第41話 ユウヤとカリナ対魔界竜巻



「静かね……?」

「そうだね。なんでここだけ、こんなに静かなんだろう? 後ろは今までと同じなのに……」


 風が止み、岩や魔法が来なくなって安全になったため、しがみ付いてた俺から離れて、横に来るカリナさん。

 ちょっとだけ、幸せな感触が無くなって残念だけど……まぁ、さっきまでそんな余裕は無かったんだけどな。

 その場所は、風も無く岩が飛び交ったりはしておらず、魔法も飛んできたりもしない場所。

 急に静かになったからか、ちょっと耳が痛いくらいだ。


「竜巻に触れられるくらい近いと、こうなるのかしら?」

「……そう、なのかもね」


 手を伸ばせば、渦巻いてる竜巻へ手が触れられそうな程の距離。

 さすがに危ないので、試しに手を伸ばして……なんて事はしないけども。

 背後で吹き荒れている暴風なんかよりも、目の前で渦巻いてる竜巻の方がよほど勢いがあるように見える。

 こんなのに手で触れたら、いくら身体強化(極限)があったとしても、腕を引き千切られるか、体ごとを持っていかれてひとたまりも無さそうだからなぁ。


「……ここからは、私の出番ね」

「カリナさん?」

「この竜巻は魔法なんでしょう? だったら、これを私がなんとかすれば、逸れて運動場へは行かなくなるはずよ」

「まぁ、そうだけと思うけど。こんな大きな竜巻……どうするの?」


 小さい魔法なら、カリナさんに当たるか、手で触れるだけで弾く事ができる。

 けど、こんな大きな竜巻をそれだけで弾くなんて、それだけでできるんだろうか?


「大丈夫よ。ユウヤさんの身体強化(極限)と同じ。何とかなると思うわ」

「……大丈夫なのかなぁ?」

「ここまで来て何を言ってるの? マリーちゃんのため、ここはママの頑張りどころよ?」

「それはわかるけどさぁ……でも、とてもじゃないけど、跳ね返すなんてできそうにないように見えるよ……?」

「何とかなるわよ。ユウヤさんが身体強化(極限)を何となく理解するように、私も全魔法反射を何となく理解できるの」


 身体強化(極限)を使いこなすためには、何度も発動して、体を動かして慣れて行かなきゃいけない。

 けど、体の動かし方や身体強化(極限)でできる事は、なんとなくだけど、頭の中で理解してる事がある。

 確証とかが無いから、実際に訓練で動いてみないと本当にできるのかどうか、わからないんだけどな。


 カリナさんはそれと同じく、全魔法強化を感覚の部分で理解しているようだ。

 俺とは違って、常時発動しているから、理解が早いのかもしれないな。


「じゃあ、やってみるわね」

「……気を付けて」

「ええ、もちろん。危ないと思ったら、私を引っ張ってね?」

「わかった。もしカリナさんが竜巻に攫われそうになったら、全力で引き戻すよ」

「お願いね……」


 右手を出し、竜巻へと近づけるカリナさん。

 その体を後ろから抱き着くようにして持ち、何かあればすぐに引き戻せるような体勢を取る。

 これで、カリナさんが竜巻に体を引っ張られても、身体強化(極限)を使ってこちら側に引き戻せるはずだ。

 ……手が引き千切られたらそれもできない……とも考えたが、最悪な想像はせず、今はカリナさんを信じよう。


「じゃ、行くわよ……?」

「……うん」


 ゆっくりと、カリナさんが竜巻へと右手を近づける。

 広げた手のひらを竜巻に向け、押し戻そうという形だ。

 ぎゅっとカリナさんの体を抱き締め、いつでも引き戻せるように備える。

 ここが暴風吹き荒れる場所じゃなくて良かった……そんな場所だと、カリナさんにもしもの事があった時に備える事はできなかっただろうから。


「……そ~っと……」

「……ゴク」


 声を出しながら、右手を近づけるカリナさん。

 静かな場所だからか、唾を飲み込んだ音が大きく聞こえた気がしたけど、そんな事を気にしている余裕はない。

 ゆっくりと近づけたカリナさんの手が、竜巻へと触れる。


 バチィッ!


