第13話 始祖の森の中心へ 1

 月日が過ぎ、春になった。

 その間、二人は様々なことを話し合った。

 まずはウイディラの森で遭遇した妖魔について。

 恐怖を実感しているツバキはさすがに自ら退治しようとは言い出さなかったが、カオウが国中、時には他国の森まで飛び回っていたことを知ると、ツバキに黙ってカオウへ危険な行為をさせたジェラルドに怒りの矛先が向いた。

 さらに、瞬間移動能力を速達郵便のように使っていたことや無報酬だったことも露呈し、熾烈な兄妹喧嘩の末、カオウの労働条件が改善された。

 つまり、報酬の明確化および労働時間の削減である。

 そして特別蔵書室の自由閲覧権も手に入れた二人は、暇を見つけては足繁く通った。

 特別蔵書室になら二人が求める答えのヒントがあるのではと思ったからだ。

 寿命差を縮める方法は二つ。

 カオウが人間になるかツバキの寿命を延ばすかだが、前者は既にカオウが何度もこっそり蔵書室へ忍び込み、調べ尽くしている。

 後者は前者と違い、人間の不老不死への憧れは古来からあったようで、若返りや寿命延長の魔法はないこともなかった。しかしどれも効果は数年であり、何度も繰り返すと体に負担がかかり危険なようだ。数百年も延長はできないだろう。

 結局、帝都の図書館では見つからなかった。


 残る手がかりは──始祖の森。レインが言っていた、寿命が違っても一緒にいる方法を探すこと。


「危険と判断したらすぐ帰るからな」


 溶けかけた雪と土が交じる獣道を歩きながらカオウが言った。

 始祖の森はサタール国が二つ分すっぽり入るほど広大だ。幼いころから遊んでいるツバキもすべてをまわったことはなく、瞬間移動して辿り着いたここも未知の場所だった。いつもより湿気が多く、嗅ぎなれない植物の匂いが濃い。手入れされていない歪な木が密集しており、太い木の根を跨ごうにも一歩では越えられず、カオウは苦戦するツバキに手を貸した。


「いつも俺たちが遊んでたのは北側の限られた範囲だ。あそこは昔から皇族が授印の儀として使ってるから、魔物も皇族がどういう存在か理解してる。けど、中心に近いこの辺は違う」

「皇族を知らないってこと?」


 カオウは言葉を選んでいるのか、「うーんと」と言って視線を宙へ這わせる。


「始祖は女神と印を結んで力を得て、多くの魔物へ魔力を与えた。つまり始祖を通じて神の力を授かっている。だから大抵の魔物は始祖を尊重したし、特に十二神と呼ばれてるやつらは妖魔を封じた後も始祖が死ぬまで印を消さなかった。

 でもその後はバラバラ。クダラみたいに始祖の子たちにも好意的で城の近くに住んだやつもいるけど、始祖以外の人間に価値はないと思って森の奥に引っ込んだやつもいる。それから何百年と経ってるから、この辺の魔物は皇族どころか人間を知らない。縄張り意識も強いし……今もすごく警戒してるだろ」


 カオウにつられて顔を横へ向ける。

 重なり合った葉のわずかな隙間から降り注ぐ陽光が苔のはえた倒木を照らしている。

 だがその外れの暗がりに、光る目があった。

 ウイディラで見た妖魔の姿が脳裏をよぎり、カオウの腕に抱きつく。


「あ……あれは妖魔じゃないわよね?」

「ただの魔物だよ」


 妖魔ではないと知りほっとするが、あの魔物は少しでも近づけば容赦なく殺してきそうな雰囲気だ。

 普段始祖の森で会う魔物はツバキの周囲に集まってかまってほしいアピールをしてくるか、懐きもしないが警戒もしない魔物ばかりだったため、少しばかりショックを受けた。


「まだ会っていない十二神の種族に会えるかと期待していたけれど、難しそう」

「この辺に一種類いるぞ」

「え、どこに?」

「ここを登ったところ。でも俺がいいって言うまで近づくなよ」


 勾配の急な坂をようやく乗り越えると、密集していた木々がなくなり広い岩場へ出た。薄暗かった視界が開け、ツバキは眩しさで目を細める。

 岩の隙間から生えた雑草の周りには鳥が何羽も飛んでいた。全長は五センチほどしかない、非常に小さな鳥。高く伸びた雑草の実を啄む嘴は鋭く、鮮やかな黄色の頭頂部が特徴的だ。


