第2話 バルカタルの罪と天の配剤

 二千年の歴史を誇るカルバルでは死後の世界が信じられており、後世に残る行いをした者は神に等しい存在となり天の世界で暮らすのだと伝えられている。


 バルカタル建国の祖、アーギュストは女神レイネスに導かれ、地上にはびこっていた妖魔を倒したため、他国の人間でありながら神格化された。

 ゆえにアーギュストの授印であったクダラもまた、生きながらにしてすでに神として崇められている。

 神や精霊を大事にするカルバルでは、バルカタルよりも過剰なほどだ。

 

「しかしこれは、少々派手過ぎやしませんかな」


 好々爺姿のクダラは、金の首飾りをジャラジャラと三連ほどつけ、翡翠や瑠璃、光の当たり方で色を変える希少石などがついた冠を被っていた。周囲には、薄青色の大きな羽根を扇いで涼しい風を送る美女たち、そして雌の虎豹が両隣にいる。


 その一段低い台に座るジェラルドも、同じく飾られてはいるのだが、派手さは控えめである。手元に用意された酒も器の質にも少々差があり、扇いでくれる美女たちの視線の熱量はクダラの半分ほどしかない。


「なんだか、クダラ様とジェラルド様で扱いが違う気がするのですが」


 さらに低い位置にいるのはシルヴァンとハトシェプトゥラだ。二人は一つの台座に並んで座り、後方にいるジェラルドたちを振り返る。


 彼らは今、カルバルにあるという地の精の遺跡へ向かうため、三日月型の船の上にいた。船といっても渡っているのは川ではなく砂漠だ。

 魔法で動いている大きな船の船室に、前からハトシェプトゥラとシルヴァン、ジェラルド、クダラの順で進行方向を向いて着座していた。


 ハトシェプトゥラは疑問を投げかけてきたシルヴァンへ、ふふんと流し目を向ける。


「神と等しきクダラ様と違うのは当たり前であろう」

「ジェラルド様も英雄神の血を引く方なのに、どことなく視線が冷たいような」

「英雄神の血を引くが、暗愚の王の血も引いているからな」

「暗愚の王?」

「サタール王から聞いておらんか?」


 ハトシェプトゥラは首に下げた、月の石という別名を持つ透き通った青い宝石を撫でながら、シルヴァンを品定めするように見る。


「六百年前の出来事はなんと聞いている?」

「バルカタルの祖が妖魔を倒し、精霊王が5つの精の力を借りて地底と地上を繋ぐ道を封じたと聞いております。そして、我が国の領土であるウォールス山に水の精が眠っており、加護を与えてくださっている」

「三百年前まで、人は精霊の姿が見えていたと知っているか?」

「聞いたことはありますが」

「見えなくなった理由は?」

「それは知りません」

「では、三百年前にバルカタルが犯した過ちについては?」

「三百年前……?精霊信仰を禁じたことでしょうか?」


 シルヴァンが腕を軽く組んで答えると、ハトシェプトゥラは大げさなため息をついた。


「はあー。千年以上の歴史あるサタールが知らないとはなんということか。大方、バルカタルと親しくなったころに、不都合な歴史を消したのだろう」

「不都合な歴史?」

「精霊信仰を禁じただけではない。当時のバルカタルの皇帝は、帝国中に点在していた精霊の祠を破壊していったんだ」

「……祠を?」

「信じられんだろう?祠は五つの精とつながり、加護を得るための祈りの場だ。それを壊すことは、精霊に唾を吐くのも同じこと。怒った精霊たちは人に姿を見せることをやめた。しかも罪はバルカタルだけが負えばいいものを、すべての地から精霊が姿を消したのだ。幸い、カルバルとサタールに眠る精の遺跡周辺だけは、引き続き加護を得られているが。我が国の者たちは、精霊の姿が見えなくなった原因の皇帝を今でも恨んでいるよ」


 だからその子孫であるジェラルドにも心なしか冷たいらしい。ジェラルドからしたら完全なとばっちりだが。


「それならば、なぜハトシェプトゥラ様は、今回のジェラルド様のご依頼をお受けになられたのですか。クダラ様がいらっしゃるからでしょうか?」

「………ジェラルドの頼みだからだよ」


 意味を図りかね、シルヴァンは端正な顔を傾けて続きを促す。


「そなたは、ジェラルドが水の精の遺跡へ行きたがる理由を聞いたか?」

「クダラ様と印を結ぶときに、精霊について調べると約束したとおっしゃっていました。バルカタルにあるはずの精霊王と火の精の遺跡の場所を割り出すために、サタールの水の精とカルバルの地の精の遺跡の明確な位置を知りたいと」

「それが今ということを、シルヴァンは不思議に思わないか?」

「どういうことでしょうか」

「バルカタルが精霊信仰を禁じたのは、世界の覇者になろうとしたからだ。戦は時に川を穢し、地を焼き、気を乱れさせる。それは自然の恵みを与える精霊の望みと正反対の行いだ。周辺の国々を手中に収めるため、暗愚の王は精霊の力よりも魔力を重視し、愚かにもその思想は今も続いている。だがジェラルドは、そんな帝国にいながらその考えに染まらず、精霊に興味を持った。そして、始祖以来誰も印を結べなかったクダラ様が認めるほどの高い魔力を持っている。さらに、私の妹を見初めた」

「ネフェルトゥラ様?」


 ハトシェプトゥラは再度振り返り、ジェラルドへわざとらしく含み笑いを見せる。それを視界にとらえたジェラルドの軽い一睨みを片目をつぶってはねのけてから前を向いた。


「暗愚の王の事件以降、カルバルの王族はバルカタルの皇族をよく思っていない。それなのにジェラルドはネフェルトゥラに惚れ、何年もかけて結婚の許しを求めた結果、私たちのバルカタルへの抵抗感を解いた」

「あのう、それが何か関係があるのですか?」

「それが、妖魔がわく前兆を見せ始めた今、というのが重要なんだよ」

「い、今……なんと?」


 妖魔がわく前兆と聞いたシルヴァンの顔が曇った。

 いつもどこか腹に一物を抱えているようなシルヴァンの綺麗な顔が変わり、ハトシェプトゥラはしたり顔になる。


「おや、情報通のサタールが気づいていなかったか?東の国の日照不足問題、サイロス州の疫病、そしてカルバルでは最近地震が頻発している。サタールも何か異変があっただろう?」


 シルヴァンは目を見開き、観念したように軽く息をはいた。外に漏れないようにしていた異変があった。


「治癒の泉が濁りました。古くからウォールス山に住む魔物が、精霊の加護が弱まっていると騒いでいます。しかし、それが前兆なのでしょうか?」

「決定的な証拠はない。しかし、何かがおかしいと感じるには十分だ。だから、英雄神の子孫であり、クダラ様と契約した、私のかわいい妹の夫であるジェラルドが情報を求めるなら、応じるべきだと判断した」


 それが天の配剤かもしれないのだから、と女王は真実を視る目をそっと閉じ、口許に弧を描いた。 

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