第7話 嵐の前の……
バルカタル城の裏庭では、三十個のクディル(魔力に反応して動く訓練道具)が浮かんでいた。
ツバキはそれらの真下に立ち、二重の円を作ろうと険しい顔で操作している。
指導者はトキツだ。腕を組み、滞空しているクディルが乱れていないか厳しくチェックする。
「よし。出来たら次は、内側の円は右回り、外側は左回りに回転させて」
「む……むり……」
「はいがんばってー」
ツバキはまず内側の円を回転させようと集中した。
等間隔に並ぶクディルを乱さず回転させるには同時に同じ速度で動かし、さらにその間も外側のクディルは落とさないよう気をつけなければならない。
ゆっくり動かしていく。
慎重に、慎重に。外側も注意して。
一つが勢い余って円から飛び出した。
外側のクディルに当たり、それが別のクディルに当たって弾け飛び、次々と縦横無尽に動き回って制御できなくなった。
「ツバキちゃん落ち着いて!」
そう言われても飛び交うクディルのどれから静止すればいいのかと目をさまよわせるばかり。自分の魔力がどのクディルに伝わっているのかさっぱりわからない。
(もうだめ!!)
ついにクディルが落下する。
顔に当たる寸前、カオウの手がパシッとクディルを掴んだ。他も全て静止させる。
「あり、が、とう」
クディルの硬い雨が降ってくると覚悟していたツバキは気が抜けてその場にしゃがみ込んだ。
ふうと一息ついてから、そういえばカオウは仕事中だったのではと思い出す。
「カオウ、お仕事終わったの?」
「まだだけど、ツバキが呼んだから」
「え? そんなつもりはなかったけれど。無意識に呼んでしまったのかしら。ごめんね」
「いいよ。どうせ収穫なかったし」
「なに?」
「いや、こっちの話」
カオウは「よいせ」と言いながらツバキの隣に座った。
本来魔法を使い城の敷地内へ入ると結界に感知されて大勢の衛兵がやって来るが、ジェラルドの臣下となってからカオウは除外されている。
「制御はできるようになってきただろ。今度は何の訓練?」
「思い通りに魔力を操る訓練。複数のクディルで円を作って違う動きをさせるのだけど、難しいの。魔道具と全然違う」
「そうか?」
カオウは宙に浮かせたままだったクディルを六個ずつに分けて五つの円を作り、それぞれを上下左右違う方向へ自由自在に動かし始めた。しかも三つは右回り、二つは左回り。高速回転させると光の環が飛んでいるように見える。
「カオウってやっぱりすごいのね」
「こんなの簡単だろ」
ふふんとドヤ顔をされた。
「私、もっと練習する!」
奮起して立ち上がり、両手を上げる。
するとカオウが後ろから手の甲をそっと包んできた。二重の円を作りたいと告げると、あっという間に作り直してくれる。
「一個一個動かそうとすんな。一つの輪と思え。俺が外側止めておいてやるから、内側からやってみな」
背中を支えられた安心感と優しい声が緊張をほぐしていく。
言われたことに注意しながら、ゆっくりゆっくり動かす。
「もっと全体見て。……うん、良くなってきた。そろそろ外側も意識して。そうそう。俺もう手伝ってないよ」
「えっ」
「ゆっくりでいいから外側も動かしてみて。……あー内側が乱れてきてる。全体見て全体。あっ」
内側の一つと外側の一つがぶつかった。また暴走する前にカオウが手を一振りして安全な場所へ落下させる。
最後までできなかったが、ほんの少しだけでも回転させられたツバキは感動した。
「すごいすごい! さっきまで全然動かなかったのよ。カオウありがとう!」
振り向きざま、満面の笑みで礼を言うツバキ。
真夏の海のようにキラキラしている。
「うっ」
カオウは咄嗟に目を瞑った。
「どうしたの?」
「ちょっと眩しくて」
「大丈夫?」
「あんま近寄らないで。でも離れちゃだめ」
「どっちなの」
既にガッチリとカオウの左腕に抱きしめられている。これ以上近寄ることも離れることもできそうにない。
「目が痛いなら魔力吸う?」
「そうしたいけど、ツバキも疲れてるだろ。訓練してたし、さっき俺を呼ぶときも力使ったし」
魔物を操る力を使ったつもりはない。
ツバキは小首をかしげた。
「思念で呼んだんじゃないの?」
「違う。体が勝手に動いたから、ツバキの力だ」
「ちゃんと命じてないのに?」
「たぶん、俺は影響されやすいんだと思う」
「印を結んでいるからかな」
「惚れてるから」
完全に不意をつかれた告白に頬を染めたツバキだが、カオウの顔が近づいてきたことに気づくと、肩を押して抵抗した。
「何する気」
「さっきの授業料だよ」
ググググ……と音が聞こえそうなほど力一杯引き寄せようとするカオウ。
ツバキは能力を使い、止まれと念じる。
拮抗した力の影響からか周囲の草が揺れ、近くにいたギジーの動きはピタリと止まったが、肝心のカオウは止まらない。
鼻先が触れそうになり、必死で顔を反らした。
「影響されやすいんじゃないの? 全然効いてないけど!」
「今は
スパーンッと小気味いい音を響かせて、トキツがカオウの頭を叩いた。
その隙にカオウの腕から抜け出したツバキを守るように二人の間に立つ。
「気を遣って静観してたら調子に乗りやがって」
「何だよ。前より嫌がってないだろ」
「そういうとこだぞ!!」
トキツはカオウに詰め寄る。目が本気だ。
「あのな、次何かあったら確実に首が飛ぶんだ。比喩じゃないぞ。本物がだ」
「報告しなきゃいいじゃん」
「ばかやろう」
「よく考えてみろトキツ」
カオウは至極真面目な顔でトキツの肩に手を置いた。
「我慢しすぎると余計に理性飛ぶってわかったから、キスくらい見逃した方がトキツのためにもなると思うぞ」
「開き直りがえぐい」
「一年もたない自信がある」
「致し方ない……か」
トキツは苦渋に満ちた表情で声を絞り出した。
「二人共バカなの?」
呆れたツバキは動けるようになったギジーの前でしゃがみ、
「ごめんねギジー」
『痛くないからいいよ。それより、さっきキュリが呼んでたぜ』
キュイと鳴いてギジーの長い毛から綿伝のキュリが出てきた。キュリもツバキの能力に当てられて動けなくなっていたらしい。
ツバキはそっと撫でながら、ピュリのそばにいるはずのサクラへ呼びかける。
「サクラごめんね。何かあった?」
『ツバキ様、先程陛下が部屋にいらっしゃったのですが……カオウが城に戻ったと知って、つい先程そちらに向かわれました。……その……カオウの知り合いという女の子と一緒に』
「カオウの知り合い?」
その時、突風が吹きすさんだ。
辺りの草や砂が舞い、咄嗟に目を固く瞑る。
風が治まり、ゆっくり目を開けたツバキは驚愕した。
カオウと見知らぬ少女がキスしていた。
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