第21話 パレード1

 カイロの街は興奮に包まれていた。

 花が舞い、音楽が流れ、民衆は大通りに並び今か今かと待ちわびている。

 大通りに面した建物の二階以上は住居になっており、特等席とあって、ほとんどの窓から住民が身を乗り出してパレードがやってくる方面を眺めていた。

 空室の窓は国の紋章が描かれた幕で塞がれている。これは空室から何者かが皇帝を狙わないようにするための対策の一つだ。

 警備は、パレードが通る通路と民衆が並ぶ歩道の境に国軍の兵士が等間隔に立ち、上空を警察と軍が飛び、近衛兵がパレードと並走して護衛するという配置になっていた。さらに軍で鍛えられた魔物たちが姿を消して至る所で見張り、パレードの馬車には結界が張られて攻撃魔法を防ぐようになっている。


 トキツとギジーはルファを探すため大通りの中心より少し離れた場所で大鷹に乗っていた。大鷹を乗りこなすのは難しいので、ロウの部下三号が手綱を握っている。


「本当に皇帝を狙ってくるんでしょうか。こんなに警備が厳重なのに」

 

 部下三号は器用に大鷹を滞空させながらつぶやいた。


「間違いなく来るだろう。前皇帝が狙われているという情報はあるけど、それだけなのかどうか…」

「最悪、すべての馬車が狙われる可能性も考えておけってロウ署長がおしゃってました」

「そうなったら大惨事だな」

「それに比べて呑気ですねえ、軍の方々は」


 他の警官たちはロウの指揮で逆V字の隊列を組み地上に異変はないか警戒しながら飛んでいるが、軍の大隼は楕円を描いたり直列したり三角形になったり様々に形を変え、警護よりも民衆を楽しませる役目に重点をおいているようだった。

 子供たちは目を輝かせてその華麗なパフォーマンスに手を降っている。


「皇帝がやられるわけがないと信じているんだろう」


 アフランの話から警備を再編成するよう申し入れたのだが、”魔力のない卑しい民が我がバルカタル帝国の皇帝を傷つけられるわけがない”と高をくくり、軽くあしらわれてしまった。

 しかし幸いにも、一昨日の倉庫の件でジェラルドに呼び出され、事情を説明できたため、元の計画にはなかった警官の参入も上空のみではあるが許されたのだった。


「ロウがイライラしていそうだな」

「そうですねえ。ああ、私はあの隊列に入らなくて良かったような残念なような…」


 ピリピリした空気を想像し青くなる三号。


「なあ、そんなにロウが怖いなら異動願い出さないのか?」

「とんでもない! 自分から志願して署長の直下に置いていただいたのに!!」


 予想外の発言にトキツは目が点になった。


「自分から? なんでまた……」

「署長は私の憧れです。どんな悪党にも果敢に立ち向かい、民を守り、部下も大切にしてくださいます。今回警官が警備に参加できたのだって、軍の方々からシュン皇帝の知人で贔屓されているって嫌味を言われても署長が耐えてくださっているからです。署長は自分よりも正義を重んじる素晴らしい方です!」


 軍の上層部を無視して皇帝にすり寄ったとして、ロウがよく思われていないのは確かだった。

 しかしあのロウをこんなに褒める人物がいることにトキツは驚く。

 警察の人手不足の要因の一つが彼にあると気づいていないのだろうか。


「でもロウに怯えているだろ? 憧れてるとは到底思えないんだけど」

「憧れと恐怖は別物です!!」


 力強く即答され呆気にとられる。

 「そ、そう……」としか答えられなかった。


 その時、大通りから歓声が聞こえた。

 言うまでもなく、パレードがやって来たようだ。

 高らかに鳴るトランペットや太鼓の音、色とりどりのリボンや十二神をかたどった旗が魔法で宙を舞い小さな花火が民衆の頭上で花のように咲く。

 華やかな列は最初に楽器隊・衛兵・騎馬隊と続き、宰相や前州長官たち、前皇帝ネルヴァトラス=ロッソと皇太后と授印、また楽器隊・衛兵・騎馬隊を挟んで第二皇子以下の皇子女と配偶者と授印、そしてようやく現皇帝ジェラルド=シュンと授印と彼の第一皇子、最後に騎馬隊・衛兵・楽器隊で構成されている。

