第31話 夜のお相手

 暗闇に浮かぶ五つの楕円形の枠の中に映し出された五人の男たち。

 それはカオウ・トキツ・ロウ・レオ・シルヴァンだった。

 全身と少しだけ背景が映っている。


「これは……?」

「今現在の彼らよ」

「ここってこんなこともできるの?」

「これはあたしにしかできないわね」

「レインって、本当に何者?」

「ふふ」


 胡乱な目でツバキが見つめると、レインは髪を後ろにはらって色っぽく微笑む。


「そんなことより、この五人の中で誰の元へ行きたい?」

「はい?」

「好きな男性のところへ送ってあげるわよ」

「す、好きな男性って……」

「あ、好きってただの好意じゃないわよ。誰とシたいかってこと」

「何を?」

「何をって……ホント、ウブねえ」


 レインは豊満な胸の下で腕を組み、誘惑するようにツバキへ見せつける。


「夜のお相手といえばわかるかしらあ?」

「!?」


 ツバキの顔が茹でダコのように赤くなる。

 レインがニマニマと楽しそうだ。

 これは完全に揶揄われている。


「どうしてこの五人なの?」

「トキツは微妙なところだけど、カオウとレオは確実にあなたに惹かれてるし、シルヴァンからは求婚されたでしょ。ロウはあたしのタイプだから」


 うふふと色っぽくウインクするレイン。


「まずはカオウ」


 カオウの映像が他の倍の大きさになった。


「今はもう夜なのね」


 カオウの背景には夜空が映っていた。おそらく棟の屋根の上にいるのだろう。悔いるような、切なそうな表情でぼんやり手元を見ていた。

 きゅっと胸が痛む。


 レインが唇に人差し指を当てて首を傾けた。


「カオウとあなたは初めて同士だから、お互い試行錯誤しながら愛を育む感じかしら? あたし的にはちょっと物足りないけどお」

「何を言っているの?」


 恥ずかしさに両頬を包むツバキ。


「次はトキツ」


 カオウの映像が小さくなり、トキツの映像が大きくなった。

 トキツは宿舎の自室と思われる場所で顔をしかめていた。心配しているだろう。

 それなのにここでこんな話題をしているなんて非常に申し訳ない気持ちになる。


「彼は……そうねえ。とってもあま~く愛の言葉をささやいてくれて、優しくじっくりあなたを喜ばせてくれるわよ」

「やだちょっと。何言ってるの!」

 

 ツバキは耳を塞いで目を瞑った。レインはツバキの両手を掴む。


「初めてなら彼みたいな人がいいと思うけど」

「初めてって言わないで!」

「ふふふ。次はロウ」


 ロウはまだ仕事中らしく制服を着てコハクと話していた。相変わらず仏頂面だが周りにコハクしかいないのかいつもより表情が柔らかい気がする。


「初恋の相手なのよねえ」

「十歳のころのことだし、今は何とも思ってないわ」


 と言いつつ、昔を思い出して少しだけ頬を染めて目を逸らした。


「甘酸っぱい思い出よねえ。でも見る目あるわよお。彼はSっ気を出しながら女の喜ぶところを的確に攻めてくるタイプ。それにあのたくましい体に抱かれるなんて考えただけでゾクゾクしちゃわない? 普段仏頂面の彼がふっと笑う瞬間が見られるのもたまんないわ」


 まるで相手をしたことがあるかのように話すレイン。もう聞きたくないと抗議するツバキを無視して恍惚とした表情を浮かべている。


「さてお次は、お待ちかねのレオ」

「待ってないから」


 レオはちょうどお風呂上りだったのか上半身裸で上気した肌が艶めかしい。

 咄嗟に目を覆う。


「なかなかいい体よね。彼はねえ、この中で一番激しいわよ。一晩中激しく求められて何度もイ」

「きゃー!!」 

 

 続きが聞こえないよう思いっきり叫ぶ。


「いい加減やめて! こんなこと聞きたくない!」


 涙目で睨むがレインは余裕のある笑みで跳ね返す。


「まだシルヴァンがいるけど」

「必要ないってば」

「彼は基本トキツと同じタイプでたまにSな本性が出るって感じね」

「だからしれっと言わないでよ」

「ちなみにジェラルドは……」

「兄のなんて絶対聞かないからね」

「上級者向けとだけ言っておくわ」

「……最悪」

「ふふふ。さあ、誰がいいの?」

「誰と言われても」


 ツバキは頬を赤らめた。

 あんな恥ずかしいことを聞いてその人のところへ行こうなんて思わない。


「心配しないで。別にその人のところへ行ったって何するわけじゃないから」

「それならどうしてあんな話したの?」

「ただの暇つぶしよ」

「暇つぶし!?」


 じとっとした目で睨むと、レインは声を上げて楽しそうに笑った。

 笑い過ぎて目にたまった涙をぬぐう。


「この中なら、やっぱりカオウがいい?」

「そりゃあ、カオウがいいけど。でも」

「またキスされたら困っちゃう?」

「……うん」

「アベリアにこってり絞られたから、もう暴走はしないはずよ」

「そんなことまで知ってるの?」


 軽くウインクして微笑むレイン。これまでのように揶揄うものではない自然な笑みだった。


「再会してからじっくり二人で話す時間なかったでしょう? 今なら話せるはずよ」


 ツバキの不安をなだめるような声。

 これまでずっと飄々としていたのに、急に慈しみ深い眼差しで見つめられると反応に困ってしまう。


「とても反省しているみたいだし、許してあげたら?」

「だけど、まだ……」


 まだ何にも解決していない。

 変化を受け入れる前にぶつけられた感情が怖かった。

 これから変わってしまう関係を考えるともっと怖い。

 彼の気持ちに向き合う覚悟も、離れる勇気もない。

 向き合ったところで、皇女である責任が重くのしかかる。


「今はどうしたい?」

「今は……」


 目の前に映し出されたカオウはとてもさみしそうだった。

 切なそうに見上げる先に何があるのか、じっとしていて動かない。


 思わずツバキは近づく。


 今は、彼にこんな表情をさせたくないという気持ちだけだった。

 一緒にいたいという願いだけ。


「それでいいのよ」  


 レインがしっとりと柔らかく微笑む。

 その笑顔に後押しされるように、ツバキはこくりと頷いた。

 すると、よしよしと頭をなでられる。


「久々に人と話せて楽しかったわ。ありがとう。またね」


 レインは投げキスをしてから、再び指をパチンと鳴らした。

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