第14話 縁

 朝食を終えたツバキたちはパン屋の二階にあるリビングで状況を整理することにした。叔母夫婦とルファはすでにパン作りで一階へ降りている。


「水の精霊は守護者をロナロへ戻せと言っていたけれど、守護者ってリタのことかしら」


 ツバキが対角線上に座るアフランへ確認すると、アフランは頷く。


「リタだけなのかはわかりませんが」


 守護者が必要な理由までは教えてもらえなかったが、わざわざ人間を探すためだけにツバキへ霊力を与えるほど、水の精霊にとって重要なことらしい。


 問題はリタたちがどこにいるかだ。精霊に聞くため一昨日と同じように水差しへ水を入れて呼び出すことには成功したが、彼らはあまり知能が高くないらしく、”ここじゃない”、”遠い”くらいしか答えてもらえなかった。


「どの辺を探すか当たりをつけないといけないわね」


 ツバキは机にエイラト州の地図を広げた。 


 今ある手がかりは、水の精霊の加護が届かない場所ということだけだ。


 だが、精霊の加護は明確な境界線があるわけではないらしい。水の精霊の場合は農作物に影響を与えるが、その範囲は年によって変わり、ウォールス山から遠ざかるほど、この地にはそれがある”らしい”と伝わっているだけの不明瞭なものになる。


 とりあえずアフランが知っている範囲を囲ってもらったが、目的はその外なので途方もなかった。


「こんな手掛かりだけじゃ探しようがありませんね」


 ため息をつくアフラン。

 ツバキは顎に手を当てうーんと唸る。


「じゃあリタたちを誘拐した目的や犯人について考えてみましょうか。アフラン、リタには何か特別な力があったの?」

「次期村長という立場ではありましたが、リタも自分に霊力があるなんて知らないと思います。精霊を守っていると言っても、お祈りしているだけでしたし」

「そう……。それならどうしてかしら」

「普通に考えれば、どこかへ売るためじゃないか?」


 先代皇帝から奴隷制度は撤廃されているが、まだ完全になくなったわけではない。トキツがそう答えると、ツバキは首を振った。


「それなら、わざわざ魔力のないロナロ人は狙わないでしょう。それに村を襲ったのは、誘拐したことを隠すためってことはない?」

「どういうこと?」

「だって、パレードの事件でロナロは嫌でも注目されるのよ。特別な理由もなく誘拐なんて目立つことするかしら。どうしてもリタたちが必要で、攫ったことを知られたくなければ………」


 最後まで言わず、ちらりとアフランを窺い見る。彼は青ざめた顔で、気を落ち着かせるように紅茶の入ったコップを握りしめていた。


「攫われたことが事実なら、その可能性もあると思うの」


 村長や屈強な男性たちが村から出て行った隙を狙ったのだとしたら。

 なぜそんなことをしてまで誘拐しなければならなかったのか、何をしようとしているのか、それが分かれば場所もわかりそうだが、それについても何も手がかりはない。


 次に犯人について考え始めたツバキは頭にズシンと重い石が乗った気分になり、正面に座るトキツへ目を向ける。


「トキツさん、村を襲った犯人はやっぱり……レオだと思う?」


 彼はアモルの街では銃をトキツへ向けたし、狼を容赦なく撃ち殺している。人を殺すことも躊躇いはないように感じた。だからと言ってそんな非道なことができるような人とも思えなかった。


 トキツは、レオの名に反応したカオウを目の端に捉えつつ、頷く。


「協力者だと本人も認めたんだろう?ロウはそう考えて奴を追ってる」

「どこまでつかめている?」

「商人というのは本当らしい。魔道具、武器、情報、人、何でも売っていて、殺しも請け負っている。金になるなら何でもする男って話だ」


 ツバキの胸がチクリと痛んだ。わずかでも一緒に過ごした人がそんな人だったという事実が恐ろしくもあり、まだ信じられないという気持ちも残っている。


「彼はどこの国の人なの?」

「容姿はケデウム州の人に近いな。だが商品はウイディラで開発されたものが多いし、東の国で商売を始めたという噂もある。彼の名がケデウムの裏社会で広まったのはここ一・二年のことらしい」

