第42話 魔界竜巻が離れても安心できず



「……カリナさん、大丈夫?」

「ちょっと、触れてた手が痛いくらいね。他は何ともないわ」

「どれどれ?」


 両手をプラプラさせながら、心配する俺に見せるカリナさん。

 怪我をして血が出てる……なんて事はないけど、手のひらが赤くなってるように見える……暗い場所だから、はっきりとは見えないけど。


「手がヒリヒリするわ……でも、これで……!」

「そうだよ、カリナさん。俺達できたんだよ! 魔界竜巻を追い返したんだ! うぉ!」


 少し手が痛そうにしてるカリナさんだけど、竜巻が離れて行く様子を見て、試みが成功した喜びを溢れさせる。

 俺も、魔界竜巻を追い返した事を喜び、カリナさんの体を抱き締めた瞬間……強烈な暴風に襲われて飛ばされそうになった。


「……危ない危ない……何とか飛ばされずにすんだよ」

「また凄い風ね……」


 竜巻が離れて行ったからか、静かだった場所ではなく、今俺達は、先程までと同じように魔界竜巻が作り出す暴風に晒されている。


「おっと!」

「あら、こっちもね。……これはもう少し、気が抜けそうにないわね?」

「そうだ、ね! っと! てい!」


 さっきと同じように飛んで来る岩や魔法を、カリナさんと協力して弾きつつ話す。

 魔界竜巻が離れて行くため、俺達が近づいた時と逆の作業が必要なようだ。

 影響の少ない場所へ離れるまで、安心はできないようだな。


「気を付けて帰らないといけないわね」

「そうだね。っと!」

「あっちからも。えい。……いててて」

「大丈夫?」

「手がまだヒリヒリするわ。ちょっと痛いかも……」


 飛んで来た魔法を弾いたカリナさんが、手のひらをプラプラさせながら言う。

 あれだけ大きな竜巻を押し返したんだ、痛みがあっても仕方ないと思う。

 まぁ、ヒリヒリするだけで済んだんだから、全魔法反射には感謝しかないけど。

 それでも、手にちょっとした痛みが残るという事は、能力の限界に近かったんだろう。

 ……これ以上、カリナさんに魔法を弾かせるのは、危険かもしれない。


「カリナさん、またさっきのように俺に掴まって」

「また走るのかしら?」

「いや……まだ竜巻が近いから、走る事はできないだろうけど、魔法を避けるくらいはできるからね」

「大丈夫? ユウヤさんはここまで、ずっと身体強化(極限)を使って来たんだから、疲れてるんじゃない?」

「まぁ、多少はね。でも、帰るまでは何とかなると思うよ」

「そう? ……だったらお願いするわ」

「大事な奥さんを守るためだからね。頑張らない、と!」


 カリナさんが俺に掴まるまでの間、飛んで来た岩を手で弾く。

 竜巻が離れて行っているとはいえ、まだ近い場所にあるから、走る事のできない程の暴風だ。

 身体強化(極限)をずっと使って来てるから、それなりに疲れは感じるが、まだ大丈夫そうだ。

 ……今日はぐっすりと寝る事ができそうだなぁ。


「……身体強化(極限)に限界ってあるのかしら?」

「さぁ? 今まで使って来て、限界を感じた事は無いけど……ま、動きの限界はいくらでもあるけどね」


 全魔法反射の限界は、さっき竜巻を押し返したくらいなんだろう。

 でも、身体強化(極限)に限界を感じた事は今までには無い。

 対処できないものに対しての限界はあるが、発動し続けてもこれ以上は……という事がなかったからなぁ。

 俺にカリナさんがしっかり掴まったのを確かめつつ、軽く話しながら岩を弾いて魔法を避ける。


「これもちょっときついんだけどね。でも、自分で歩くよりは楽だわ」

「カリナさんが楽できてるようで、何よりだよ」


 風が吹き荒れてる中、俺の後ろにいて多少軽減さえてるとはいえ、ずっと全身で掴まってるのも疲れるのは仕方ない。

 さすがに疲れが溜まって来ているため、来た時のようにジリジリと移動しようとはせず、安全に岩を弾いたり魔法を避ける事に集中する。

 竜巻は今も、背後で俺達の向かう方向とは逆に移動中だから、時間を稼げば勝手に離れて行くし、距離が離れれば少しずつ風も収まって来るだろうからな。


「ふん! よし……これでっと!」

「相変わらず、凄いわねぇ。足を地面に打ち付けるなんて」

