今は巨人用にしか見えないよ。

 さすがに、ジャンプしてドアノブまで届く気はしない。

 ドアからの脱出は諦め、ベッドによじ登り、そこから窓枠へと飛び移った。

 さすが猫の身体! 私が思った通りの軌道で軽々ジャンプしました。

 お兄さんが無用心なのか、窓の鍵は開けっ放しになっていたので、そこから外へ出る。この部屋は2階のようだ。

 まだ日が昇ったばかりで、外を歩いている人はとてもまばら。

 せっかくなので、街を見渡してみる。


にゃあおぉ……」


 どこからどう見ても、日本じゃない。現代日本に、こんな木材ばかりの建築物が並ぶことなんてないだろう。

 意外と大きな街のようで、遠くまで建物群が続いている。

 猫の鋭い嗅覚が、どこからか美味しそうな匂いを嗅ぎつけた。お腹が鳴りそうです。

 おっと、その前にトイレでした。

 建物のへりを使い、地面までピョンピョン飛び移る。

 子猫の姿といえど、中身は年頃の女子。

 トイレの説明までしません。スキップスキップ!


 降りて来た時と同じように縁を使って2階の部屋まで戻ると、お兄さんももう起きていた。

 しかし、何故かバタバタとベッドの下やらを覗き込んでいる。

 なんだろう、落とし物かな?


にゃあにゃどうしました?」


 ベッドに飛び移って声をかけると、バッとこちらを見たお兄さん。

 そして、何やら安堵したように息を吐いた。


「なんだ、居たのか」


 おや、私を探していたようです。すみません、生理現象だったもので。

 ペコリと頭を下げた。それを雑に撫でられる。


みゃーんすみません

「いや、無事なら良い……まぁ、そうか。小さくともお前は魔物だからな。心配し過ぎだったか」

にゃう、にゃにゃあだから、魔物じゃないです!」


 私はただの猫ちゃんですって!

 いや、中身が「私」という人間だから、普通ではないかもだけど!


「何か否定しているようだが、普通の猫は言葉を理解できないからな?」

「みゅぅ……」


 くっ、否定できない!

 子猫ながらも、私の悔しそうな表情がわかったのか、お兄さんは苦笑してまた頭を撫でた。


「まぁ、いい。魔物だとしても、お前は害はなさそうだし。討伐する必要もないだろう」

に、にゃあと、討伐⁉︎」


 それって、こ、殺すってことです⁉︎

 一気に毛が逆立った私に、慌ててお兄さんは首を横に振った。


「だから、討伐はしない。お前だって、別に悪さしようとは思っていないだろう」

にゃーおもちろん!」

「なら良い。俺もさすがに、こんな小さい奴を討伐するのは気が重いからな」


 よ、とお兄さんが私の身体を抱き上げると、すでに準備してあったのか、昨日の鞄を肩にかけた。

 どこか行くのかと首を傾げていると、お兄さんはそのまま部屋を出て1階に降りていく。

 もう営業時間になるのか、宿の受付らしき場所にはすでに割腹の良いおばさんが1人座っていた。


「おや、もう行くのかい」

「あぁ。次の仕事があるからな」

「若いのに頑張んねぇ。ん? その子が昨日の?」


 お兄さんの腕に抱えられている私に気付いたおばさんに、顔を覗き込まれた。


にゃんにゃこんにちは

「こりゃあ……【魔女の使者】じゃないのかい?」

「いや、多分違う。こんな小さいのは、幼体でも見たことがない。それに、ただの魔物にしては随分と知能が高い」

「こんな子供がかい?」

「そうだな……よし」


 何やらお兄さんはポケットから取り出し、受付のカウンターに置いた。

 それは色のついた小さな石で、不思議と暖かい気配を感じる。何だろう、綺麗だけど宝石とかかな。

 目の前にあるのは、赤が3個、青が2個、黄色が5個だ。


「じゃあ、この中から赤色が何個あるか、数えてくれ」


 両手で抱えられたまま、石の前まで持ち上げられた。

 数えろと言われても……鳴き声の数とかでいいか。


にゃん、にゃん、にゃん1、2、3

「よし、じゃあ青」

にゃん、にゃん1、2

「黄色」

にゃん、にゃん、にゃん、にゃん、にゃん1、2、3、4、5


 最後にドヤァという表情も忘れない。猫顔で通じるかわからないけど。

 よしよし、とお兄さんに頭を撫でられご満悦です。数えただけで褒められるって、凄い!

 そんな様子に、おばさんは関心したように目を見開いていた。


「へぇ、確かに賢い。ちゃんと何を言っているのか、理解できているんだねぇ」

「そうらしい。問題は、こちらは何を言っているのかわからないところだが」


 モフモフと頭を撫でたお兄さんは、カウンターの石を回収すると、私も昨日と同じく鞄の中へ入れた。

 昨日と違い、今日は最初から鞄の中にスペースを開けておいてくれたのか、そこまで窮屈きゅうくつではない。

 身体は鞄の中へ、頭だけヒョコッと外へ出した。


「おや……」


 おばさんが微笑ましそうに見ている。

 確かに、第三者から見れば、それはもう! 可愛い光景! だろうけど!

 自分がその対象になると、かなり恥ずかしい。どうせなら私も愛でる側にいたいよ!

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