「ケデウム……」


 ツバキが押し黙ったのを見て、トキツは慌てた。


「まさかケデウムへ行こうとか言わないよな?」

「でも、可能性はあるわよね。とりあえず州境まで行って、近づいたか精霊に確認してみましょうよ」


 ケデウムの国境沿いではいつウイディラとの戦が始まるかわからず、治安は日に日に悪化している。ケデウムへは不用意に近づくべきではなかった。

 ツバキもそれはわかっているが、助けるためなら行かなければならない。

 しくじれば殺す。そう告げた水の精霊の声はまだ耳に残っている。ツバキはまたいつ痛むかわからない心臓の辺りに手を置いた。



 


 昼頃、ツバキたちは州境の街へ向かうことにした。

 叔母夫婦とルファへ世話になった礼を言い終え、今は店の前でアフランと別れの挨拶をするところだ。


「僕に何かできることはないのでしょうか」

 

 アフランはエイラトからは出られない身で、ついて行ったとしても足手まといになるだけとわかっている。それでも少しでも役に立てないかとソワソワしてしまう。

 そんなアフランの心境を慮ってか、ツバキが柔らかく微笑む。


「ありがとう。十分助けてくれたわ。でもそうね、もし可能なら、精霊やロナロの歴史について調べておいてもらいたいの。特にロナロに守護者が必要な理由を。帝都の城の図書館にはなかったけれど、もしかしたら水の精霊の加護があるエイラト州の図書館ならあるかもしれない」

「それくらいでしたらお安い御用です」

「あと、州の図書館になかったら、エレノイア姉様……州長官へ頼んで城内の蔵書室も調べてくれないかしら」

「…………はい!?」


 にっこりと何の躊躇もなくとんでもないお願いをされ、アフランの目が点になった。


「む、む、む、無理です!僕は平民ですよ!文官でもありません!そんなところへなんて入れるわけありません!」

「これがあれば大丈夫」

 

 ツバキはポーチほどの大きさの鞄から一通の封筒をアフランへ渡す。セイレティアのサインと皇族の封蝋が押してあった。中にはアフランが皇女の使いであることを書いた手紙が入っている。


「ええ!?で、ですが、僕なんかがこれを出しても取り合ってくれるかどうか……」

「もちろん先にエレノイア姉様にも連絡しておくわ。姉様は融通の利く方だから大丈夫よ」

「し……しかし……」


 ツバキは完全に狼狽して目が泳ぐアフランの手を両手で包んだ。


「アフランは文官を目指しているって聞いたわ。これを有益に使ってね」


 この書状があれば皇女がアフランの身元を保証したことになり、文官採用の合否を決める際、平民だからといってないがしろにできなくなる。

 ツバキとしては霊力があるなんて貴重な人材は保護すべきだと思うが、口出しできる立場ではない。


「あ、もちろん特別扱いじゃないからね。きちんと筆記試験は受けてもらう。だけどそれだけじゃ文官になれないことくらい知ってる」

「ですが……平民の僕にこんなことをしたら、ツバキ様が悪く言われるのでは」


 特に貴族に良く思われないとアフランは危惧しているのだろう。ツバキは些末なことだと笑った。


「それならアフランも僻まれるわね。気になるなら出さなくてもいい。でもせっかく村を出て自由になったんだもの、自分の人生は自分で決めなきゃ。そのためなら私の肩書きでも何でも、使えるものは使って?」


 アフランはほのかにさわやかな香りが漂ってくる藍色の封筒を不思議な心地で見つめた。皇族の封蝋なんて博物館でしか見たことがない。しかも中には、雲の上の存在であるはずの皇女がただの平民のために書いた手紙が入っている。畏れ多すぎて手が震えてきた。だがこれがあれば、諦めていた文官への道が開けるかもしれない。

 アフランの目に熱いものが込み上げる。

 思わず膝をつき、頭を垂れた。


「あっ。ちょっとアフラン!?やめて!それは!!絶対!!!」


 ツバキはぎょっとしてアフランを止めた。

 幸い人通りは少なく、背の高いカオウとトキツの陰に隠れており周囲には見られなかったのでほっと胸を撫で下ろす。


「じゃ、じゃあアフラン。本当にいろいろとありがとう」

「こちらこそ、皇女様のお役に立てて光栄です。どうかリタたちをよろしくお願いします」


 深々と頭を下げる(今度はちゃんと立って)アフランに手を振って、ツバキたちは次の目的地へ向かった。


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