第27話 変な痕

「んっ……や……カオウ……!」

「ツバキ、もっと力抜いて」

「……だめ……できない………やめ……」

「すごいね。どんどん溢れてくる」

「ああっ……もう……むりっ……」


 頬を紅潮させたツバキがカオウの体にしな垂れかかる。それでもカオウは止まらずツバキの首筋に舌を這わせ、ビクッと震えるツバキの反応を楽しんでいた。


「ちょっと何やってんの」


 なんとも言えない表情のトキツに声をかけられる。ギジーが長い指の隙間から二人を覗き見ていた。

 幸せな時間を邪魔され、カオウは舌打ちする。


「何って、魔力制御の練習に付き合ってるだけだよ」

「まったくそう見えないんだけど」

 

 二人は城と始祖の森の間にある広大な裏庭の、大岩の陰に隠れたところにいた。カオウが足の間にツバキを座らせて後ろから抱き締めている。どこからどう見ても睦みあっているようにしか見えない。

 カオウは疲れ果てて眠ってしまったツバキの頭をなでながら説明する。


「この前クディルで練習していただろ。でもあれって結局は俺から魔力を吸い取られないように制御するためなんだろ? だったら、実戦した方が早いかと思って」

 

 どんどん魔力を吸い取ろうとするカオウに必死で抵抗していたツバキだったが、なかなかうまくいかず先ほどのような、ちょっと耳を塞ぎたくなるような状況になったらしい。


「印は手首につけたんじゃないのか?」


 トキツが問うと、カオウはにやりと笑い、ツバキの髪を後ろに払って右肩を露わにした。

 肩のやや背中側に金色の印が付いていた。先の尖った長い羽根が三枚連なり、龍の尾のように長い三本の線が絡み合いながら伸びている。

 

 しかし右肩についていたのは印だけではなかった。

 咄嗟にトキツはギジーの両目を覆う。


「お前……いくらなんでもがっつき過ぎだろ」


 印の上に謎の痕がいくつもついていた。

 印から外れた首筋にも。

 カオウは照れつつも口を尖らせる。


「だって、昨日全然ツバキと二人きりになれなかったし」


 せっかくツバキが目覚めたというのに、そばには必ず侍女の誰かがいた。

 さらに、カオウの部屋は他の授印同様皇族の寝室の続き部屋に用意されたが、就寝時間はツバキの部屋に結界が張られたため、夜こっそり入ることもできなかった。もし入ったら塔全体にけたたましいサイレンが鳴り響くらしい。


「今日もずっと侍女の誰かに見張られてさ。むかついたから瞬間移動して無理やり連れてきた。それなのに……」


 じろっとカオウはトキツを睨む。


「見つけるの早すぎ」

「そんなことないだろう」


 トキツとギジーがサクラから二人の捜索要請を受けたのが約四十分前。場所はすぐ判明して宿舎からここまで最短ルートを走ってきたが、広すぎる城内ではどんなに急いでもそれくらいかかってしまった。それでもカオウにとっては短かったようだ。

 もっと時間がかかっていたら何をする気だったのか聞くのが恐ろしい。


「だけど、ちゃんと城内に留まるくらいの理性はあるんだな」

「まあ……ツバキに嫌われたくないし」

「いや、首についてるそれを見られたら、相当怒られると思うけど」

「う…………それは……」


 カオウは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 肩に印をつけてから、今日初めて人の姿で魔力を吸える状況になり、つい”変な気”が起きて強く吸ったら”変な痕”がついたのが面白くなって、悪戯心でつけ始めたら止まらなくなってしまったのだ。


「”変な気”って、すごいのな」

「ぶっ」


 思わず吹き出すトキツ。陛下に知られたら殺されると戦々恐々とする。

 

 カオウはツバキの乱れた服を整えて肩と首を隠すと、すやすや眠るツバキの顔を見つめた。さすがにもうカオウの気持ちに気づいたと思うが、長年の関係があるので確実とは言えない。


