第22話 パレード2
震えが止まらない。
周囲の歓喜に満ちた歓声も耳に入ってこない。
色に溢れた世界もぼやけて見え、一人だけ別世界にいるようだった。
観衆の最前列に並んでいたルファは冷や汗を流しうつむき、恐る恐る、着ているローブの中を覗く。
一本の紐に通された緑色に鈍く光る石が体に巻き付いている。
”現皇帝が目の前に来たら、手に持っている赤い石を投げろ。そしてパレードの列に突っ込め”
今もルファの見張りとして隣に立つ男にそう指示されていた。
緑の石が何か聞いても男はにやにやするだけで答えない。
けれど、察しはつく。
(きっとこれは爆発するんだ。僕と一緒に)
ギュッと目を瞑る。
恐怖で呼吸が荒くなった。
(兄ちゃん助けて。どうしたらいいの?)
涙がにじみ、下唇を噛んで耐える。
泣いたら男にどつかれてしまう。
ドオン!! と大きな音が遠くから響いた。
パレードの先頭付近で何かが爆発したようだった。
何事かと騒然となり、確かめようと音の方へ走っていく人もいて、目の前のパレードも中断した。
「始まったな」
男が鼻で笑い、ルファの体の震えが大きくなる。
ルファはすべての計画を把握していなかった。
一昨日連れて行かれた古びた酒屋の奥では、ルファだけ別室に閉じ込められていたからだ。
聞き覚えのある複数の声がぼそぼそと聞こえるのみで、内容までは届かず、今朝になって突然この緑の石を括りつけられた。
そのとき村長も同じ部屋にいたのだが、彼はこちらなど見向きもせず、槍の穂先を丁寧に研いでいた。
(あれで皇帝を狙うのかな)
復讐に燃えた村長の目を思い出し身震いする。
だがしばらくして、前方からひときわ大きく歓声が聞こえた。
見に行っていた人の話では、前皇帝が何者かに狙われたが見事撃退したという。皇帝の授印の炎の素晴らしさを自慢げに語っている。
男が舌打ちした。
感情を圧し殺すように歯ぎしりする。
「……こちらは計画通りだ」
ルファの腕を力強く掴み、自分を鼓舞するように声を出す。
ほどなくして、パレードが再開された。
今ルファの目の前を通っているのは第三皇女の馬車。その後、歩兵隊を挟んで現皇帝の馬車が通る予定だ。
心臓がこれ以上ないほど早鐘を打っている。
「来たぞ」
顔を左に向けると、現皇帝の馬車が見えてきた。漆黒の車体に朱と金のラインが入り豪華に飾られ、馬もしなやかで引き締まった筋肉に艶やかな毛並みが美しい。
チハヤが会いたがっていた皇帝は爽やかな笑顔で民衆の、とりわけ女性の視線を釘付けにしていた。
今頃彼女はどこで待っているはずだ。とても楽しみにしているだろう。
(それを僕は今から奪うんだ)
村長も失敗したのだから成功するかはわからない。
だが結界の破壊とともに自爆すれば相当の深手を負わせられるはずだ。
皇帝の馬車が近づく。
(怖い。怖いよ。お兄ちゃん助けて)
ガッと両肩を捕まれた。
突然のことで一瞬思考が止まる。
目の前に立っている誰かは、見張り役の男ではない。
突然現れたのは、栗色の髪の少女だった。
ルファを見つける少し前。
父親の白い炎の壁をツバキは神妙な面持ちで眺めていた。
幼い頃、父の授印の白い炎なら見たことはあったが、父自身の炎は初めてだったし、授印の炎でさえ手のひらに乗るほどの小さな火だった。
角度によって薄い青色にも黄色にも見える火は心を浄化してくれるようで、けれども近づきすぎると全て吸い込まれてしまいそうで、恐ろしく、離れがたく、説明できない感情が胸を締め付けた。
その小さな火が今は大きな壁のように燃え上がっている。
当時の気持ちがよみがえり、同時に、この強大な魔力が皇帝たる証なのだと畏怖した。
父親の無事を確信したため、深呼吸して周囲に気を向ける。
ツバキは元々ルファを探していた。
バルカタルを憎んでいるらしい村長が一番気掛かりではある。
しかし、生粋の狩人ならば村長は兄よりもより大物である父親を狙うだろうし、ロウも同様に考えて父親を警護するだろうと思ったからだ。
