第26話 同じところ、違うところ
最初に、手のぬくもりを感じた。
ゆっくり目が開いていって、ツバキが最初に認識したのは金色の髪。
思わずふにゃんと甘い笑顔になって、また目を閉じる。
もう少しベッドのぬくもりを感じていたかった。久しぶりのこの手の感触も。
ギュッと握ると、強く握り返してくれた。
相手が手を滑らせて、指を絡める。その形を確かめて、違いに気づく。
いつもよりごつごつしている。指も前より太くて長い。
恐る恐る目を開けた。ツバキを見つめる瞳の色は金。でも、まん丸だったはずの目が少し細く、力強くなっている。鼻も高くなって、子供っぽい丸みを帯びていた輪郭がしゅっとしていた。
(……誰?)
ぼんやりした頭では、それが今まで一緒にいた子に結びつかなかった。
知らない男の人が隣で寝ている、そう思った。
「きゃああああああああああああああ!!!!」
慌ててベッドから降りようとして掛け布団に絡まり、ドスンと落ちた。
打った腰をさすっていると、ベッドから金髪の男が顔を出す。
「ツ、ツバキ?大丈夫か?」
男の声は、ツバキが知るより低い。
けれど、オロオロと心配する表情の中に求めていたものが垣間見えた。
「……カオウ?」
男が優しい眼差しで微笑する。
ツバキを立たせるために手を差し出した。
「…………」
長い指、大きな手、手首にくっきりと血管が浮き出ている。まさに、男性の手そのもの。
ツバキはその手を取れなかった。
「ツバキ様!?あっ。カオウ、いつの間に!!」
隣の部屋からサクラが駆けつけてきた。その細い両腕に捕まって立つ。
「どうなさいました?あ、カオウが大きくなっていてびっくりしました?」
いつもと変わらないサクラに抱き着く。
「ツバキ?」
よそよそしいツバキの態度に少し動揺したような男の声。ベッドから降りて、すぐそばに立つ気配がした。
ツバキはちらりとその声の方を見る。いや、見上げる。同じくらいだった背は随分高くなっていた。
(カオウだけど、もう違うんだ)
ツバキはうっすら濡れた目元を隠すようにサクラの肩へもたれかかった。
「ツバキ様、何か召し上がります?」
なだめるように背中をトントンと叩かれて、ツバキは思い出したように問いかける。
「サクラ、もう帰って来たの?」
「何をおっしゃってるんです、昨夜帰ってきて、今はもうお昼。ツバキ様、二日ほど眠っていらっしゃったんですよ」
最後に覚えているのは、龍の顔の上に乗ったところまでだった。その後どうなったのかと記憶を巡らせていると、ぐいっと手を掴まれてサクラから引きはがされる。
「きゃ!?」
「俺が魔力吸い過ぎたんだ。ごめんな」
「カ、カオウ?」
広くなった肩幅と、たくましい腕に包まれた。
しかし匂いは同じだった。嗅ぎなれた匂いが心を落ち着かせた。
「なあ、俺を見て何か言うことない?」
頭上の声に反応して顔を上げる。この位置から彼の顔を見るには限界まで顎を上げねばならない。
じっとカオウを見つめて、しばらく考え、そして思いついたことをそのまま答える。
「……チハヤさんのお店へしばらく行けないね。びっくりされちゃう」
がくっとカオウの膝が一瞬折れた。
「カオウ?どうしたの?」
「そうじゃなくて。ツバキは、どう思った?その……かっこよくなったと思う?」
カオウは語尾を弱めながら恥ずかしそうに顔を逸らして口を尖らせる。
(顔の逸らし方は、同じ)
ツバキは左の手の平をカオウの頬へ当てて、顔を正面へ向けた。
じっと見つめる。
気恥ずかしそうな、嬉しそうな瞳の中に自分の姿が見えた。
目の印象は違う。でも、色は同じ。キラキラと輝く金色はどんな宝石よりも綺麗。
(ああ、この人は……カオウだ)
ツバキはようやく心からそう思い、柔らかく微笑んだ。
すると、カオウの眼差しが熱くなり、顔がゆっくり近づいてきた。
(え?何?)
肩まで伸びたカオウの髪が顔にかかり、目を閉じる彼の顔がさらに近くなる。
ガン!!
「いってえ!何すんだ!」
お盆でカオウの頭を叩いたのはサクラ。
カオウが頭を押さえた隙にツバキはそばを離れた。
(い、今……カオウは何しようとしてたの?)
心臓がどきどき早鐘を打っていた。
熱くなった頬を両手で包む。
(熱があるか確かめようとしただけ……よね?)
額と額をくっつけるくらいは幼い頃から普通にしている。けれど見た目が変わったせいか、そういう雰囲気でないような気もした。
しばらく息を整え、そして、ふと右手首に目をやる。
あると思っていたものがなかった。
「あれ?カオウ、印を結んでいないの?手首に印がないけど」
カオウはにやりと意味ありげに微笑した。
「したぜ。ちゃんとある」
しかしツバキが両手を確認してもどこにもない。
眉根を寄せてカオウを見ると手招きされたが、先ほどのよくわからない行動を思い出して動けなかった。
「何もしないから」
言いながらにやつくカオウなんて信用できないが、印の場所を知りたいツバキはおずおず近づき、三歩分離れたところで立ち止まる。
「もっとこっち来て」
カオウがちょっとむっとしたので慌てて二歩近づく。
その瞬間カオウがまたツバキの手を引っ張り抱き寄せた。
「カオウ!?」
「ここにつけた」
そう言ってカオウは嬉しそうにある個所を指し示した。
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