これを読み切ったら故郷に帰って結婚するんだ

ちびまるフォイ

とてつもない能力は読みきるまで

"この本を読み切れば、とてつもない能力が得られるだろう"



「とてつもない能力……!」


およそ凡庸という言葉を擬人化した自分にとって

誇らしいなにかを手に入れられることは富と名声よりも大事なことだった。


・すべて理解したうえで読み進めなくてはいけません

・途中をすっ飛ばしてはいけません

・この本を読んでいることを知られてはいけません


「結構ルール厳しいな……」


そのうえ本は辞書のように分厚い。

推理ものならこれが凶器となる展開も想像できてしまう。


中身を読み始める。


「……うん?」


言い回しが難しい。

文豪が10年くらい頭をひねって出した練度の高い表現が続く。


ルールその1「すべて理解した上で読み進める」


知った気になって先に進むことはできない。

わからなくなったらもう一度戻って読み直す。

それでも理解できないのでもう一度、もう二度、もう三度……。


何度も戻って読み直してやっと理解できる。


「これ……俺が生きている間に読み終わるのか!?」


ためしに1ページ読み終わる時間を計算し、

最後を見ないようにして本全体のページ数を集計する。


ルールその2「途中を飛ばしてはいけない」


これにより、結論だけを先に読んだり、ざっと全体を把握してからということができない。

最終ページの番号がわかると、今のペースで読み終わる時間を集計した。


「……60年後かよ」


死にはしないが、とてつもない能力を得るには遅すぎる。

そこで速読教室へと申し込みをした。


「それでは速読の練習をはじめます。

 ところで、どうして速読を始めようとしたんですか」


「秘密です!!」


ルールその3「この本を読んでいると知られてはならない」


この本のことを他人に話すことはできない。

ましてすでに読み終わった人に「で、どうだった?」と聞くこともできない。

俺はただ自分の可能性を信じて読み進めなければならない。


「ねんがんのそくどくをてにいれたぞ!」


絶え間ない滝修行の成果も読み進めるスピードは大幅アップ。

何度も戻りながら読み進めるのは変わらないものの、1日で進めるページはぐんと増えた。


「わっ、もうこんな時間かよ!?」


ぐいぐいと読み進めるようにはなったものの次なる問題が出てきた。



時間。



1日は24時間で、そのうち読書に費やすことができる時間は限られている。

睡眠時間を削れば理解力が落ちて、戻って読み直しになるので速度が落ちる。


「二宮金次郎作戦しか無い……!」


普段歩きスマホをしている人に心の中で注意をしている自分だが、

移動時間をも読書の時間に転換しないと、とても終わらない。


それからは移動中も、食事中も、トイレのときも本を手放さなかった。


といっても本を読んでいるとバレるわけにはいかない。


本を分割して、同じ文面を自分なりの暗号に書き換えて読む。

他人には新聞記事の切れっ端でも読んでいるように見えるだろう。

妙な暗号解読技術が身についてしまった。


「ちょっと、私とデートしているのに

 さっきから意味不明な暗号ばかり読んでいるじゃない!

 暗号と私、いったいどっちが大事なの!?」


「わたしだ!!」


あらゆる生活の優先順位の頂点に読書を置いたことで失うものもあったが、

それでもこの本から得られるものを信じて読み進めた。


今では小難しい文体にもだいぶ慣れてきたが……。


「ってなんじゃこりゃあ!? アラビア語か!?」


半分以上進んだときに本が突然別の言語で書かれるようになった。

しかもめんどくさいことに複数の言語をひとつの文章に入れているのでますます難解。


外国の人が漢字とひらがなとカタカナとローマ字をひとつの文章に書かれたものを見たような気分。


「くそっ、翻訳アプリも使えないじゃん……」


翻訳アプリでは1つの言語を1つの別の言語に翻訳してくれるが

めちゃくちゃに入れ込まれた複数言語を訳すのには向いていない。

とはいえ、理解しない限り飛ばすこともできないので外国語教室へと申し込んだ。


「オー。イマドキ、古代サンスクリット語ヲベンキョースル人メズラシイアルネー。

 イッタイドウシテデスカー?」


「実は、私の彼女が古代サンスクリット人なんです!」


「オメーノ彼女イクツダヨ」


複数の外国語教室をはしごして、通訳もびっくりなマルチリンガルになってから

やっと本を先に読み進めることができた。


外国語で書かれてこそいるが、内容はむしろ前よりもシンプルかつわかりやすくなっていた。

日本語のときのようにこった表現もなく読みやすい。


1ページを読むスピードはぐんと上がった。


「これなら想像よりもずっと早く読み終わりそうだ!!」


本の結末にはいったいどんな驚きと感動に満ちた答えが待っているのか。

やがてたどり着く新たな自分が待ち遠しくなりますます読書に傾倒していった。


そして、ついにその時はやってきた。



『 これであなたは特別な能力を手に入れました 』


  おわり。


本の最後まで読み切ってしまった。


「……は?」


驚きの結論も何も待っていなかった。

罰ゲームのように小難しい本を読んで時間を失うだけだった。

なんのためにいったいここまで努力したと思っているんだ。


「ふざけるな!! こんなの納得できるか!!!」


普段は温厚な自分でもこれだで分厚い本に時間と労力をかけて

「なにもありませんでした笑」は絶対に許せない。


作者を特定してこの本で撲殺するしかない。


本に書かれている作者のプロフィールから住所を割り出して突撃する。


「な、なんだ君は!?」


意表をつかれた作者に俺は本を掲げて怒鳴った。



「この本を読むために速読と暗号解読能力とマルチリンガルを手に入れたのに、

 最後になにも得られなかったじゃないか!!!! この詐欺師めーー!!」

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