そしてルファも、密告したにも関わらず生かされているということは、おそらくまだ利用価値があるということで、その機会はこのパレードしかない。
ならば何かしらの役目を持って彼もここにいるはずだ。
ただ、人込みに紛れてなかなかルファを見つけることができず、そうこうしているうちに噴水が爆発し、この騒動が起きてしまい今に至る。
兵士に取り押さえられているロナロ人らしき男たちの中にも、民衆の中にもルファはいなかった。
パレードの進行方向とは逆に進み捜索を再開する。
とはいえ、兄を狙うなら観衆の最前列にいるはずだから、人の往来がある後方を探しても意味がなく、前方に密集し動くつもりもない人たちの間をかき分けて進むのはかなり至難の業だ。
せめて背がもっと高ければと悔やんだところで、頭上に影が差した。
何事かと空を見上げれば、パフォーマンスを再開した軍の隼が舞っていた。
そして、大通りから少し外れた場所で器用に滞空している一羽の大鷹も発見する。
それに乗っている人物も。
ツバキは大鷹の真下付近まで近づき、大声でトキツとギジーを呼んだ。
最初は歓声にかき消されてなかなか声が届かず、何度も呼びかけやっと気づいてもらえた。
人気のない場所へ移動すると大鷹がツバキの前に舞い降りる。
「ツバキちゃん、どうしてここに」
パレードに参加していると思っていたのだろう。
トキツが驚くのも当然だった。
民衆に手を振っている皇女セイレティアはサクラだ。
彼女はツバキが十二歳のとき連れてきた影武者だった。
「居ても立ってもいられないんだもの」
「まあ、そうだろうとは思ったけど……。カオウもいないのに危険すぎるだろう」
「うう。それについてはごめんなさい。でもそれより、ルファを見なかった? 今日も能力では探せない?」
「俺たちも探しているが、相変わらず煙に遮られてる」
「じゃあ、対象をルファではなく、観衆の最前列にしてみて。お兄……シュン皇帝がいるあたり」
大鷹に乗り込み、飛翔しながらトキツとギジーは手分けして最前列の人々を透視する。
空からでははっきり見えなかった顔が、透視ならパレード側から眺めているようにはっきりと識別できた。
ただ、人があまりに多くかなり集中しなければ見過ごしてしまいそうだ。
五分ほど経過したとき、トキツが眉をひそめた。
「どうしたの?」
「視界がぼやけて見えなくなる箇所がある」
「パレードは何の馬車が通ってる?」
「ちょっと待て。少し遠ざからないと……。あれは……第三皇女と歩兵隊の間だ」
パレードは第三皇女セイレティア、歩兵隊、ジェラルドと続く。各間に数mほど間隔はあるものの、もう時間はない。
大鷹がパレードの中間から後方まで一気に加速しサクラ扮するセイレティアの馬車が見えるところで止まった。
しかし隼とぶつかってしまうため観衆の真上には近づけず、後ろ姿しか見えない。
「もっと低く飛べない!?」
ツバキは手綱を握っている部下三号に叫ぶが、三号は首を振る。
「無理です! 観衆の中に突っ込んでしまいます!!」
「飛び降りるぞ!」
結構な高さだったが、トキツはツバキを抱きかかえ、人通りがない時を狙って飛び降りた。ぐいぐいと人垣をかき分けて最前列へ向かう。ツバキはついていくのがやっとだ。
「ルファはいた?」
「近い。透視と現実がだいぶ重なってきた」
透視で頭の中に浮かぶ世界と実際に目で見ている世界がピントを合わせるように重なっていく。
透視ではぼんやり滲んでいた範囲に、実際には男と少年らしき人物が立っていた。
「見えたぞ! あのローブを来た少年だ!」
ツバキには後ろ姿しか見えないが、何とかルファらしき少年を見つける。
だが、もうすぐルファの前をジェラルドが通るというのに進みが遅くなってきた。
初めから並んでいた人にとってトキツとツバキは邪魔者だ。前に行かせまいと必死に抵抗する。
トキツも乱暴に扱うことができず、押し合い圧し合いでルファの元へなかなかたどり着けない。
焦るツバキ。ルファはもう目の前にいる。
(行かなきゃ。ルファの元へ、早く!)