「きゃ!」

「うぉ! カリナさん!?」


 カリナさんの右手が竜巻に触れた瞬間、激しい音がしてその手が弾かれた。

 それを見て、瞬間的にカリナさんの体を引き、竜巻から少しだけ離れる。


「……大丈夫、カリナさん?」

「ええ。ちょっと驚いただけだから」


 竜巻に手が触れただけで弾かれた……もしかすると、全魔法反射の効果で普通とは違う事が起こってるのかもしれない。

 俺が手を触れたら、そのまま引き込まれそうだしな。

 それに、カリナさんの手は竜巻に触れただけで、中には入ったりしなかった。

 まるで壁があるように触れていたから、やっぱり全魔法反射のおかげだろう。


「……もう一回やってみるわ」

「……わかった」


 右手を握ったり開いたりしながら、感覚を確かめるようにした後、カリナさんはまた竜巻へと手を近づけた。

 俺も、それに備えてカリナさんを持つ力を強める。


 バチッ! バチッ!


「……やっぱり、何か反応してるみたいね。……見て?」

「ん? 本当だ……」


 カリナさんが触れている竜巻、そこでは触れた部分に白い火花が散り、激しい音を立てている。

 痛みとかは少ないようで、カリナさんは平気な顔をしてる。


「後ろも……どうやら全魔法反射で、竜巻を止めてる状態みたいね」

「……そう、みたいだね」


 動いてる竜巻は、少しづつ俺達に向かって進んで来ていたはずだ。

 それに合わせて、離れ過ぎないようこちらも動いて距離を調節していた。

 でも今は、その動きが止まっているようで、さっきから場所を移動していない。

 全魔法反射……やっぱりこの竜巻にも、しっかり効果があるみたいだ。


「止めたのは良いけど……これからどうしようかしら?」

「……弱まるのを待つのは、時間がかかりそうだね。このまま押し返す?」

「そうね、それが良いのかも。やってみるわ」


 バチッ! バチッ! バチバチッ!


 カリナさんが、今度は左手も出して両手で竜巻に触れる。

 触れている場所が多くなったせいか、さっきより白い火花と音が激しくなったけど、それには構わず、カリナさんは力を入れて押し始める。


「……むむむ」

「カリナさん、頑張って!」


 カリナさんの体を支えつつ、応援する事しか俺にはできない。

 重い物を押すように、手や腕に力を入れたカリナさん。

 本来そういった力を使う事は、身体強化(極限)を使える俺の役目なんだけど、俺には竜巻を触る事はできそうに無いからなぁ。


「……むむむ……ユウヤさん、後ろから私を押して!」

「え? あ、あぁ。わかった! ぐぬぬ……」


 竜巻を押していたカリナさんが叫び、俺は掴んでいたカリナさんの体へ力を籠めつつ押し始める。

 さすがに全力でやると、身体強化(極限)の力ではカリナさんを潰してしまいかねないので、手加減をしながらだけど。


「……もう……少し……!」

「頑張れ、カリナさん!」


 カリナさんが触れた事で進行を止めた竜巻が、少しずつ後退しているのがわかる。

 ゆっくりとだけど、俺達も前に進みながら、竜巻を押す。

 まだ進行方向はこちら側になっているみたいだから、今手を離したらまた元に戻るかもしれない、ここが踏ん張りどころだ!


「ぐぬぬ……カリナさん!」

「むむむ……運動会のため、魔界の皆さんのため……なにより、マリーちゃんのため!」


 少しずつ俺達が押す力が強くなり、竜巻が後ろに下がって行く。

 今では、普通に歩くより少し遅いくらいの速度で後退している。

 もう少しだ!


「ママは、娘のために頑張るものなのよぉー!」

「カリナさんらしいね……ふぬぬ!」


 カリナさんが叫び、俺も力を入れて竜巻を押す。

 

 バチバチバチッ! バチィィィ!


 今までよりも大きな火花と音が鳴り響いた瞬間、カリナさんの手を離れ、竜巻が今までと逆の方向に進み始めた。


「あ……離れて行くわ……」

「何とかなった……のかな?」


 竜巻はカリナさんの手から距離を離して行き、動きを止めた俺達から離れて行く。

 どうやら俺達は、魔界竜巻の進路を変える事に成功したみたいだ。



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