「かわいい。初めて見る鳥だわ」

「動くな!」


 もっと近くで見ようとツバキが動いた瞬間、鳥が一斉に飛び立ち、そのうちの一羽が粘液を吐き出した。ツバキの顔にかかる寸前、咄嗟にカオウに腕を引っ張られる。ジュッと音がし、白銀の髪が溶ける匂いがした。

 幸い鳥は二度目の攻撃をすることなく去ったが、顔が焼けるところだったツバキは青ざめる。

 カオウは焦げてしまったツバキの毛先をつまんだ。横髪のほんの一部だが、近くで見ると目立つ。違和感なく整えるには技量が必要だろう。侍女に知られたらものすごく怒られてしまいそうだ。


「近づくなって言ったばっかりだろ。いきなりここに瞬間移動したら危険だから、わざわざ歩いてきたのに」

「十二神じゃないから大丈夫かと思って」

「いや、あれが十二神の雷寵だよ」

「あれが雷寵なわけないわ」


 ツバキが知る雷寵は美しい飾り羽を持つ巨大な鳥だ。


「一羽だったらな」

「どういうこと?」

「見ればわかるよ。もうすぐ戻ってくるはず」


 カオウの言う通り、遠くへ行って見えなくなっていた鳥が群れをつくって戻ってきた。


「一羽では小さくて見えなくても群れをつくれば大きく見えるってこと? でもあの雷寵には到底……」


 途中で言葉を失う。

 複数の鳥の体が一つに溶け合い、変形し始めたからだ。五センチだった個体は十センチになり、二十センチになり、徐々に大きくなっていく。


「に、逃げなくて大丈夫なの」

「俺の後ろに隠れてて。あと機嫌損ねない方がいいから、力は使わないようにな」


 数十匹いた鳥が二メートルもの大きさとなって二人の前に降り立つころには、ツバキが知る姿に変わっていた。鶴の首に蝶のような模様の黄色い羽と、青緑のグラデーションが美しい飾り羽を持つ雷寵だ。


「本物だわ……」


 感激したツバキは攻撃されたことなどすっかり忘れ、カオウの後ろからちょこんと顔を出し、ぼーっと雷寵に見惚れた。


『誰かと思ったらカオウじゃないか』


 複数の音が重なったような声で雷寵が言う。

 カオウは雷寵を睨んだ。


「随分な挨拶だな。こいつの髪が焦げただろ」

『綺麗な髪色だから、ついね』

「次やったら殺す」

『おやおや、昔はあんなに可愛かったのに。ゲンオウに似てきたね』


 父親の名を出されたカオウは明らかに不機嫌な顔になったが、紹介して欲しそうにウズウズしているツバキに気づくと肩を抱いて横に立たせた。


「こいつは俺の親父やクダラと一緒に妖魔と戦った雷寵の一部」

「一部?」

「世間に伝わってる雷寵は、さっきの小さな鳥が融合した姿だ。記憶も共有してるけど、六百年前のことを実体験してる雷寵が何羽残ってるかはわからない」


 雷寵は飾り羽を広げた。高級な装飾品にも使えそうなほど華麗だが、よく見ると中央の一部が変色している。


『あと一羽のみになってしまった。その寿命もまもなく尽きる』


 雷寵は長い首で変色した部分を優しく突いた。


『それで、龍が何用だ』

「森の中心に行きたい。案内を頼めるか」

『あそこは死ぬ間際の魔物が向かう場所。若き龍が何故なにゆえそれを望む」


 カオウはツバキと目を合わせた。


「俺たちに必要なことだから」

『その人間は?』

「アーギュストの子孫だよ」

『なんと』


 それまでツバキを無視していた雷寵が、ようやく瞳にツバキを映した。


『ふむ……。龍と印を結ぶ人間が再び現れるとは。しかもあの場所へ行きたがると……アーギュストの子が……』


 かつての記憶を引き継ぎながら生きる雷寵の緋色は、ツバキが本当にアーギュストの血を受け継ぐ者かを見極めているようだった。

 しばらく沈黙した後、ついとの地を見やる。


『よかろう』


 飾り羽をたたんだ雷寵はトンットンッと軽やかに岩の上を飛び移り始めた。その先にはまた木々が密集した道なき道が見える。

 いくら雷寵にとって住み慣れた場所とはいえ、この速度のまま障害物の多い森へ進むには危険なのではないだろうかとツバキは不安になった。

 だが雷寵が甲高い鳴き声を発した瞬間、目の前にあった木が動いた。しっかりとした根はそのままで、雷寵が一歩一歩進むたびに平坦な道が開ける。


「どうなってるの?」

「地面が動いたんだよ」


 カオウは特段驚きもせず、ツバキを片手で抱き上げると雷寵の後を追った。

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