第20話 託された手紙 2
「――この手紙が届く頃には手遅れになっているかもしれないが、わずかな望みをかけて記す。火急のことゆえ乱文になること容赦願いたい。
我はロナロの民。精霊王オーウィンの子孫である。
バルカタル王が精霊の祠の破壊という凶行を始めた。祠は精霊とつながり邪気を払うための場。アーギュストの子孫が使命に背き、さらには精霊殺しまでしているとはなんたること。ついに精霊は人間への不信から姿を消してしまった。
我が村にも魔の手が迫っている。族長のみが引き継ぐ知識が残される保証はない。
よってここに記し、エイラト王へ託すことにした。アーギュストの子孫が再び精霊との絆を求めしとき、風の精霊が然るべき者を見つけ、導いてくれるはずだ。
精霊王についてどれほど世に伝わっているか定かではないが、四大精霊と空を統べる龍の長より力を授かったことは知られているだろう。そして地底への道を封じるアーサルをロナロに作り眠りについた。水・地・火の精霊はアーサルを適した場所に作り定着し、風の精霊は世の流れを他の精霊へ伝え、また、下位精霊の邪気払いを広める。これにより世界は妖魔の脅威から守られている。
しかし三つの精霊がアーサルから離れ去るか精霊王が滅すれば破られる。一番脆いのは精霊王のアーサルだ。なぜなら精霊王は人間。なぜ彼が人間でありながら千を超える時を生き、精霊との契約なしに四大精霊の力を使えたのかは謎だが、とかく精霊王は精霊ではなく人間であり、精霊を超える力を持つがその力は借り物なのだ。
彼の肉体が死した今、アーサルを維持するためには始終霊力を注がねばならない。
その役目を担うのがロナロの民たちだ。ロナロには精霊王の子孫だけでなく、精霊に選ばれた人間もいるが、誰もが霊力を持ち、アーサルへ捧げている。
つまりまもなくやってくるバルカタル兵が我が村を滅ぼせば、アーサルへ送る霊力がなくなり精霊王に真の死が訪れ、結界に綻びが生じる。そして地底から多くの妖魔が押し寄せ次こそ世界の終焉を迎えるだろう。運良く生き延びた者たちがいたとしても結末は変わらぬはずだ。今と同じ量ではないのだから。
最悪の事態に備えてはいるが、いったいどれだけの村人が残るのだろう……。
バルカタルも気掛かりだ。霊力と魔力両方の力が必要だというのに、何故あのような愚行に走ったのか。昔のこととして妖魔を軽視しているのか。もしかしたら、知識の継承が途絶えているのかもしれない。
アーギュストはベアルゼブルを封じるレイネス様をお守りするため、あの森の近くに城を築いた。ベアルゼブルはかつて消滅させられなかった妖魔。あれが目覚めれば、地上の邪気が妖魔と化し、精霊のアーサルに襲い掛かるだろう。もしバルカタルがそれさえも忘れ、森を壊せば……。ああ、やはりもう手遅れかもしれない……。
しかしこの手紙が読まれているならまだ希望はあるはずだ。
どうか、アーギュストの子孫へ伝えてほしい。魔力と霊力は異なるが相反するものではない。精霊よりイヴェを受け取れるのはアーギュストの子孫だけ。愚行を正したければ必ずイヴェを集めよ。そしてロナロに伝わる紋章のもう一つの意味を思い出せと。
最後にアーサルの深部へ行く方法を伝授したい。これは十二の族長の中でも、我しか知らぬこと。地図を同封するが、精霊の認証がなければ辿り着けない。深部へ着いたらできる限り精霊王の近くで霊力を捧げてくれ。もし精霊が見えなくても、ロナロに住み続けた者なら霊力はある。アーギュストの子孫が役目を果たすまで、必ず守り抜くのだ。
天帝の寵愛を受けたレイネス様の世界がこれで終わるはずがない。かつて救世主アーギュストを送られたように、必ず救いの手は差し伸べられるはず。
エイラト王と精霊がこの手紙を守ることを願って。ロナロの長 アスタル・ロナ・ペテロ――』
読み終えたアフランは震えながら羊皮紙を置いた。
すべてが衝撃的だった。
言葉が出ない。