 すべて見終わるには一時間以上かかるような長さだ。


「第三皇女様はどこかなっと」


 トキツはパレードの後方にいるセイレティア=ツバキを探した。

 他の兄姉が配偶者や授印と一緒に屋根のない馬車に乗っている中、一人でいるのですぐに発見できた。

 表情までは確認できないが、手を小さく振って民衆の声援に応えている。


「こう見るとやっぱり噂通りの皇女様って感じなんだよなあ」


 哀愁漂う眼差しでつぶやく。

 『諦めが悪いなあ』というギジーの言葉は無視した。


「そういえば、今日は第三皇女様と同じ名前のツバキさんがいらっしゃいませんね。警備にも参加したがりそうですけど」


 部下三号がきょろきょろと地上を探す。

 ぎくりとトキツは冷や汗をかいた。


「さ、さすがにロウが許さないだろう」

「まあそうですよねー。貴族のお嬢様ですもんね」


 あっさりと納得したようだ。鈍いのか鋭いのか呆れつつ安堵するトキツ。


(念のため第三皇女から離れよう)


 パレードの先頭へ移動してほしいと部下三号に頼み、移動しながらルファ探しを再開する。

 もちろん相変わらず赤い煙に遮られるので形ばかりの捜索だ。


 パレードの前方、第二皇子の馬車の前まで来た。皇帝は彼より前にいる。

 第二皇子は若い女性の人気が高い。

 キャーキャーと黄色い声援が飛び、本人も悦に入った表情で手を振り返していた。

 彼がどうも苦手なトキツは長く見ていられず周囲に注意を向ける。

 ふと、大通りを挟んだ向かいの建物の窓から小さな光が反射していることに気づいた。

 

(まずい)


「トキツさん!?」


 部下三号の制止も聞かず、思いっきり大鷹から跳躍する。

 ちょうど飛んでいた軍の大隼を足掛かりにもう一度飛んで、窓を突き破り、中にいた男を蹴り倒した。


「う……なんで……」


 男は急に現れたトキツに驚き、蹴られた頭を押さえながら呻く。


「銃に不馴れな奴が狙撃なんてするもんじゃない。バレバレだ」


 男を取り押さえ、持っていた縄で両手両足を結んだ。

 ふう、と息をつく。

 しかし、何かおかしい。

 そもそも、なぜ皇帝ではなく第二皇子の前で。


「お前が村長じゃあない、よな?」


 嘲り笑う男。


「おとりか!?」


 叫んだ瞬間、軍の兵士が扉から窓から押し寄せてトキツはもみくちゃにされた。


「違う! 皇帝を!」


 爆発音が鳴り響いた。

 



