第22話 交渉と夫婦の秘め事
「仕方ないのじゃ……これ以上譲歩しないのであればじゃ、トレントに頼むじゃ」
「何ですと!? あの老木どもに頼むと仰られますか!?」
トレント?
何となく持っているファンタジー知識を漁って出てくるのは、木の精霊とかだったと思うが……?
「あの老木に頼むのでしたら、私達フェイスツリーを! あの老木どもは柔らかくて武器には不向きです!」
「しかしじゃな……これ以上、フェイスツリーの数を減らすのもなじゃ」
どうやら、この世界でのトレントはフェイスツリーと同じように、木の魔物らしい。
ジンメンさんが老木と呼んでいるから、樹齢数百年とか、数千年とかのお爺ちゃん樹木なんだろうな。
というか、柔らかいんだったら、怪我をしないための武器として最適じゃないか?
魔物同士の戦いで、相手にダメージを与えられるかどうかは不明だけど……。
「わかりました……それでは、3倍でどうでしょうか……?」
「ならぬのじゃ! 7倍にするのじゃ!」
トレントの方が……とは口を挟みにくい雰囲気で、また始まった値切り交渉。
値切りって言ってるのは、そう見えるだけの事だがな。
「はぁ……5倍でどうじゃ……?」
「……畏まりました。それで手を打ちましょう」
随分長い事言い合って、ようやく5倍で落ち着いたようだ。
でも、5倍って具体的に何体のフェイスツリーが残るのか、俺達にはわからないんだがな……?
「士気高く武器を作るのは良いがじゃ、あまり張り切り過ぎるなよじゃ?」
「はっ、それでは……」
何とか終わった、報告会という名の値切り交渉。
根っこをせわしなく動かして去って行ったジンメンさんを見送った後、マリーちゃんは疲れたように息を吐いて、豪奢な椅子に身を沈ませた。
「お疲れ様、マリーちゃん」
「おつかれさん。中々粘ったな」
「疲れたのじゃ、カリナママー」
「あらあら」
「……お疲れ様……あ、私の労いはいりませんかそうですか……」
労うためにマリーちゃんへ声を掛けると、すぐにカリナさんに抱き着くマリーちゃん。
最近のお気に入りのようで、よくカリナさんに抱き着いているのを見かける。
初めて会った時は、カリナさんの胸が薄くて痛いって言って……嘘ですごめんなさい、胸の事は考えていません、だから許して。
……考えただけで何かを感知して、鋭い視線を向けるカリナさんが怖い。
女の勘ってすごいなぁ……。
あと、クラリッサさん……元気出して!
きっといつかマリーちゃんに届く日が来るよ、うん。
脳内で、落ち込んだ様子で床にのの字を書き始めたクラリッサさんに、エールを送っておいた。
「はぁ、落ち着くのじゃ。カリナママはすごいじゃ」
「あらあら、マリーちゃん、子供みたいね?」
「マリーはカリナママの娘なのじゃ! カリナママから言い出した事じゃぞ?」
「そうね、ごめんなさいね」
微笑ましくじゃれている母娘の図、だな。
マリーちゃんは、完全にカリナさんに懐いたようで、今では子供扱いされても喜ぶようにすらなった。
俺も含めて、受け入れてくれたような気がして嬉しい。
「しかしジンメンの奴……頑固な奴じゃ……はぁ」
先程のジンメンさんとのやり取りを思い出し、カリナさんに抱き着いたまま溜め息を吐くマリーちゃん。
「俺にはよくわからないんだが……最小限を残すって、どれくらいなんだ?」
「フェイスツリーの最小限と言えばじゃ、1体だけなのじゃ」
「……1体」
「あらあら」
「……それは少なすぎますね」
マリーちゃんに聞くと、ジンメンさんが残すと言っていたフェイスツリーの最小限は、たったの1体だけらしい。
これには俺も、クラリッサさんの言う事に同意せざるを得ない。
「1体だけじゃ、増える事はできないんじゃないか?」
詳しくは省くが、普通、子供を産むのには男女1組が必要だ。
コボルトの家族にも、父親と母親がいたのだから、魔物もそういうことわりからはズレてはいないと思うんだが……?