ガクンと、足場が急になくなったように感じた。
一瞬だけ暗闇の中に落ちるような感覚。
そして。
突然ルファが正面に現れた。
(ちがう。私がルファの前に飛んだんだ)
カオウの能力を使い、ツバキ自身がルファの元へ瞬間移動したのだと悟る。
なぜできたのかとか、どうやったのかはわからない。だがこの機を逃してはいけないことはわかる。
ツバキはガッとルファの肩を掴んだ。
「何しようとしてるの!?」
しかしルファは突然のことで呆気にとられ答えない。
代わりに彼の隣にいた男に手首をつかまれた。
「それはこっちのセリフだ! こい!」
男に手首を捻られ、口も塞がれ、身動きが取れなくなる。
「おいルファ、やれ!」
男の怒声にルファは体をビクつかせ、ローブを脱いだ。
緑色の石が体中に巻き付いている。
「ここで見てろ。あいつは皇帝もろとも自爆するんだ」
男がツバキの耳元でささやき、ルファの背を押した。
ルファは赤い石をジェラルドに向かって投げる。
破裂音とともに、結界が破れる。
緑色の石が発光し始め、ルファがジェラルドの馬車へ飛び出した。
(もう一度ルファの元へ!)
ツバキは必死に願うも、先程と同じ感覚は訪れない。
緑の石はひび割れ光が飛び出した。
ギュッと目を瞑る。
──助けてカオウ。
ドサリ、と音がした。
ゆっくり目を開ける。
爆発は起きていなかった。
そして、ルファも石も消えている。
代わりにいたのはカオウ。
その場に倒れていた。
「カオウ!?」
ツバキを掴む男の手が緩んだ隙に、身をよじって抜け出してカオウの元へ駆けつけた。
傷口が開いたのか、服の上から血が滲んでいる。
上半身を起こして抱きかかえた。
「カオウ!!」
「……ツバキ」
カオウがうっすら目を開ける。
「ルファは……俺の空間に閉じ込めた。あそこは、時間が止まってるから、大丈夫……」
再び目を閉じる。
「カオウ! カオウ!!」
「セイレティア」
生温かい毛布に包まれたように感じ、ふと声の方へ顔を向けた。
しかしそこには誰もいない。
「ぼくだよ。リハル」
隠鳥のリハルが羽を広げてツバキとカオウを包んでいるらしい。
ガラスのコップ越しのように民衆が透かし見える。
「もうぼくたちの姿は見えてないよ」
トキツが男を取り押さえており、皆何があったのかとざわめいているが、こちらを見ている人は一人もいなかった。
「ジェラルド様に連れて帰るよう言われてる。立てる?」
無言で頷くと、リハルは二人を翼で抱えたまま跳躍し、城まで通常の馬車で何十分とかかる距離をものの数秒で駆け抜ける。
そんな速度にも関わらず翼の中は温かくて柔らかい。
ツバキはカオウの手に自分の手を重ねる。
すると、手首から金色の糸がゆっくりカオウの手首へ伸びた。
一本一本巻き付いていく。
次第に体の中へ金色の淡い光が入っていき、カオウの銃創へたどり着くとじんわり点滅を始めた。
翼に包まれる安心感と、金色の穏やかな光。
ツバキは深い眠りへといざなわれていった。
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