「なあトキツ」

「ん?」

「……ツバキに好きになってもらうにはどうしたらいいんだろうな」

「ぶっ」


 二度目の吹き出し。


「俺に聞くなよ。ツバキちゃんの好みなんてカオウのが詳しいだろう」


 カオウは渋い顔をして考え込む。数秒上を見たり首をひねったりしてから、ツバキを大岩にもたれさせ、自分の上着をかけてやった。

 そして立ち上がって、トキツをいきなり指さす。


「勝負しよう」

「は? なんで」

「いいから。能力も武器もなし。俺は飛ぶのもやめる。どう?」

「まあ……いいけど」

「んで、俺が勝ったら一時間くらい見逃してほしい」

「それはだめだ!!」

「なんで」

「だから、変な気を起こすだろう」

「何もしないよ。ただ二人でゆっくり話したいだけ」


 と言いながら頬を染めるカオウを信用していいものだろうか。


「何を話すんだ?」

「そ、それは……そのう……。ちゃんと俺の気持ち伝えようかな……と」


 真っ赤に染まった顔を両手で覆う。乙女か。

 トキツは腕を組んでしばらく逡巡する。陛下に知られたら絶対に怒られる。今度こそ減俸されるかもしれない。しかし、これ以上カオウに我慢させたらもっと暴走するだろう。


「わかった。そのかわり、俺が勝ったらツバキちゃんが嫌がることはもうしないこと」

「嫌がることって?」

「気絶するまで魔力吸い取ったり、体に変な痕をつけるとか」

「う……わ、わかった」

 

 二人はツバキから離れた場所へ移動すると、各々体をほぐしてから身構えた。






 しばらくして目覚めたツバキは目が点になっていた。

 目の前でトキツとカオウが戦っている。カオウが攻めているように見えるが、トキツにはまだ余裕があるようにも感じられた。


「な……なんで二人が戦っているの?」

『よくわかんねぇけど、賭けをしたらしい』


 ツバキが気を失っている間に来たらしいギジーは、その辺に生えていた細長い草をひらひらさせて綿の魔物と遊んでいた。


「賭け?」

『カオウがツバキと二人きりになりたいってよぅ』


 キシシシと笑うギジー。

 ツバキは先ほどのカオウとのやり取りを思い出す。

 突然カオウに連れ出され、魔力制御の訓練だと言って魔力を吸われた。

 急激に無理やり魔力を吸われると頭がぼうっとして体に軽微な電流が走るような感覚になる。うまく制御できなかったばかりか、何かが肩や首を這っていたような気がして、胸のあたりがざわざわしてしまった。

 カオウ相手にそのような感覚になるのは好ましくない。だからあまり二人きりにならない方がいい気がした。


「私、トキツさんを応援するわ」

『キシシシシシ』


 ギジーはまん丸の目を思いっきり閉じて笑った。

 しばらく二人を観戦していたツバキは、トキツに腹を蹴られてよろけるカオウを痛々しそうに見つめながらつぶやく。


「ねえギジー。トキツさんのこと好き?」

『ぶっ』


 突拍子もないことを聞かれて吹き出すギジー。唾をかけられた綿伝がキーキー怒った。


『な、なんだよぅいきなり。そんなこっぱずかしいこと聞くな』

「いつもトキツさんに抱き着いたりしてるわよね?」

『そ、そういう言い方はやめろよぉ。つかまってると言えって』

「他の魔物に取られたら嫌?」

 

