第3話 猫好きな猫とフードの人

 拝啓、お母さん、可愛い妹、晶、紗季。

 ハルくんを拾ってから私は、それはもう猫愛をこじらせていたことと思います。


 そんな私。

 この度、猫になりました。






んにゃ、にゃにゃーんって、なるかーい!」


 セルフツッコミをする猫の声が、山の中に響き渡った。

 周囲の物が大きく見えるのは、私の身体が小さく……というか、子猫になっていたからだった。

 そもそも、なんで猫の姿に。そして、ここどこ?

 おかしいな。晶と紗季と一緒に下校中だったと思うんだけど……。

 ここで目が覚める直前の記憶がない。下校中で、家に着いたんだっけ?

 いや、家に着いたんだったら、こんな山の中にいる現在が意味わからないし。今もわからないけど。

 まさか……寝た? これは夢か? えぇ⁉︎ 夜中にハルくんの画像を見て夜更かししたのがいけなかった⁉︎

 歩きながら寝落ちか? そこまで睡魔に襲われてた記憶もないが。

 猫ちゃんの姿で、お座りしながらウンウン唸っております。

 くっ、はたから見れば凄い可愛い光景に違いないのに、自分であるせいで見れない!

 見える範囲でわかることは、子猫サイズであること、毛が黒いこと、くらいかな。


 くうぅ


にゃぅうぅ……」


 そして、お腹が空いた。

 目が覚めてからは、まだ数十分くらいだろうか。それまでに時間が経っていたのか、子猫の身体は空腹だった。

 猫……な、何を食べればいいのでしょう。ハルくんには、基本的にキャットフードしかあげてなかった。

 パッと思いつくのなら、魚かなぁ。肉も食べれるよね?

 いや、そもそもどうやってご飯を調達するかだけど。

 猫の姿になったおかげで、嗅覚と聴覚が鋭くなっている。周囲には他の生き物はいないらしい。

 遠くから鳥の鳴き声は聞こえるけど、さすがになぁ。

 というか、なまで食う、のか? 魚ならまだしも、肉って。

 ……おぅ、想像しただけでなんか………………よだれが出た。

 あっれ、私って思ってたよりも図太いな。それとも、思考まで猫ちゃんよりになってきているのかな?

 まさか、そのうち猫語(?)しか理解できなくなったりしないよね。


「……んにゃあれ?」


 その時、遠くで新しい気配を感じた。これは、足音だ。それも2つ。

 えっ、なんかめちゃくちゃ速いスピードでこっちに向かってくるんですけど⁉︎

 しかも、追われてるのか、小さな気配が大きい気配から逃げているようだ。

 小さな気配といっても、子猫の私からすればどちらも大きい。下手すると、巻き込まれて踏まれちゃう!

 慌てて近くの木の下まで避難しようと思ったが、相手のスピードの方が速かった。


 バサッ


ふにゃあうわっ!」

「っ⁉︎」


 最初に飛び出してきたのは人間だった。私の悲鳴に気付いたのか、驚いたように身体を捻る。

 あ、あっぶな! もう少しで本当に踏まれるところだったよ!

 フードを被っているせいで顔は見えないけど、体格からして、男性、かな。

 私の姿を確認して一瞬、凄い圧を感じた。


「ふにゅぅ……」


 見えない何かに押し潰されるような感覚がして、地面にへたり込んだ。息も詰まって、動きが取れない。

 そんな私の反応に、相手から何か戸惑うような気配を感じて、押さえつけられるような圧は消えた。

 な、なんだったんだろう。重力が増したように、身体が重たくなったよ。

 恐らく目の前の人がやったんだろうと思うと、急に怖くなって身体を縮こませる。

 しかし、この人を追いかけていたんであろう大きな気配が迫っていることにも気付いて、何とかその場から離れようとした。


「にゃあ⁉︎」

「静かに」


 突然、身体を持ち上げられたかと思うと、素早い動きで木の上に飛び上がった。

 フードの人は私を抱えたまま、軽々と太い枝に止まる。

 口元に手を当てられ、大人しくするように言われた。

 ビックリして固まったままでいると、大きな気配が足元へと到着したのがわかって、反射的に下を見た。


「っ⁉︎」


 悲鳴を上げなかったのは、フードの人が口を押さえてくれていたからだろう。

 そこには、私の常識からしたらありえないほど、大きな猪がいた。

 いや、そもそも猪なのかも怪しい。

 やたら毛が刺々しいし、牙は異様に長いし、トドメに尻尾が燃えていた。

 熱くないんだろうか、とか思わず現実逃避。

 とりあえず、見つかったらヤバそうというのわかったので、フードの人と一緒に息を殺して待つ。

 暫く木の下でフンフンと匂いを嗅いでいたようだけど、また別の場所へ猛スピードで駆けて行った。


「んー」


 そろそろ離してくれないかと、口を押さえている手をテシテシ叩く。ちょっと息苦しいです。

 フードの人ももう大丈夫だと判断したのか、枝から飛び降り地面に私を離してくれた。


にゃんにゃにゃあありがとうございます


 伝わらないだろうけど、一応助けてもらったので頭を下げる。

 するとその人は、私の目の前にしゃがみ込んで、フードを払った。


 蒼みがかった黒髪に、深い紫色の瞳。

 頬に古傷の痕のある、それでも損なわれない美しさを持つ整った顔立ち。


 私の短い人生で、最も綺麗な顔を見ました。

 綺麗過ぎて、ポカンと口を開きました。

 無表情、というか若干機嫌の悪そうに眉を潜めていらっしゃるが、それでも美しく見えるのだから凄い。


「……お前、本当に魔物か?」


 まるで作り物のような顔から声が発せられたのにビックリし過ぎて、言葉の内容に驚き損ねた。

 え、何? まもの?


にゃん何ですか?」

「何を言いたいのかサッパリだな」

にゃーうですよねー


 そりゃ、こちとら猫語ですしね。

 というか、お兄さん日本語上手だね。顔立ちからして、絶対日本人じゃないのに。


「……お前、俺が言っていること理解できるのか?」

にゃあ。にゃにゃあはい。日本語上手ですねぇ


 とりあえず男性の言葉に頷いておく。

 それにしても、見るからに猫な私に話しかけるなんて、もしやお兄さんも猫好きか? 私の同類か?

 いや、今は私が猫ちゃんだったわ……。

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