第21話 うだうだと 淡々と
炊きたてのご飯にウヤという川魚の塩焼き、フュットという豆腐のような具材の味噌汁、温泉卵。それが宿の朝食。
「とっても美味しそうね!」
ツバキが外の晴天に負けないくらい明るい声を上げた。
いかにも空元気とわかるその姿に、痛々しさを覚えるトキツとギジーだが、どんよりされるよりもいい。
ギジーは魚を頭からバリバリ食べながら、相棒へ思念を送る。
<カオウの分食べていいかな>
<一応取っておけよ。ツバキちゃんがいない合間に来るかもしれないだろ>
<あいつ、ずっと隠れているつもりかな>
<移動が必要になったら来るよ>
<気まずい空気嫌だなあ>
<そう言うなって>
トキツは上品に魚をほぐしているツバキをちらりと見た。
「それで、レオはなんて?」
「赤い石を作っている場所と言っていたけれど、何か知ってる?」
ツバキはレオから聞いた赤い石の情報を伝えた。
副長官がロナロ人の血を使って赤い石を作っていること、できた石は魔力を吸うのではなく、何か違う効果があるらしいこと。皇帝はもう調査しているらしいこと。
話せば話すほどトキツの顔が険しくなっていき、ツバキは首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……」
トキツは気まずそうにご飯に目を落とした。
その赤い石を見つけたのはトキツだ。ケデウム州のヒエラという街の夜店で売られていた。首を突っ込まないようツバキには話さなかったというのに、なんの因果か結局知られてしまった。
陛下に口止められていたのにどうしようかなと俯いてご飯をかきこんでいると、
「トキツ」
といつになく凛とした声で呼びかけられてぎくりとする。かきこんでいた手を止めてちらりと正面を見た。
ツバキは何か知っているんでしょう?と言いたげな視線をトキツへ向けていた。その射抜くような目は有無を言わさぬ迫力があり、あの皇帝にそっくりだった。どうしてそう引き寄せられるように行きたくないところへ行くことになるのかとトキツは嘆息を漏らす。
「その石のことなら知ってる。水につけると水が増えたり、美味しくなったり、火の中にくべると火持ちがよくなったり、勢いが増したのもあったな」
「それ、霊力のあるロナロ人の血で作ったからかしら」
「霊力があるとそういうことができるなら、そうだろうな」
「お兄様がもう調べているというのは本当なのね?」
「赤い石を見つけたおやじが言うには、アマルナって街を通ってた馬車から落ちたらしい」
落とし物を盗んで売ることについては深く追及しないとして。
アマルナはかなりの田舎で、整備された道は少ない。馬車はダブロン山脈の一つであるテインツ山からやって来たというところまではわかったが、そこから先は調査しきれていないらしかった。
「副長官がそれをつくっていたというなら、そこに副長官もいると思う?」
ツバキがうーんと眉間に皺を寄せながら問いかける。トキツも、んーと口をへの字にして考えた。
「どこに隠れているかわからない以上、そのつもりでいた方がいいかもしれない。……やっぱり危険だからツバキちゃんは行かないほうが……いえ、なんでもありません」
ツバキの鋭い視線が飛んできたので口籠るトキツ。ゴホンと咳払いして言いなおす。
「一先ずテインツ山へ行ってみるか。レオの言うことをすべて信じるのもどうかと思うけど」
「だけど、他に手がかりがないのだもの」
「そうだなあ。だけどテインツ山って、結構遠いよ」
地図を見て目的地までの距離を考えたツバキの顔が暗くなった。
この街からアマルナへは馬車なら丸一日、高い運賃を払って平民用の飛馬車に乗ったとしても十時間以上はかかる。
つまり、カオウの出番。
「トキツさん。もう少し歩きやすい格好に着替えてくる。三十分ほど洗面所にいるから……」
ツバキは立ち上がって、カオウの席に置かれた朝食を一瞥した。
「わかった」
意を酌んでくれたトキツに申し訳程度に微笑んで、ツバキは洗面所へ向かった。
簡単な仕切りのような薄い扉を閉めて少し待つと、カオウが部屋に現れた気配を感じ取る。
ツバキは自分の空間に入れた着替えを取ろうとした。まだ空間に慣れていないツバキは手探りだけで取り出せず、顔も入れる。空間には衣類や靴の他にカリンが準備してくれた化粧品の類と、ウィッグと、現金が入った袋、傘などが入っていた。
着替え中、部屋から時折聞こえるカオウらしき声が胸に突き刺さる。
気を紛らわすように違うことを考え始めた。
(アマルナについたら精霊に場所がわかりそうか聞いて、近ければ精霊についていこう。だけどずっと精霊を見ていると疲れてしまうから、慎重に使わなきゃ)
取り留めのないことを考えながら準備を終え、まだ十分と経っていないと気づくと竹編みの小さな椅子に座った。うだうだと引き続き気を紛らわすように考える。
(副長官はどうして赤い石なんて作ろうとしていたのかしら。それに、ケデウム州を乗っ取ったところで、すぐに奪い返されるのはわかるはず。ということは、副長官の後ろにはそれに対抗できる相手がいるってこと?それってウイディラ?もしそうなら、それに加担していたレオもウイディラの人?でもウイディラ人は大柄で彫りの深い顔の人が多いって聞いたことがある。レオは大柄だけど、顔はケデウムにいても違和感がない。それに、この国のことは恨んでいないって言ってた。どこの国のことを言っていたんだろう。ああそれから、サタールとの同盟を知っていたことも気になる)
「ツバキちゃん、もういいよ」
ぼんやりと思考の波に乗っていたツバキがトキツに呼ばれて部屋へ戻ると、カオウの席にあった魚は骨まで綺麗に食べられていた。
「じゃあ、カオウを呼ぶよ」
宿を出て、人気のない場所へ歩いて移動したツバキたちは綿伝でカオウを呼び出した。
変な緊張感がツバキの全身をソワソワさせた。現れたカオウを直視できず、俯く。
目的地を伝えてくれているトキツの声と、「掴まって」と言うカオウの素っ気ない声。
差し出された腕に触れる前にどうしても気になってカオウの顔を見上げたが、目が合ってしまいお互い咄嗟に逸らした。
一瞬だったがカオウの顔色が悪かった。
(魔力吸わなくて大丈夫かな)
いつも朝食後に魔力をあげるのに、今日はあげていない。下へ落とした視線を上げようと何度も躊躇う。
「カオウ、寝不足?魔力いる?」
「いらない」
そっと顔を上げて勇気を振り絞って言ってみたのに拒否されて落ち込むツバキ。
(いつもあんなに欲しがっていたのに)
「早く掴まって」
冷たい声に泣きそうになるのを堪えて腕に掴まると、いつもの胃が浮く感覚の後、人気のない街の路地から緑豊かな村の入り口へ視界の景色が変わる。
気づいたときには、すでにカオウはいなくなっていた。
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