 時は少し遡り。


 ロウはトキツの言葉通りイライラしていた。

 再三上司に訴えたにも関わらず、同じく上空を見守るはずの軍は警備よりもパフォーマンスを重視しているようだったからだ。

 それどころか警官の大鷹を邪魔に思っているらしく、すれ違う時憎々し気に睨まれる。

 ジェラルドの口添えで警官が参加することになった経緯も不服のようだ。


 しかし今は警備に集中しなければと気を引き締める。

 上空には警官と軍、トキツしかいない。

 建物には空室の幕がなく人もいない部屋がざっと二十ほどで、ただ留守にしているのか、中に誰かいるのか確かめたかったが、何も起きないうちから動くことはできない。

 民衆の中からロナロ人を探すにしても、観光で来ている外国人も多くて判別できなかった。


「ルファや村長はいるか」


 ロウは一緒に乗っているアフランに声をかけた。

 村長を知っているのはアフランだけのため連れてきたのだが、首をぶんぶん振るだけで何も答えない。

 高所に怯えて大鷹に必死に捕まっており、下を見る余裕はないらしい。


 地上で歓声が上がった。

 パレードがモルビシィアとレイシィアを隔てる門から出てきたようだ。

 隊列をV型からⅡ型に分け、ロウの隊列は前皇帝の馬車の上を並行して飛ぶ。

 前皇帝は手を挙げたまま、皇太后は小さく手を振って民衆に応えており、前皇帝と皇太后の授印は一つ後ろの馬車に堂々と立っていた。


 皇帝を間近で拝見するのも滅多にない機会だが、ロウは前皇帝の授印に目が行く。

 炎を操り、どんなものでも一瞬で跡形もなく消すという獅子。始祖の十二神の一頭である獅子の孫と思うと感慨深いものがあった。



 何事もないまま時間だけが過ぎ、先頭の馬車が噴水のある広場に差し掛かろうとしていた。

 パレードはこの噴水を周って右へ曲がり、門を通ってモルビシィアへ戻る。

 さすがにロナロ人が門での検問をかいくぐってモルビシィアまで潜入しているとは考えにくいが、もしそこで狙われてしまうと、平民で編制されるロウの警察は警備できない。


(いつ動き出すんだ)


 焦り始めたとき。

 第二皇子の馬車付近が騒々しくなった。

 咄嗟に振り向いた先には部下三号の大鷹がいたが、一緒に乗っているはずのトキツがいない。

 訝しむ間もなく、その付近を飛んでいた軍の大隼が割れた窓へ集まり、異変を察した近衛兵たちが第二皇子の馬車を取り囲み、自然と皇帝の守りが薄くなっていく。


「動くな! 狙いは皇帝だ!」

 

 そう怒鳴り付けた瞬間。

 広場の噴水が爆発した。

 噴水の石が通路に飛散し水が勢いよく噴出している。

 ほとんどの者が噴水に注目していた。

 その隙を狙い、歩道にいた民衆に紛れていたロナロ人が赤い石を投げた。通路と歩道を隔てるように警備していた兵士も噴水に気を取られ反応が遅れる。


 パン!


 赤い石が結界にあたり、一瞬虹色に揺れてシャボン玉のように破裂した。


 ゾクッとロウの首筋に寒気が走る。

 寒気がした方向を振り向くと一人の男が跳躍した。

 大柄で青い髪、吊り上がった目、大きな鼻と口の男。事前に聞いていた村長の特徴と一致している。

 男は手に短槍を持ち、跳躍した勢いのまま大きく振りかぶり、ネルヴァトラスの額めがけ放った。

 ロウも瞬時に氷を槍に向けて放つ。

 槍が額に迫る。

 氷が槍に向かって飛ぶ。

 額を貫く直前、槍が凍り、重さに耐えきれず地面に落ち粉々に砕けた。


 ネルヴァトラスに怪我はなさそうだった。

 冷静に槍の残骸を見つめ、ロウを見上げてねぎらうように頷く。

 間に合った。

 ほっと緊張の糸が途切れる。

 

 しかし。


「行け!!」


 村長らしき男が叫んだ。

 パレードの両側からロナロ人が飛び出す。

 いくつもの銃弾がネルヴァトラスに向かう。

 ロウは驚愕し大鷹の手綱を引くも間に合わない。

 銃弾に倒れる皇帝の姿が脳裏をよぎる。


 炎が上がった。

 皇帝の獅子の毛色と同じ雪のような白い炎が、銃声と同時に馬車の周りを結界のように包む。

 熱気はなく、静かに揺れ、弾丸を次々と溶かしていく様はまるで浄化の光に吸い込まれていくようだった。

 その幻想的な光景は見ている者全員に畏敬の念を抱かせる。

 まぎれもなく、皇帝の炎だ。


 銃弾が止み、兵士がロナロ人たちを次々と取り押さえていった。

 ワーっと歓声が轟く。

 前皇帝万歳!! バルカタルは永遠なり!! 

 熱狂的に騒ぐ者、奇跡を目の当たりにしたように涙ぐむ者までいる。

 ふと馬車に投げ込まれた赤石に目をやると、すべて粉々に砕けていた。

 魔力を吸収するという石もどうやら皇帝の高い魔力の前では無意味だったらしい。 

 暗殺は失敗に終わったのだ。

 


「……ロウさん」


 真剣な眼差しでロナロ人たちの顔を確かめていたアフランがつぶやいた。

 その目には焦りの色が浮かんでいる。


「どうした」

「変だよ。ルファがいない」 

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