いつの間に降り始めたのか、風に煽られた雨音が不規則に揺れていた。無言で立ち上がったオスカーが窓へ向かう間も考えがまとまらない。
雨音が途切れて蔵書室の雰囲気がさらに重くなる中、口火を切ったのはエレノイアだった。
「アーサルとは遺跡のことか」
「そうだと思います」
「ふむ……。ようやく合点がいった。ロナロが今も封鎖されている理由は、遺跡があったからなのだな」
エレノイアがオスカーの方へ顔を傾けると、赤金の髪が光を反射しながら軽やかになびいた。
座り直したオスカーが足を組んで頷く。
「そうだね。事件直後より警戒されてるらしいから、後になってわかったんだろう。陛下に直接聞いても何も教えてくれなかったけど」
確かにツバキの手紙には、水の精霊やリタから聞いた内容を皇帝にすべて打ち明けたと書いてあった。村を訪問する予定だとも。
アフランの脳裏にリタの顔が浮かぶ。
リタもあまり表情の動かない女性だったが、感情がないというよりは押し殺しているようだった。
時代が違うとはいえ、恨みの元凶とも言えるバルカタルの皇帝と会ったリタの気持ちを想像すると胸が重苦しくなる。
「アフランくん、これを書き写してくれるかな。陛下に報告しないと」
「え…………」
オスカーの発言に驚いて声が漏れた。
二人の視線が集まり、アフランは逃れるように手元に目を落とす。汗ばむ手を固く握った。
「ここには遺跡の行き方が書かれています。直接リタ……今の村長に伝えたい、です」
皇帝は信用できないと言ったようなものだ。これほどはっきり誰かに逆らったのも生まれて初めてのことだった。オスカーの椅子がきしむ音にさえビクッと怯える。だがロナロがバルカタルに抱いている複雑な感情を知るアフランは、まったく疑いもせず皇帝に情報を渡すことなどできなかった。
「少し前、陛下は全州長官に祠の修復を命じた。妖魔復活の兆候がみられるそうだ」
「!!」
思わず顔を上げると、天色の双眸とかち合った。無感情の瞳に決意が飲み込まれそうになるが、アフランは耐える。
「妖魔や精霊の存在自体過去のものとされているバルカタルでそのような命令を下し、州長官全員を従わせることがどれほど難しいかそなたにわかるか。おそらく陛下は随分前から精霊について調べていたのだろう。そして我らは皆、兄が何の根拠もなくそのような判断をするわけがないと知っている。もし今後妖魔が復活したとしても、素早く状況を把握し対処できるのは陛下以外おらぬ。まずは陛下へ渡すべきだ」
「しかしリタが皇帝から受け取った情報を信じるとは思えません。それにこの手紙は守護者に向けて書かれたものです。僕はロナロの者として遺跡を守る義務があります。誰でも読めるように転記するのは嫌です」
「だがこのまま渡したところで、霊力があってもロナロにいる者には読めないのだろう」
「では僕をロナロへ行かせてください」
「そなたをエイラトから出すのはまかり成らぬ」
エレノイアが顎をくっと上げると、部屋の空気が突き刺すような鋭い空気へ変化した。オスカーでさえ萎縮し、アフランへ反抗するなと首を横に振っている。
アフランは言い返せなくなり羊皮紙へ視線を逃がした。
走り書きのような文字から必死さが伝わってくる。これを書いたアスタルの想いを簡単に人目にさらしていいとはどうしても思えない。
拳を口に当てたアフランは、誰にも知られず、かつ確実にリタだけに内容を伝えるにはどうすればいいか考え込んだ。
(せめて遺跡の地図だけは隠さないと)
ふと、オスカーが文字は見えないが紋章は見えると言っていたことを思い出す。そもそもなぜ文字だけ見えないのか、見えているアフランには不思議で仕方ない。書き終わってから何か魔法のようなものをかけているのだろうか、それとも霊力が視覚に影響を与えるのか。
「あっ」
アフランの目に光が宿る。
「わかりました。ただし条件があります」
アフランは臆さずまっすぐエレノイアを見返した。
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