「そう? まぁ、身体強化(極限)のおかげだけどね」


 足を固い地面に打ち付け、風に体が飛ばされないように踏ん張る。

 来る時もそうしてたんだけど、今は移動しないために少し深く打ち付けてる。

 数センチほど地面に沈んだ足で、飛ばされないようにする方法だね。

 その分、岩を弾くのに足が使えなくなるし、魔法を避けるのも少し難しくなるけど、対処には慣れて来たから問題ない。



「……結構、風が弱まって来たわね?」

「そうだね。そろそろ移動しても良いかな……?」


 しばらくの間、カリナさんに掴まってもらった状態で足を踏ん張り、飛んで来る岩や魔法に対処していたら、風が弱まって来た。

 それでもまだ、飛んで来るんだけど……。

 今は、バハムーさんが乗せて来てくれた場所の時よりも、風が弱まっている。

 魔界竜巻が結構離れたみたいだ……長い時間ここで踏ん張ってたんだなぁ。


「それじゃ、そろそろ移動しようか?」

「そうね。私も、掴まるのは疲れて来たし、歩くわ」

「わかった」


 カリナさんが俺の横に移動するのを待って、腕で支えながら移動を始める。

 竜巻が後ろにあるから、後ろから岩が飛んで来る事が多かったけど、距離が離れた影響で緩やかだったから、なんとかなった。

 しばらくすると、ほとんど風の無い場所まで移動できた。


「ここまで来れば、大丈夫そうね?」

「そうだね。……あー結構疲れたなぁ」

「そうね。私も疲れたわぁ……」

「手の方は大丈夫?」

「大丈夫よ。大分痛みも引いて来たしね」

「そう、なら良かった」

「早く帰って、マリーちゃんを安心させないとね?」

「心配かけちゃったからね。マリーちゃん、おとなしく待っててくれてるかな?」

「魔王だし、皆への指示で忙しくしてるんじゃない?」

「それもそうか……」


 そんな事を話しながら身体強化(極限)を解除して、風の弱まった荒野を、カリナさんと二人で歩いて帰る。

 遠目に、運動場にある篝火の明かりやテントとかが見えてるから、もう大丈夫だろう。

 まぁ、運動場からさらに城まで帰るのは、結構な距離があるんだけどね……今は考えないでおこう。

 疲れた体に、そんな距離を移動しなきゃいけないと考えるのは、ちょっとね……。



「あれは……?」

「……バハムーさんかしら?」

「他にも、キュクロさんもいるかな?」


 運動場が近づいた頃、大きな体のバハムーさんとキュクロさんと思われる影が見えた。

 篝火くらいしか明かりが無いからはっきりとは見えないけど、あの巨体は多分、想像通りの二人だろう。

 運動場に設置されてる篝火が消えていないのは、魔界竜巻の影響がここにはあまり無かったからだろうな。


「やっぱり、バハムーさんとキュクロさんでしたね」

「リッちゃんやアムドさんもいるのね。四天王勢揃いだわ?」

「……私もいるのです。……気付いてくれません……」

「いや、うん。クラリッサさんも、ね。ちゃんと気付いてたよ?」

「……嘘臭いですね」

「ユウヤ、カリナ……凄いな、お前達は」

「ユウヤ様、カリナ様。この度の偉業……このアムド、感服致しました!」

「すげぇな、お前達は。魔界にいる魔物の誰として、できなかった事をやったんだ!」

「本当、凄いわねぇ。私、惚れちゃいそう……あぁ、でも既婚者か。残念……」


 四天王の皆さんプラスクラリッサさんで、運動場にまで様子を見に来てたみたいだ。

 魔界竜巻が離れて行くにつれて、風の影響も少なくなって来てるはずだから、ここまで皆が来れたんだと思う。

 クラリッサさんとか、下手に近付いたら真っ先に飛ばされそうだしなぁ。

 ……存在を忘れてたりなんて、してないからね?


「皆さん、魔界竜巻はカリナさんが押し返してくれました。これでもう、運動会を中止にしなくてすみます」

「ユウヤさんも頑張ったわ。私だけじゃ、近づく事もできなかったから……」

「はっはっは、お前達二人の偉業という事だ!」


 バハムーさんが笑って、四天王の皆さんが寄ってたかって俺達の事を褒めてくれる。

 皆、運動会が中止にならなくて喜んでるようだ、頑張って良かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る