 ギジーはちらりとツバキを見る。

 真剣な目をしていたので、ギジーは気恥ずかしさを隠すように頬杖をつきつつ、きちんと答えることにした。


『そりゃあ、嫌だぜ。他の魔物に興味持ったりされるとイラつく』

「人に対しても?」


 目を細めるギジー。ツバキの言いたいことが何となくわかった。


『おいらより恋人を優先されると腹立つこともあるよ。しかもトキツは結構見た目で入っちゃうとこがあって、中身が嫌な女もいたから、喧嘩したことだってある』

「そうなんだ」

『カオウはもっと嫉妬深いと思うぞ』

「そうかな」


 伏し目がちになるツバキ。

 ギジーは彼女の首筋にあったものを思い出し、顔を赤らめた。


『あ、あのよぅ。さっき、ツバキが気を失う前のこと……み、見てたけどよぅ』

「……!」


 ツバキの顔も真っ赤に染まった。いつから見ていたのか気になるが恥ずかしくて聞けない。


『魔物の理性なんて人間の半分以下だからな。気をつけろよ』


 途端に青ざめるツバキ。


『トキツが勝つようにしてやろうか』

「できるの?」

『おいらをカオウから守るって約束してくれたら』

 

 ツバキが頷くとギジーはとある作戦を耳打ちした。


「え? そんなのでいいの?」

『おう。やってみろ』





 

 トキツの突きを即の所でかわして腹を狙って蹴るが、足で防がれる。流れるように繰り出された拳を叩き落として、殴り返した手をまたも防がれた。

 勝負自体はトキツが若干優勢だった。速さと力はおそらくカオウの方が上、それでもなぜか防がれてしまう。これが経験の差なのだろうなとカオウは思う。能力を使わなければ勝てない。相手はこちらの動きを読みながら最小の動きしかしていないように見えるのに、こちらは隙を見せないようがむしゃらに動き回るしかなかった。

 腹が立って集中力が途切れてきた。

 そんな時。


<カオウ。……あ、ちょっと、ギジー!?>

「……!!」


 突然思念で呼びかけられ、咄嗟にツバキを見る。

 ツバキがギジーを膝の上に乗せて思いっきり抱きしめていた。

 しかもギジーはツバキの胸に顔をうずめている。

 あまりの衝撃で固まり、その隙にトキツに組み伏せられてしまった。


「いたたたたた!! 降参!! 降参!!!」


 その声でトキツが手を離すと、カオウはあおむけになって寝そべり、荒い息を整える。


「クッソ。ギジーのやつ、ただじゃおかねえ」

「残念だったな」


 苦笑いを浮かべるトキツの息はそれほど乱れていない。

 苛立たし気に拳を地に打ち付けるカオウ。

 トキツはそれを見てポリポリと頭をかく。


「能力を使えばいいのに、どうしてそんなにこだわるんだ?」

「……能力使って勝っても、ツバキはすごいと思ってくれないから」


 思わずトキツは鼻で笑ってしまった。ツバキの好みが喧嘩が強い男性とは思えなかったからだ。


「なあ、トキツより強い奴ってどれくらいいる?」

「うーん……ロウには勝てないだろうなあ」


 カオウの眉がピクリと動いた。


「ロウってそんなに強いの?」

「武器を使ってもよければ、俺にも分はあるけど。武器なしだったらロウの方が強いし、氷の魔法を使われたら絶対に勝てっこない」

「……そっか」


 カオウは気落ちした様子でつぶやく。

 トキツは軽くため息をついて、カオウに手を差し出し立ち上がらせた。

 同じくらいの目線になり、大人になった姿はまだ慣れない。


「とにかく俺の勝ちってことで。もう変なことするなよ」

「わかってるけど、今みたいにツバキのガードが堅いと、約束できない」


 カオウは口をへの字に曲げて眉をひそめた。

 しぐさはあまり変わっていないようで、トキツは少しほっとする。


「前は一緒に寝てても抱き着いても小言を言うくらいだったのに、成長してこの姿になった途端警戒されるなんて、全然納得いかない」

「仕方ないと思うけど」

「まあ、昨日はキスしそうになったってのもあるけどさ……」

「は!? キス?」

「するつもりなかったんだけど、つい」


 てへぺろな感じでウインクするカオウ。


(やっぱり性格だいぶ変わったな)

 

 何かが吹っ切れたのか、くすぶっていた気持ちを前面に押し出すようになったようだ。

 そのうち本気で陛下に締められそうな気がするなあとトキツはうなだれるしかなかった。

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