第7話 尋問
黄土色のターバンを巻いた脂ぎった小太りの男が明らかに営業用のスマイルを貼り付けて、目の前の男と対峙してから何分経っただろうか。すべてを見透かしているような冷気を纏った視線を向けられて凍る体を悟られぬよう、身じろぎを繰り返している。
「タカノという武器商人を知っているか」
ロウは小太りの男が身じろぐたびに聞こえる椅子のギイギイという音に眉を寄せた。
この男が経営する武器屋の店舗内で殺気立つガラの悪い三人の用心棒に囲まれるよりも不快だ。
「タカノ……。ああ、先月殺されたって聞きましたよ。怖いですねえ」
小太りの男は下卑た笑いを浮かべる。職業柄人が死ぬことに耐性があるのか、本当に怖いとは感じていないようだ。
「そのタカノはゼントラル商会という他国の店と取引をしていた。知っているか?」
「さあて。聞いたことございませんな」
ロウは弓なりに細められた男の目から真偽を探る。
イリウムで殺されたタカノという武器商人の店を捜索しても、銃は見つからなかった。その店が管理している倉庫にも。さらに銃を取引した帳簿もなかった。
そこでケデウムの知人に掻き集めてもらった情報により、店に異国風の男が何度か出入りしていたことがわかり、その男を調べていくうちにゼントラル商会という名が浮上、ようやくその商会の社長がレオという男だと突き止められた。
ゼントラル商会は昨年からケデウムやイリウムで知られるようになった会社で、表向きは日用品やちょっとした魔道具を売る店だが、裏では武器・情報・人も売買し、さらに殺しなどの仕事も請け負っているという。
銃も、そしてパレードで結界を破った赤い石もその商会で扱っていた。ツバキが言っていた通り、レオがロナロの村長たちに協力した男だという話に信憑性が出てきた。
だが肝心のレオを捕まえることはまだ出来ていない。ケデウムやイリウムの店は潰したが裏業界まで完全に手が回ったとは言い難く、いまだに軍や警察の目をかいくぐって商売をしている可能性は大。
では武器商人が仕入れたという銃はどこへ消えたのか?それをこの小太りの男が知っているはずだった。ただそれは、正式な調査で得た情報ではない。
男はイリウムで殺された武器商人と取引があっただけの相手だ。従って今は警察署へ連行せず男の店で聞き取りをしている段階で、強くは出られない。
普通の警官だったなら。
ロウは煙草に火をつけて肺に一度入れた煙を男の顔へ吐き出す。
煙から顔をそらしゲホゲホとむせた男が再度顔を上げると、眼前に鋭い刃先があった。あと少しでも顔を動かせば目の間に刺さるスレスレの場所にある、鋭い切っ先。
冷たい汗が顔に浮き出る。
だがよく見ればそれは刃ではなく、氷だった。
小太りの男は体を反らして氷から離れ、すぐさま三人の用心棒へ視線を走らせる……が、時すでに遅し。
ロウが煙草に火をつけた意味を瞬時に理解した彼の部下一号が、中央警察署一と知られる巨体に似合わない俊敏さで三人を縛り上げていた。
用心棒たちを店の隅に放り投げた部下一号は、帝都の自宅で飼っている小鳥のピヨシを思った。署長に従って家を離れてニ週間。妻はちゃんと世話をしてくれているだろうか。子供が独立してさみしくなった心の隙間を埋めてくれたピヨシ。ああピヨシ。ピヨシに会いたい。
部下一号はこれから始まるショーともいうべき尋問を直視しないよう、静かに目を閉じた。
ロウは足を組んで余裕の笑みで煙草をふかす。
「言い方を変えよう。ゼントラル商会を知っているな?」
「し……知りませんねえ、そんな商会は」
若干上ずった声でそう答えると、それまで姿を消していた黒豹が机の上へ軽やかに飛び乗り、食い殺さんとばかりに大きく口を開けた。
きらりと光る白い牙。
牙の先から唾液がポタリと机に落ち、男は歯がカタカタ鳴らないよう食いしばる。
「ではこの男はどうだ。赤い髪の、レオという名の男だ」
ロウが差し出した似顔絵をちらりと見て、ごくりと唾を飲み込む。しかし男は首を横に振った。
「一緒にいたという目撃証言があるんだがなあ?」
黒豹のコハクは久々にやりがいがありそうだと呟いて男の体に霜を降ろし始めた。
うっすらと体が白くなり、唇が紫になっていく。
吐いた息が白い。
「し……知ら……ない。そんな……男……は………」
男はそれでも否定する。赤い髪の男のことを話せば、彼の部下に殺されるからだ。
ロウが無言で顎をクイッと上げた。
それを合図に、コハクは何十本もの太い注射針のような氷柱を一瞬で生み出し、尖端を男へ向けて顔の周りをクルクル飛ばし始めた。
『無理してしゃべらなくてもいいぜ。楽しみが減る』
舌なめずりをするコハク。
氷柱は男の顔から一定の距離を保って回っているが、時折一本だけ近づき頭に巻いたターバンをブスっと刺していく。
クルクル回り、後頭部をブスッと刺す。
クルクルクル……左側をブスッ
クルクル……右側をブスッ
クルクルクルクル…………前をブスッ
クル……左側をブスッ
『今はターバンだけどさあ……。そのうち間違えちゃうかも?』
クックッと楽しそうに笑う。
男の体が震え出した。