「フェイスツリーは木じゃ。他の魔族と違って交配という事をしないのじゃ。大人のフェイスツリーが年に1度だけ実を作り、それが種になるのじゃ。じゃが1体からは、種が5個しかできないのじゃ」
「1年に5個……」
そうなると、数が増えるのにも数年……成長速度次第では数十年はかかってしまう。
その間に木材加工してしまうと……数が増える事はないな。
下手すると絶滅してしまう。
「じゃあ、10倍って言ったのは?」
「10体もいれば、年に50体……残す数が多ければ多い程、増えるのも早いじゃ!」
人口と考え方は似てるのかもしれないが、多ければ多いだけ種も増えるわけだから、当たり前か。
「それなら、5倍だと5体か……」
「ギリギリなのじゃ。しばらくはフェイスツリーに何も頼めないのじゃ」
「残り5体まで減るのか……」
何とかこの先も、種族として存続できる最低限と考えての5体なんだろう。
年に5個の種か……増えるのもまた時間がかかりそうだ。
これでも、魔王であるマリーちゃんは、魔物達それぞれの種族の事を考えて、頑張ってるんだな。
見た目は小さく、カリナさんに甘える姿は子供にしか見えないが、立派な魔王だ。
それからまたさらに数日、運動会の準備をしながら、マリーちゃんをカリナさんと一緒に可愛がりながら過ごした。
「お? ユウヤパパ、今日はなんじゃかスッキリしているようじゃ?」
「あー、わかるか?」
「もちろんじゃ。マリーはいつもパパとママの事を見ておるからじゃ!」
マリーちゃんが、嬉しい事を言ってくれる。
可愛い子供に、ちゃんと親として見られる……それがこんなに嬉しいなんてなぁ。
子供は欲しかったが、ここに来るまで、こんなに嬉しい事だとは思わなかった。
子供を持つ事で知る事のできる喜び、だな。
「しかしどうしたじゃ? そんなにスッキリした顔をしてじゃ……」
「あー、まぁ、なんというか……ちょっと良い事があっただけだよ」
さすがにマリーちゃんへ、俺が何故そうなっているのかを、事細かく教えるわけにはいかない。
何故なら、昨日は珍しくというか……マリーちゃんが一人でも寝られるように、俺とカリナさんはマリーちゃんの部屋ではなく、用意された部屋に戻って寝たんだ。
久しぶりに二人きりになった俺達は昨夜、夫婦としての愛を確かめ合った……という事だな、うん。
この世界に来て初めてなのと、久しぶりな事もあって、朝に近い時間まで……うん、この後はわかるな?
「まぁ、良いのじゃ。ユウヤパパもカリナママも機嫌が良さそうで、マリーも嬉しいのじゃ」
「マリーちゃんは良い子ねぇ」
「えへへへへ、じゃ」
機嫌の良いカリナさんに撫でられて、はにかむマリーちゃん。
さすがにカリナさんも、理由は言えないよな。
どうでも良いが、さすがに寝不足で体がだるくなるかと思ったが、俺もカリナさんも元気いっぱいだ。
ストレス的な物を解消したからだろうか? まぁ、そんな事はどうでも良いか。
「今日もまた、運動会の準備か?」
「今日は違うのじゃ。準備は他の者に任せるじゃ!」
今日は運動会の準備をせず、違う事をすると言うマリーちゃん。
何をするんだろう?
「皆を集めたのは、他でもないじゃ。もうすぐ開催される魔物大運動会の最終確認をするのじゃ!」
「マリー様、我らの方は滞りなく、準備を進めております」
「俺達の方も、問題無く進めてますぜ」
「私の方は……化粧の乗りが悪いって言ってるリッチがいるくらいですね」
「我々ドラゴン族、いつでもマリー様の翼に!」
謁見の間に集まった面々は、四天王の皆さん。
今回はちゃんとバハムーさんも出席している。
……前回の欠席は俺のせいだったが。
マリーちゃんを始め、俺やカリナさんも用意された円卓についている。
今回は前回と違い、二人でマリーちゃんを挟む位置だ。
これも、俺達を親と認めてくれたからなのかな?
……あれ? クラリッサさんは? ……まぁ、良いか。
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