氷柱はなおもクルクル顔の周りを回り、ターバンをブスっと刺し、また回り、同じ勢いで顔のギリギリまで近づいてピタリと止まった。
ゆっくり離れたと思ったら素早く近づく。
また離れ……勢いよく近づき、鼻の頭ギリギリで止まる。
また離れ……近づいて右の眼球ギリギリでピタリと止まる。
また離れ……近づいて左の眼球ギリギリでピタリと止まる。
また離れ……ついに頬を少し刺した。ぷっくりと血が一滴盛り上がり、顔についた霜に赤い線が描かれる。
『あ、ワリ』
まったく悪いと思っていない声。
体の内側が凍えてしまいそうだった。
わずかに残る男の意地を振り絞るように、男は叫ぶ。
「横暴だ!こ……こんなことが許されていいものか!俺はケデウム州の軍にも顔が利くんだぞ!!」
「ほう。それは誰だ?」
「…………ぐっ」
しまった、と男は焦る。
軍に顔が利く理由は、この男も銃をゼントラル商会から仕入れており、密輸入する際に賄賂を渡しているからだ。商会について調べているロウという男には、関係を知られてはまずい。
そのとき、店の奥からロウの部下二号が現れた。
小太りの男の周囲を飛び回る氷柱を見てげんなりしつつ、ロウにあることを耳打ちする。
それを聞いたロウが冷笑した。
「…………!!」
男は店の中の気温が一気に二度ほど下がった気がした。
ガタガタと体が自分のものではないほど震え出す。
ロウは煙草を灰皿に押し付けた。
「店の奥から高価な宝石やら美術品が見つかったらしい。納税額からすると収入に到底釣り合わない額のものらしいぞ?不思議だな」
「も、貰い物だ!」
「大量の銃も見つかった」
「何!?そこにはあるはずない!」
言ってから口を押える。
「そうだな。店の奥にはなかった」
「なっ。……だましたのか!?」
「タカノがゼントラル商会から買った銃も今お前が管理しているはずだ。素直に白状すれば、悪いようにはしない」
白状しなければ針山地獄か灼熱地獄が待ってるぞと言わんばかりの冷酷な睨みに、武器商人の魂が抜けそうになる。
「聞きたいことは三つだ。銃は今どこにあるか。誰に指示をされたのか。軍や警官、役人からも隠さなきゃならないが、どうやって隠した?いや、誰に賄賂を渡している?」
「そ…それは……」
なんとか魂を現世に引き戻し、歯を食いしばる男。
『指いっとくか?』
コハクの目が爛々としてきた。氷柱が舞うように一つにまとまり大工道具のノミのような刃物が形成される。ちょうど指一本分の幅。
「指ならいいか」
平然と言ってのけるロウ。
部下二号の授印である手乗りサイズの
部下二号は聞いていないフリをし、彼の授印もポケットの中で出番が来ないようガクブルしながら祈った。
『どの指からいく?十本あるぞ。自分で決めさせてやる』
氷で男の両手首を机の上に張り付け、全ての指の根元に氷の輪を作り、きつく圧迫しながら冷やし始めた。
『氷だと思って油断しちゃダメだぜ。切れ味抜群♪』
コハクが目をキラリと光らせ氷のノミをストンと落とした先には鉄製の文鎮。パックリ真っ二つに割れていた。
男の顔に血の気が無くなる。氷で冷やされた指の感覚も無くなり始めた。
『何本まで耐えられるか楽しみだ。スパンッて飛ぶんだぜ。指って』
氷のノミが宙を舞い、ど・れ・に・し・よ・う・か・なのリズムで右手の小指から順に触れていく。
『決められないなら決めてやろうか?俺は優しいから、まずは小指にしといてやるよ』
左手の小指の根元にあった氷の輪が溶け、ノミの先端が当てられる。
男は必死で左手を動かそうともがくが抜け出せない。
「ひっ……や、やめろお!!!」
『いいねえ、もっと悲鳴聞かせろ』
「お、おい。こいつを止めろ!」
「ここはお前の店だから汚れても問題ない」
ロウは男を見向きもせず、箱に残った煙草の本数を数える。ケデウムでもこの銘柄の煙草は売っていたかと部下二号へ問いかけた。
『さあいくぞ。十、九、八……』
ノミが高く上がり、コハクの顔が狂気に満ちる。
『七、六、五、四……』
「や、やめ……おい……あ……」
『三、二、一…』
ヒュッとノミが下降する。
「わかった!!言う!!言うから!!」
『零』
ピタ、と止まった。
安堵した男の顔は涙とよだれでぐちゃぐちゃだ。
コハクは至極つまらなそうな表情でロウを見上げる。
ロウは満足げに微笑を返し、男を冷たい視線でねめつけた。
「洗いざらい話してもらおうか。もしまた言い渋ったら……わかるな?」
コクコクと壊れた人形のように頷く男。
それからは従順だった。銃の保管場所・大量の銃を欲していた人物・汚職にまみれたケデウムの軍や警官、役人の名前全てを白状した。
レオに関しての新情報はなかったが、なかなか良い収穫を得られた。今夜中に報告書をまとめれば明日には帝都へ帰れるだろう。
やっとピヨシに会える。
部下一号は安らかな顔でそっと目を開け、コハクが小太りの男に雹をぶつけてからかっている場面が見えると、再びそっと目を閉じた。
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